表紙
display
 
1973/05〜

 
















1973/05/01 修学旅行には
 


















1973/05/01 ザッソウ
 
















1973/05/01 小鳥
 














1973/05/01 心記
 
















1973/05/01 今も、わりとおもろいでよ。
 














1973/05/02 道
 
















1973/05/02 こんなようにみえるのだ。
 




















1973/05/02 すきまから水をだすと、壁が
 
















1973/05/03 サシミのあげたものの中に
 


















1973/05/03 イシハラ シガ
 




















1973/05/04 おりまげた小指の
 


















1973/05/05 ハイキング
 


















1973/05/07 心ボソイナー
 














1973/05/07 秋の文芸誌
 




















1973/05/08 やるきなのA
 


















1973/05/10 耳をくっつけあわして
 














1973/05/10 耳みみにかかりにくし
 














1973/05/11 本棚
 


















1973/05/11 閑人
 






















1973/05/11 バカタン アホタン
 














1973/05/12 急所
 














1973/05/14 ぼくはこうやってメガネをなおす。
 




















1973/05/15 すてたくないゴミみたいなもの
 














1973/05/15 ひっぱる
 














1973/05/15 マフラーやてぬぐい
 













画像 アップ
『1973/05/01 修学旅行には』A、B 2020/07/20(月) 〜
『1973/05/01 ザッソウ』A、B、C
『1973/05/01 小鳥』A、B 2020/07/27(月) 〜
『1973/05/01 心記』
『1973/05/01 今も、わりとおもろいでよ。』A、B
『1973/05/02 道』
『1973/05/02 こんなようにみえるのだ。』A、B 2020/08/03(月) 〜
『1973/05/02 すきまから水をだすと、壁が』A、B、C、D
『1973/05/03 サシミのあげたものの中に』A、B 2020/08/11(火) 〜
『1973/05/03 イシハラ シガ』A、B、C
『1973/05/04 おりまげた小指の』A、B、C、D 2020/08/17(月) 〜
『1973/05/05 ハイキング』A、B、C 2020/08/24(月) 〜
『1973/05/07 心ボソイナー』A、B、C
『1973/05/07 秋の文芸誌』 2020/08/31(月) 〜
『1973/05/08 やるきなのA』A、B、C、D
『1973/05/10 耳をくっつけあわして』A、B、C 2020/09/07(月) 〜
『1973/05/10 耳みみにかかりにくし』
『1973/05/11 本棚』
『1973/05/11 閑人』A、B、C 2020/09/14(月) 〜
『1973/05/11 バカタン アホタン』A、B、C、D、E
『1973/05/12 急所』
『1973/05/14 ぼくはこうやってメガネをなおす。』 2020/09/21(月) 〜
『1973/05/15 すてたくないゴミみたいなもの』A、B、C、D
『1973/05/15 ひっぱる』
『1973/05/15 マフラーやてぬぐい』

※ 『1973/05/01 ザッソウ』 : 難読箇所、その他いくつかあるので、付記しておきたい。 ○1頁目の上辺にあるメモは、「カメ」「ジウュダン」(ジョウダン)「ザッソウ 2こ」ではなかろうか。他の文字にもみえるが、左のようによめば本文で関連記事でてくるので。 ○友限な資源は、有限な資源。 ○1頁目の、雨のふるらん。らんの傍線下に書かれているのは「3つ」か「ろう」か迷う。「ろう」なら、らんの訳といえそう。見える通り素直に「3つ」なら、らんには3つの意味ありという指摘で、その3つの解説を3頁目でしている、ということになりそう。こっちかな・・  ○雑はひっこぬかれて、は、雑草はひっこぬかれて、の脱字、ほぼまちがいない。 ○学校のぼくの席の両側は通路だから、カバンetcをおいておくな。 ○2本でエンピツをもつもち方、の絵だが、自分がこういう持ち方をしているというのではなく、こういう持ち方もあるかも、ということでしょう。(あるいは・・ 右手のイラストを描いていたら、ふつうに三本指でペンを持つ絵ではなく、結果的に二本指に間違えたのができてしまったので、描かれてみればこういう持ち方もあるかもねえ、と思った、そういう絵ということにした、ということかも)

※ 『1973/05/01 小鳥』 : 「ドジナー流星群」「ゾルナー流星群」。ゾルナー流星群の洒落的言い替えがドジナー流星群、かと思ったんですが、ネット検索しても流星群関係をしらべてもともに見つからず。ドジナーだけでなくゾルナーも実在しないのかも。

