表紙
display
1974/06
1974/06/02 ねぢれてる。
1974/06/05 へんな準備体操か、
1974/06/06 これをフォークは右、と思う。
1974/06/09 というむしめがね■
画像
アップ
『1974/06/02 ねぢれてる。』 A、B
2025/02/24(月) 〜
『1974/06/05 へんな準備体操か、』 A、B
2025/03/03(月) 〜
『1974/06/06 これをフォークは右、と思う。』
A、B
2025/03/10(月) 〜
C
2025/03/17(月) 〜
『1974/06/09 というむしめがね■』
A、B、C
2025/03/24(月) 〜
D
2025/03/31(月) 〜
E
〜
※ 『1974/06/02 ねぢれてる。』 : 「6/3、将棋同好会の人の クラスしらべ 島■君も、」 島■君は、最近入会の後輩などだろうか。
: 《 詰め将棋譜面 》 「▲2四桂△同金▲2二飛△同玉▲2三角成△同金▲4二飛成まで」 しっかりした作品。この日6/2は日曜日。NHK講座の出題でしょう。
: 「おかあさんのふとんのしーつに血のあと。2つ。」 あらま。
: 「 ・・・ 初夏ちゃん、 おもろお!」 これは命名がおもろいというより、(チッチとサリーの)作品中のこのキャラが興味深いってことかな。
: 「いやさ は、「
いや、ね
」という意? いや、あのね」 辞書の(おそらく伝統をふまえた)語釈は少し違うが、 人が生の声でこう言うのをほぼ聞いたことがないので、どちらともわからない、迷う。
: 《 waka君自室の四畳半、内面図 》 「ランマこのぐらいあいてる(一年中 アミド) ガラス 外 アミドあいてる 四畳半 風通しよくするには、ここあけないとだめ。 あけないと風ながれぬ。」 北西の四畳半。 六月に入って、蒸す日が増え、風通しについて描いておきたくなったようだ。 北壁上方の欄間、年中隙間が開いてたなんて知らなかった (このとき再確認したんだろうけど、その後すっかり忘れた)。 外気が素通し、これでは真冬の暖房の率が悪いだろうから、要するに、不具合でこれ以上閉められなくなっていたんでしょう。 省略されているが、北壁ガラス窓の内側に勉強机、左右に本棚とか諸々の置き場がある。 西壁下のにじり口のような窓は、ガラス戸、雨戸ともちゃんと戸締まりできた。 風通しよくするには、ここあけないとだめ、といっているのは隣室との境の襖。この襖が唯一の通り道。 (絵のこちら側、南壁はすべて壁または押入れで窓も出入口もないので) 母屋での通行は東のその襖のみだが、以前にも書いたが、 勝手知った一部の友人は庭から直接西壁の外に回って、西壁下のにじり口のような窓をノックした。
: 「おれにはなぜ、青春がないんだ、夢がないんだ! 恋がないんだ! とは、いいたくはなかった。そうでないような理屈が頭にこびりついている。 でも、よくあらえば、あらわなくとも、感じるままだとするなら、やはり、そうであったか。」 できのわるい詩のようではある。
: 「ぼくは、何か、明るいような恋も、よろこびも ほとんど感じぬまま、時にはたまらないみじめさがしみいりきり、また、うつろにうかれさわぎ ・・・・ そして、家と家族をすてて、きたない町なみのすみでさびしく死んでいくか、または、 味のない家の職業をついで、一生、つまらなさにひきさかれるような思い をして 流れていくか。 春がけしてやってこない人。春をちかづけようとしない人。春がちかづこうとしない人。 やっぱり、やっぱりそうなのかしら。」 弱気すぎる? きたない町なみのすみでさびしく死んでいくか、一生、つまらなさにひきさかれるような思い、それもこれも、 そんな一色で塗りつぶせるようなものではないのだ。 とびこむ前からそんな悲観してたら、きっと、かなしいさびしいもろもろが寄って来るぞ。 どうせとびこむなら、たのしいうれしいいろいろといっしょに行こうぜ。