※ 『1973/05/02 すきまから水をだすと、壁が』 : 「すきまから水をだすと、壁が一時(的?)に移動したようみえるか?」 これは、移動したように錯視できる壁ということらしい。オブジェ、立体作品のアイデアのようにも思えるけど、もうひとつ構造がよくわからない。動いているようにみえるかどうか、確かめたいんだろうなあ・・ でも、模型でさえ作るのは難しそう。

※ 『1973/05/03 サシミのあげたものの中に』 : 「無意識という悪い将態で〜」 状態で。
: 「心持 → 先生はよくこっちを使う。」 学校の先生、ではなく、漱石先生、っぽいな。

※ 『1973/05/03 イシハラ シガ』 : 「パチンコみたいなゲームをやるより、」 本当のパチンコをするようになったのは、高校をでてからのはず。 高校生wakaは、遊技場(本文にある通り駅ビルの屋上にもあった。ゲーセン)などで遊べたピンボールのようなゲーム台も一種のパチンコとみなしてそう呼んでいたフシがある。(参照 display 1973/04 > 1973/04/22 いつの日にかセイフクスル)
: 天地真理。  当時の国民的アイドル。女性歌手。(しかし改めて眺めると、すばらしすぎるぐらいの芸名だ・・)
: 石原慎太郎。  1956年(昭和31年)芥川賞。1968年(昭和43年)参議院、301万票を集めて初当選。 本文当時の1973年(昭和48年)には、政策集団「青嵐会」結成。 都知事となるのは(本文より26年後の)1999年(平成11年)。

※ 『1973/05/04 おりまげた小指の』 : 「Aは広い意味で個性をさす。Aはせまい意味で人間をさす。」 ここのAは、前項の人Aとは、別物なんだよね?? しかし、すんなり頭に入ってこない対句だ・・ なんとなく前項からのつながりが匂うが、飛躍が(語られていない空白が)大きい感じ。

※ 『1973/05/05 ハイキング』 : ◇五月五日祭日、どこでだれとなどの記述はないが、ハイキングに参加している。 (奥多摩の高尾山、中学校の同窓会代わりの集まりで参加人数は二ケタか。記憶によれば。たぶん・・) 山道を歩きつつ、このノートにも記載しつつ、のようす。 ◇1頁目の中段は「ハイキングには/重い/多いニモツはだめ、ツウカン ボクノニモツを一ツみなんなにもってもらってしまった。」か。 痛感、でしょう。ボクノは、ホグノに読めるが、濁点をつけ違えたとみる。 持ってもらったのは、一時的にでしょう、さすがに。 (→何度も見直しているうちに、キグノニモツ:器具の荷物、かもしれないと思えてきた。何か昼食時などに使用する道具をもってきた?) ◇3頁目「さっきたべたアブラセンには千葉コーのアブラが?」は謎の度合い高し。 千葉港のアブラか? そこから入荷した油が使用されていたり、ということなら、多少は筋は見えそう。 ハイキングの仲間うちで千葉港や油のなんらかの話題がでて、ちょうど口にしていた揚げ煎餅の油も関わっているかもとメモしてみた、というような。 (あるいは、全く別の場所で別の人たちのそういう話題を耳にしていたのだけれど、このとき急に頭に浮かんできて) うーん??

※ 『1973/05/07 心ボソイナー』 : 「どんな形も、独立しているのでなく、相互に連続的で、不連続的なものではない。」  この辺りの本文の発想、高校生wakaの自発ではなく、数学の授業のお下がりにすぎないかもね。位相幾何学の基礎っぽいことは習っていたような気がする。ドーナツ型とボール型、とか。

※ 『1973/05/07 秋の文芸誌』 : 「ぼくが、下じきの下にはさんである計画表」  日々計画表のようなものか。それとも、何かのテーマに絞ってとか大目標を羅列しているような計画一覧か。 いずれにしろ、なくしてしまったわけではなく、なくしてしまったらと想像して怖がっているんだね。 ちなみに、「ぼくの、下じきの下にはさんである計画表」とか「ぼくが、下じきの下にはさんでいる計画表」とかのほうがすんなり耳にはいるけどな。