: 「今日、火■君と将棋同好会の会議いってきたけど、帰り、歩道橋のもとのていりゅう所の前、 日よけのすみのもとに、感じのいい、女生徒がいて、かいだんのぼってるとき、あっち側におりたとき、 ふりかえり、または、ながめた。」 この日曜日、火■君(現会長)と千葉駅で待ち合わせて、どこか他の街の会合場所にでかけている。 感じのいい女生徒に見ほれる、色ボケ青年。だらしないけど、罪もないな。 (しかし、日曜日、そのたたずまい可憐な女子はどこか他校の制服だったってことらしい。彼女にも私服でない事情があって)
: 「恋とか夢とか、そういうことをまったく信用できなくなった人が、数学やら、物理やらをやるのか?」 爆笑。 すごい偏見。 (大勢の数学者や物理学者の中にはちらほらいそうな気もするけどね)
: 「恋 : だれかに好かれるということによって、自分のすばらしいことを知ること。 (間接的にすばらしさを知る。) 勉強 : 自分をすばらしいようにすること。(直接的に) しかし、すばらしい、とは、人に好かれることであって、勉強できるetcは2義的。 つまり、前者の方が直接的、あとが、間接的が正しい? 恋が、間接的に自分のすばらしさを知るものだと思う人は、勉強をする人。恋を信じてない人。 恋が直接的に、自分のすばらしさを示す、 (愛されないなら、どんなにいろいろなことできてもすばらしくない)と思う人は、恋を信じる人。 ? 」 人を好いて人に好かれること。 学問を好いて学問に好かれること。 学問の向こうにいるのも人なら、おなじことか。 いや、学徒は向こうにある真理を目指すのかもしれないが、 ならば、人の真情をみつけ信じることもおなじぐらい大切かもよ。 (どちらも私はよく知らないけど)
: 「もう、鏡をみるのもほどほどにしよう。前の日記を整理し、よみかえし、いこう。 勉強はすこし。本は勉強ほどでないけど、すこし。」 もう一つわからないけど、周囲の記事から、このとき、自信なげな表情をしていたのでは。 こういう冴えない顔をまじまじ見ているのはあんまりよくない、と気づいたか。 内省しているより、これまでの書き物を整理したり、勉強や本やをすこしぐらい、の意か。
: 「ぼくも、クラスの■■ツカ君みたいな生徒になるのがあってんのかしら。」 ■■ツカ君とは? 彼のことがわからないと文意がわからないが、ほぼ記憶になし。 前後の流れから推測すると、孤立して、友だちもいそうになく、無口でおとなしい同級生、ということかな・・・? 勉強も運動もとくに目立つこともなく。(だからこそ印象が残っていない??) (■■ツカ嬢は何度も登場している。ここの彼は同姓の男子) 本項■■ツカ君、次項イマ■■氏と、冴えないほうの級友たちが思い浮かぶ、そういう気分だった、ようだ。
: 「2年の頃、体育の授業で、3人ずつチームになって、バスケの練習やり、 連続的にチームがいれかわって試合。大きい方から3人ずつなので、ぼくたち小さい方で4人になった。 でも、3人でやらねばならず、一人あまった、イマ■■氏は、 一回目のおわった大きな人二人とくんでチームをつくるべき。 (しかし、大きな方の人の三人、自分たちは次もかわらぬと思ってるから、今■氏、 その3人から一人がでてもらって、自分がはいるのだから、はいるとしたら、はいりずらい。) でも、イマ■■氏気づかず、ぼくたち3人といっしょにとびだす。 でも、ぼくたちこころえてるので、気づかずに3人だけでプレーをしていて、 イマ■■氏にはボールわたさなかった。 (4人でやればできたが、3人でやるものと決めていて、かつ、イマ■■氏は次の2人とやるのであって、 それはめんどうかもしれないがイマ■■氏のことでかんけいない。というような
カンジ
があった。) で、おわってから、イマ■■氏は次なんだよ、とかみなでいう。が、次の3人はもうはじめちゃってる。 で、イマ■■氏、「はんぱになっちゃったから。」とかいって、ぼくのカオをみてのち、 あっちにはしっていったが、ぼくをみたときの彼の目、悲しさ、理由のわからない悲しい涙で、ひかってた。」 かわいそうに。 背の低いほうから、2、3、4番目のお前たち。イマ■■氏も勘が悪かったかもしれないけど、 お前たちも思いやりの反射神経が悪いよ。 (似たような経験もしているだろうに) ・・・ たまにある、間の悪い事情、といえば言える。 単に、その体育の授業一時間の間だけの、かりそめの三人組という話のはず。 しかしかりそめでも、ハンパであまって仲間はずれみたいことになれば、 しかも背が一番低いという理由でとなれば、涙もたまるよ。 ここはだな、もう十六七の半分大人なんだから、そこにいただれかが先回りして塩梅して、 本文の通り大きい方の人にズレてもらってイマ■■氏のはいる三人組を作ってもらうとか、 waka君らがとっさに忖度して四人組でやってしまうとか、してあげるべきだった。 (ちゃんとボールをまわして) かんけいない。というようなカンジ、じゃなくてさ。 もう半世紀も前なのでどうしようもないけど、もどかしい。 ・・・ 前の学年でのことを想起したのはそしてここに詳述したくなったのは、やはり、 イマ■■氏の涙に通ずるものを、このときwaka君も感じていたからだろう。 ・・・ 本項、二年生のいつ頃のことかは不明だが、display 1974/01、1974/02、1974/03(二年生の三学期)に、 イマ■■氏の名が散見できる。年賀はがきをもらったり、waka君の夢にでてきたり。 わりとふつうに親しくしていた雰囲気だ。
: 「鏡を見るまい、と思って気づくと、また見てる。」 淡く薄めながら、憐憫、陶酔、被虐、嗜虐、ないまぜ?
: 「今頃みんな、男のやつらも、女子たちも、みんな勉強してるんだ、なぜだ!?」 みんなの行為になぜだ、と思ってるのか。それにくらべてやる気のまるで無い自分になぜだと言ってるのか。 もうすこし俯瞰で、彼我の差、そういう人それぞれの様相に、なぜだという思いが浮かんだのか?
: 「このごろ、■■ツカ
さん
が、今までおもってたより、心の広い、高い人のような気がしてきた。 今までは、オカ■君の附属物、なんて、かんじの人だったのだが、ぼくにとって。」 ■■ツカ嬢のほう。 小柄で、ちゃきちゃきした女子だったようなおぼろな記憶。美人というより十人並み? なにかあって距離が近づいたってことだろうな。 惚れたはれたにはまだ遠いが、ちょっと可愛げのようなものを感じだして(錯覚しだして)しまったような? たしか、これ以上の親近には至らなかったと記憶しているけど・・ → 二年生の時、オカ■君はタ■■嬢をめぐってのwaka君のライバル。(外見、内実、人気、どれも完敗気味だった) 同じ中学出身なのかオカ■君と■■ツカ嬢は前々から気心が知れているように見受けられ、 タ■■嬢と■■ツカ嬢はいつも連れ立つほどなかよしでもあった。 よって、その頃から、■■ツカ嬢はwaka君の視界にはいりやすかった。
三年生になってこのうち、■■ツカ嬢のみがwaka君と同じクラスになっている。 というような流れがあって、主役級の男女が遠のいたため、陰の女子が浮上するような力学があった、・・とかね。