※ 『1973/05/08 やるきなのA』 : 「チャックをしめわすれたのだよ。」  もう一つ、状況がわからんな・・ チャックの締め忘れなら、ちょろっと直せるようなもんだが? ちょろっと直せないようなことだとして授業中に着替えたりしていいの?  露見はするだろうから、大恥だったのでは? (人にいわれて露見した、のかもね)
: 「マズイべんとう」  笑。毎日つくってくれる母ちゃんの弁当にこれは、罰当たりないいぐさだが、それも内心感じていて書くってことは、ほんとにまずいんだろうね(^^; うーん、確かに、茶色いおかずばかりで、辛くて、味は悪いってほどではないが、見映えはそれ以上でも以下でもなかったか。 ときどき、生理的に受けつけない鳥肉のおかずだったりして、それをいやいやもそもそ噛んだりしているときは、きらいだって言ってるのに入れやがって、とか怒りを感じていた記憶はあるな。 (今思えば、仕事持ってる母ちゃんなんだから、ムキになって毎朝弁当作りしなくても、小遣いだしてパンでも買わせたほうが効率よかったのでは? もう(四人の)子育てにもの狂いのようになってきたのが習慣化して止められなくなっていたか)

※ 『1973/05/10 耳をくっつけあわして』 : 「アミシャツがきれちゃた」  網シャツ、編みシャツ? 状況ほぼ不明ですが、それが切れちゃった、というだけのことを、ラララララララーと楽しく(または開き直って)歌っているのか。  いや、着れちゃった、か? 網or編みシャツという異なものを着てしまった、と興奮しているのか。
: 「松■さんに」  松■嬢は、小学一年時のwakaの彼女(^^)

※ 『1973/05/10 耳みみにかかりにくし』 : 「これをなんというの?」  耳の上端を、ツボの名称で、耳尖(じせん)というらしい。 しかしこれはツボなので、耳の上端一帯を指すのではなく、特定の一点を指す模様。
: なお、「耳みみにかかりにくし」または「耳みみにかかにくし」は、前の行から推して、「右みみにかかりにくし」と書くつもりだったものの誤記かもしれない。 (もっと細かいことを言えば、描かれている耳は左耳だよね)

※ 『1973/05/11 本棚』 : 「自分のあこがれていた女性からの将棋の果し状」 こういう果し状、これまでもこれからも、この世にほぼ存在しないだろうと思われます。

※ 『1973/05/11 閑人』 : 「将棋で、女にまけても、べつに恥でない。」  女子と実際に対局をしたわけではなさそう。妄想上のことらしい。  この時点では・・ 
: 「じゅくのある日は心が重い。」  英語塾だが、つまりこの時点ではまだ通っている。 英語の成績は激悪だった。英語を学ぶ意欲がどんどん減衰していったように記憶している。 (高校英語ってさ、文章とか文法とかそこそこ難しいのに、そういう面倒をときほぐして内容を理解しても、その内容が幼いんだよね。つまらないんだよね。 ふつう、謎解きをすればお宝を得られるのに、つまらないものしか入ってないから意欲が湧かないんだよね!  今思っても、高校生wakaのモチベーションが上がらなかったのは、同情できる。 いっそのこと、エロ小説とかを読解したほうがよかった。あるいは、エンタメ映画とかでも)

※ 『1973/05/11 バカタン アホタン』 : 「ぼくは異常になる事こそむずかしい、と思ってきたけど、実はそれほどかんたんな事はなかったの■。」  ■は、だ、なら収まるが、字形は、が、のようだし、か、かもしれない。難読というか、書きミスかもしれない。 (書きミスの一例を想像すれば、最初は、なかったのか、と書いていて、後で「た」ではなく「だ」だろうなとど勘違いしてとっさに濁点だけをつけた、とか)
: 「赤ヒゲも役にたったのだ。」  時代劇ドラマ『赤ひげ』(原作山本周五郎)は、当時、毎週金曜、NHKで放送されていた。 1973/05/11はその金曜日。 実生活で自己嫌悪することがあり、この夜のドラマ視聴も触媒となって、芋づるでいろいろ闇から浮き上がったりし、独り炎上している、というつながりでしょう。
: 「清閑に夢想す」  これは、自作の標語のようなものだったはず。紙にかいて貼っていたか、何かの帳面の巻頭言にしていたかもしれない。いつごろ思いついたのか記載がでてきたのはここが初めてではっきりしないけど、ここ以前の、あまり昔ではない時期でしょう。 wakaなりの、理想的心境、というつもり。 ここでは、あきらめろといっているけど、現在もこれは捨てがたい理想だと感じる。いつもは無理でも、暫時なら、今ではもうこの心境を珍しいことではなく味わっている気がする。 たとえばこんなふうに過去文書の内容精査をしているとき、アニメや将棋に没入しているときも、心の表層は忙しいようでいて、心の土台は、清閑、夢想、楽しく遊弋しているような。

※ 『1973/05/15 ひっぱる』 : 「日本の女で美しいのは〜」以下は、国語教師の脱線話。


当頁 2020/07/20(月) 〜