→ 訂正。違和感があり調べたら、三年時、オカ■君も同じクラスでした。 四人のうちタ■■嬢のみが別クラスで、オカ■君、■■ツカ嬢、waka君が同じクラス。 なので、ヒロインが遠のいたため、と言い替えてもいいけど、どうかな・・
: 「イマデコソ、■メさんの方が強いように感じるけど、中学の頃は、ぼくの方が勉強できるつもりでいた?」 不断の努力が、waka君にはなかったから。 ■メ嬢は中学同級だった。中学の頃は、複数の中の一人の女子、ちょっときつくてまじめなていどに思っていた。 が、同じ高校に進むと(同じクラスにはならなかったが遠目にもはっきりわかるぐらい)輝き始めて、 才媛という言葉がピッタリの女性へと磨かれていった。 勉学のみならず、文化祭では毎年、実力派の歌い手として喝采をまきおこした。 殻がむけたというのか、人はこんなにも変われるんだ、と驚き、感心した。
: 「おれは、恋とか、なんとか考えるからいけないのか。 ぼくが、文学の事、話すと、このごろは、ほんとに、一流になれない人がねたんで、かつ、かっこつけて、 一流ぶって話してるような口ぶり。 ヤダヤダ。おれもそこまでおちるのか。」 きつい、自己批判。 ときにはこういうのも薬。
: 「高■まさ■さんは、ほんとに小説の中にでてくるような人。」 明治の小説のヒロイン。 透きとおる肌、しっとりした感じ。 学年五指に入る美しい女子。 一年のとき同クラスだったが、waka君は何かやらかしたはず、以来嫌われている(気がする)。
: 「えんぴつけずりにいったりするため、となりのへやや、それ以上いって、かえってくるとき一瞬、 ふすましめようと思い、一瞬、風通しのためあけてあるんだと気づく。」 前頁の絵図参照。
※ 『1974/06/05 へんな準備体操か、』 : 「オスモウさん、団体戦も個人戦も負け。 個人戦負けてのち、イ■さんや■田さんや、オ■さんとみまちがえた長■さんがきて、 1つかさの下でかんせん。 1回目、前のめりにたおれ、 2回目、あおむけにたおされたぼく、 それをみられなかったのを幸運というべきか、 ぼくの勝つ所、もしくは、奮戦するかもしれない所をみせられない(もう、出場する所ない) のを残念がるべきか。」 笑。 無残じゃあ、ああ、なさけない(^^;; 春の競技大会。 イ■、■田、長■の三嬢が観戦にきてた、と。 クラスはちがうようだから、かならずしもwaka君チームの応援ではないかもしれないが。 まあ、男子たちのおすもうさんぶりを「観賞」というところ? 一つ傘の下。小雨でも降ってきたか。 要するに彼女たちの来援は、waka君が惨敗したあと。微妙だ(笑)
: 「お父さんが、自転車のって京成の方までフィルムとりにいくといい、お母さんがあぶない、といい、 ぼくもそう思ったので自転車のってとりにいく。 外さむかった。」 児童の頃は良い子だったが、waka君、生意気ざかり、そして高校生と、だんだん親不孝者にになっていく。 それでもさすがに、たそがれどきか宵の中心街、慣れない自転車ですっころんで重そうな図体が轢かれるようなイメージが浮かんで、 捨て置けなかったんでしょう。 (父親はたしか、ポラロイド写真とかに一時的にはまっていた。このときは通常の写真フィルムってことかもしれない。8ミリ撮影(動画)まで手を拡げていたかは記憶があいまい)
: 「お父さんより、おだちん\200。 \500じゃおおいなあ、(つりせんは1550円)といって、 あとから、もってくる。 \200といっても、一月のこづかいの1/10。それを20分そこらでもらう。」 ふむふむ。 今の価値なら、これらの3〜5倍程度か。
: 「レポート用紙buy!!! :化学のやるため!!」 「化学の試験管、洗え!! 朝。」 「きのう」 頁上辺のエンピツ書きメモ。 化学のレポートというのがあり、化学の際の班の班員が、授業ごとに持ち回りで担当して提出していたと思う。 実験の目的、実際の経過、結果、その考察などだろうが、帰宅後にまとめるわけだが、けっこうな負担だったと覚えている。 自分だけの宿題と違い、他に迷惑をかけられないので、絶対、しかもまともに、仕上げねばならなくて。
: 「今日、学校から帰るとき、ヤマト橋の手前で大型トラックが右側通り、 ぼくそのよこをはしったが、左側のとまっている自動車にあわや、接触しそうになり、ひやひやする。 ぼくのことだから、接触すればよろめき、となりの大型トラックにまきこまれる、というのが、 当然のこととして予測されたのだ。 やっぱこわいねえ。 こういうこわいことに何度もあってるのに、のるのをやめようとしない。 いつかは ・・・ それがあまりに、こわすぎる。 自転車事故なんて中途半端なの少なくて、ほとんど死あるのみなのだろうなあ。」 中学一年生はバス、二年三年生は電車通学。 高校では途中までほとんど徒歩。 後半ぐらいから自転車を使いだしたか。 卒業後は千葉駅までの往復がもっぱら自転車だった。 通算十年はなかったが、それ近い。本文のようなこわいめにその可能性にさらされつづけたけど、 相撲惨敗にもある通り運動能力が劣り反射神経も人並み以下のwaka君だけど、 事故に遭わずに生き延びた。 自転車事故の確率が怖れたほどには高くなかったということでいいのか。 ただひたすら、幸運の女神に守られていたというだけなのか。 → 人の人生にラッキー積立てのようなものがあったとしたら、 おそらく私は、事件事故関係でそれを費やして生き延びてきている。 ヒヤリハットがあまりに多かったと思うが、いまもって指一本欠けていない。 体格体力は劣等生だが病気知らずで健康体でいつづけた、から、そっちでもたくさん使ってる、たぶん。 その代わり、ギャンブル運とか、女運とか、華々しい方面にあんまり回らなかったような気がする。
: 「社会通念派 :しらべ」 単純に、常識人ってこと? または、堅物、俗物、三猿的な。
: 「水谷八重子をみずややえこ、とよんで、誰だろうと思う。」 当時だから、初代。
: 「廃棄を はき と読む。」 おしい。
: 「字をきれいに!」 「今日はこのごろにしては、寒い?」 不思議だが、字がきれいだと、なんだか記事がつまらないのだ。
: 「木苺」 きいちご、か。 莓という異体字もあり。
: 「姉き、夜遊びしてるのか、今日みたいなおそい日よくある。 さっき、電話あったけど。」 waka君が高三ということは、姉は短大二年生の十九。 夜遊びしたいお年頃でしょう。誘われることも少なからずで。 (困ったやつだという口調だけど、この次の年には、卒業したwaka君も夜遊びずきに、しだいに午前様しまくりになっていく)
: 「遅い」 おさい、とふりがながあるが、よくみれば、おそいか。 さとそ、意外と相似!?
: 「キ■■タイメイ君は、スモウ部なのよ。」 ■■高に相撲部なんてあったんだ。 卒業アルバムには部員一同の写真が載っているけど、ふだん活動している様子なんてほぼ見てないよ。
: 「気がついたら 3:00。ねすごしたら、化学の班のレポートかきそこねて、 みんなにもうしわけがたたない所。」 セーフ。 本項を書いて退路を断ってから、励んだんでしょう。.
: 「夢。 イト■■、ランニングして体きたえてるのが意外。 ボールをキャッチする体育テストもあった。 「理位たんさかん」みたいのがでるドラマの一部みたい所もあった。 インディアンについての、チンピラがやってるてんらんかい。 町かどで、こどもの頃のぼくのおよめさんになってほしいなと思った少女みつけておいかける。 みえなくなると、うかれてはしりまわり、ちがうまちかどで、同じ子をみつけようとする。 etc etc 」 「理位たんさかん」は、現職捜査官 の誤記?? 起き抜けでややおかしい? うかれてはしりまわり、があぶない匂いする。
: 「きのうのイト■■は意外につよく、迫力あった。」 夢の中の彼でなく、きのうの、だろう。 イト■■君も相撲に出場だったか。あるいは他種目での勇姿。 イト■■君は、からだは大きめ太めだったけど、ごくごくおとなしい性格。 口にする言葉は、ちょっと皮肉っぽくて、強気な感じの、文学クラブ仲間。 たとえ見かけ倒しでも、立ち会い前の迫力から勝負のうち、というようなコツは知っていたのかも。
: 「きのうねたのは9時頃で、12時にめざましあわせたつもり。 が、今みると、11時にあってるから、まるい時計ゆえみまちがい、 11時を12時、8時を9時にまちがえたのかも。 ほんとにねたのは、8時? (ラジオのプロ野球もまだそれほどきいてなかったはず。)」 それで目ざめたのが午前三時(または二時)というわけか。 目覚まし鳴ってもとめてしまって、ふかぶかと二度寝。(三時間で起きるつもりが六時間睡眠) 前日の競技大会で心身の疲労があるだろうから順当な眠りと思うけど、 化学レポートは本当にあわやだったんだ。 → 今ならね、そういう絶対のたぐいの、優先度高いものはもっと早い時間帯にいの一番に済ませて、 どっちでもいいようなものを後に回すけどなあ。 体力や勢いはあっても、優先順位とか段取とかが幼いか、まだまだ。
: 「うしろの首すじいたい。きのうの体育のへんな準備体操か、 《 解説絵図 》 スモウで頭ぶつけたためか。」 どういうへんな準備体操なのか、ほとんどわからないよ、この絵じゃ。 なにか器具を動かしているようだが。
: 「折出」 析出、と書きたかったか。化学のレポートやってるはずなので。
: 「体はすりきずに、砂だらけ。(それほどでなくとも)頭も砂。 あした体育もあろうから、きがえるときにフロはいってないのわかる?」 砂だらけは、相撲のため。 困ったね、すでに未明だろうし。 (まあ、男だし、押し通ろう)
: 「きのうの、お父さんの用事で外にいく前、はらばいになって、新聞よんでたが、 ガシャ、とまわりが動いたような気がして地震かと思ったが、 小鳥が、セルロイドのひさしでガサガサやってたので、これか、と思う。」 さすがに、庇がセルロイドはないだろう。別の硬い材質の合成樹脂、薄緑の波型板だったと思う。
: 「けど、7持のNEWSじゃ、地震6持26分にあったといってる。 ぼくが、自転車にのってでかけたのも6時半頃。」 腹ばいになって新聞、地震? > 六時半、でかける。 > 帰宅。 > 7時のニュース。 という順番だろう。 わりと詰まってる。(7時のニュースは頭から見られたとはかぎらないけど)
: 「鉛 これを ■ こうかく。」 ■は給? 蛤っぽいかんじも。 手なりで(手の記憶で)書いただけなので偏もぐにゃりと。 なまり、でないことだけはすぐわかったと思う。 (といっても、本項は誤記の原物ではなく、その転写なんだが。ぐにゃりも原物通りなのか転写時の手抜きなのかあいまい)
: 「グッベッボボー グッペッボボー と、カエルか何かが東の方でないてる。 池でだろ、もうやしろのなくなった。」 自宅の東、隣の隣の弁天池、その社がもう無い? 改装か何かしだした頃だったのかな。 未明、一帯は寝静まっているので、すぐそばで鳴いてるようにきこえる。
: 「「インデアンについての、チンピラがやってるてんらんかい。」は、何度か夢でみた。」 この頃のwaka君の夢の中、くり返されるモチーフ。 夢判断でもしたくなってしまうな。 頭で推理すれば、イメージの元は、飾りたてて街を走る暴走族辺り・・?
: 「きのういったハナシマカメラ店には、外人のような女の子いなかった。 いつもいるのだが。帰ってからお父さんにいわれ、ああ、あの店にはいつもは、いたんだっけと思う。」 この日以前にもwaka君は、見かけたことがあった、見かけたことがあったはずだと気づいた、ってこと。 お父さんにいわれるまでは、ことさら、気にはしてなかったけど、そういえば、と。 おそらくだが、 ○ 父親は何度か通ってよくわかっている。 ○ 息子は店に入ったのは初めてぐらいだろう。 ○ 店の前を通ったことはあっても、目の隅にその外人のような女の子が映っていただけで意識はしてなかった。 ○ この晩、父親に指摘されて、その映像が甦り、前々からわかっていたような気がしてきた。 ・・というあたりではなかろうか。
: 「くびのうしろのこのいたさ、はげしすぎる。」 「首すじのうしろから、かたにかけて、イテテテテテテ。」 筋肉痛? この様相は、一種の筋のつった状態か。
: 「トレイニング このトレイは線路、列車の意。」 これはほんとうらしい。 train が、引きずって行くもの。 引きずって行くから、列車。 引きずって行くから、従わせる、仕込む、となるそう。
: 「6時より、1時間強、ねる。」 「朝辞書ひいてても、もう、お母さん、べつにおこらず、 ワイシャツもってくるついでに小声でいまごろ辞書ひいて、というだけ。」 笑。 display『1974/05/30 この夢のお弁当は、』に「お母さん、朝勉強しているのみて、朝やってるということをおこるのだよ。」とある。 化学レポートなど仕上げてから一時間強眠って、七時に起き、 それから八時過ぎの食事までの間に、英単語調べということだろう。 (その朝食後、自転車をとばして、授業一時間目が八時半過ぎに始まる)
: 「ああ、今日、英語ほとんど、予習してない。!!」 ははは。 七時ピッタリには起きられず、寝過ごしなどもあって、正身は三十分ぐらいだったのかな。
: 「今までのワイシャツ、そでのボタンなんかとれてるのだったが、 (そこで、学生服ぬいで、ワイシャツだけになるの恥ずかしかった) お母さんのもってきたの、ボタン皆ついてる。ぼくのじゃない? (たぶん、ぼくの下着入れるとこにいつもはいってたやつだ。」 はいっていたけど、いつもは使わなかった、何か別区分のやつ。 つまりたぶん、誰かの(祖父か父か男家族の)お下がりのワイシャツだったんだろう。
: 「きのうの帰り、社社の門より出た■ダさんの車とすれちがい、あいさつ。 しかし、へたすると、ぼくののってる自転車と車の通るの重なって、 あまりに無残なことになったかも。今後も。」 本項、エンピツ書きを後で清書した痕跡がある。このあと三四項も。 (空けたスペースに比べ文字量が多すぎることになりそうだったので極端な細字になったか) このエンピツ書き仮メモは、位置的に、登校途中のものだろう。 この朝の出発すぐに、昨日ニアミスのあった門前を通り、昨日このことを記さなかったのを思いだした。で、今日書いたのだと推測。 社社は家業の職場の呼び方の書き間違いと思う。 ■ダさんは幹部職員さん。
: 「自転車とめるとき、後輪をうかせる金具がかんたんに動かぬようにとめるでっぱりあるけど、 後輪をうかせてないうち、でっぱりはねさすと、金具、さがってないのに、とまったままにできる。 ここで、とまっちゃう。 《 絵図 》」 現物を見ればもっとちゃんと理解できるんだろうけど、なんとなく分かる。 分かるが、だから、どうなの? (単にちょっとおもしろい異な状態?) でっぱりを戻せば、金具は下がって、普通に駐輪できるだけのことで、とくにこまらない。 あるいは、金具が下がらないことがあるが、 それはこういう理屈だから、冷静に対処すればいいだけ、という覚え書的なものか。
: 「ひも、むすんじゃった。(ヒトエカタムスビ) ひとえちょうちょにしないで。」 自転車の荷台の紐。 なので、ほどくのに苦労するだろう、してる、ってことかな。
: 「雨ふってたけど、やんじゃった。自転車乗れぬと思ってたけど。」 登校前の空模様とそのときは乗れぬと思っていたことを、自転車で登校途中に思い出して、仮メモ。 その後(学校に着いてから?)清書、だろう。 → このエンピツ仮メモだが、よくみると、丸数字しか書いていない。 ここの数項を丸数字だけから思い出すのはほぼ無理。 よって、ポケットからすぐ取り出せるような手帳か別紙、反故紙のようなものに 丸数字付きで走り書きをしたか。 → いや、丸数字の(1)の上のすぐのエンピツ文字が「物」とあるように見える。 エンピツ文字だけを並べると、「 物 (1) (2) (3) (4) 」となりそう。 これは、物理ノートにある仮メモをここに清書せよ、というときの書き方と同一。 と、するなら、登校後の一時間目あたりが物理で、 授業中、せっせと物理ノートにこれらの仮メモをしたためていた(今にも忘れそうで)というのが、真相なのか。
: 「運働 運動 )?」 waka君はしばしば運働と書いている。 そのつど(本項のように迷うつど)運動が正字と(辞書など引いて)確認してるんだろうけど、 忘れた頃にまた、運働と書いている。
※ 『1974/06/06 これをフォークは右、と思う。』 : 「そろそろ、卓球はじめる??」 「古文で重要なのは助詞、助動詞だって。」 「帰ってきたら、自分でくつ下あらえって。」 頁上辺のエンピツ書きメモ。 春の競技大会の練習の人たちにゆずっていたけど、大会も済んだようだし、 そろそろ旧体育館の昼卓球を再開しよう。(会長さんらにも連絡して)
: 「ぼくはそれほどとは思ってないが、ぼくは夜がない(ねちゃうから)ので、 一日が人よりもあまりに早く、過ぎていってしまう?」 勉強、すくなくとも文芸創作で、自分時間を充実させていないから、負い目を感じているのでしょう。 要は、将棋やマンガやプロ野球視聴やのあそび、そして惰眠、そうでなければいつも心記書きに追われている。 うしろめたいけど、矢のように時間がすぎていく。 ふりかえれば、貴重なような大切なような十七歳の日々が過去になっていくのが見える。 (でもさ、そういう負い目や焦り、感傷も、今から眺めれば、うらやましいぐらいきらめいている。 今が不幸だとは思ってないが、むしろ充実しているが、お前のほうがきらめいている)
: 「ふとんにたらしたヨダレ、(先ページより)チリガミでふこうと思ったら、ないので、 弁当つつんだしんぶんしを、ゴミバコにすてたやつからちぎって、つかう。」 前の頁で夢の中身を書いている。長々とひどく怖い夢。 その終盤、葉っぱを口でくちゃくちゃかんでいる。その後それをペッペッとはきだす。 「ここで目がさめ、ふとんの上につばをはき、よだれをたらしてたのにきづく。」とある。 朝起きて寝床の始末をしてるもよう。
: 「early を、はやい、ちかいのどっちだっけと思う。正解、早い、初期の。」 近い将来、という言い回しにも使われるらしいから、近いも類縁濃しと言えそう。
: 「もう、3日か4日ぐらい前自転車で走ったら、(学校いくため) 横断歩道わたろうとする女の子(19ぐらい?)をみつけ、 あまりにあいらしかったので、天使のようだと思う。」 どうやら、性欲昂進状態で、女子の見え方にバイアスがかかってるな(^^;
: 「自転車ムリかと思ったけど、自転車(雨きわどくあがる。)」 詩ではないけど、短句として見事。
: 「歯、カオ、アラウノワスル ブショウがつのると、ここまで。 → 顔洗おうと、洗面所行ったら、お母さん洗ってる。僕たんすあけて、くつしたさがす。 どれをだしても、アナあいてるか、きれてる。それを母君に気づかせる形にして、 じゃ買っとくよ、といわせる。そんなことして、洗うの忘れる。 ← これについての下書き、あやうく、消すとこ。(ケシゴムで)」 細字、一部は90度おれまがった状態でつづってる。 あとから挿入したがスペースが苦しくて、でしょう。
: 「於 : ところ、とよむ?」 よまない。おいて、だ。
: 「二人」が形態変化して「こん」 発見級かも。 どこかのたぶん自分の手書きで「こん」と読んで、意味が通じなかったので、この相似に気づいた。 そういう前事情があったんだろうけど。
: 「へいわ
り
におわる ?」 平和裏におわる。 秘密裏に始末する、とかもよく耳にする。
: 「諸民 ■民 庶民 ■ : なんて字?」 ■は、都の左右が入れ替わった文字。waka君の勝手字でしょう。 → デジタル文字にはないが、ある漢字らしい。 (ATOKの文字パレットでは、こざとへん+点付きの者で、ショ、なぎさ、という読みで出てるが、手元漢和辞典にはそういう文字の登録無し)
: 「■野先生すぐスペル忘れる。ちょとだめね。(文法はヤレルのだろうけど。)」 本職が、英語劣等生のwaka君にこういわれたら、あかんわ〜 いつも目をつけられているので、ここぞとばかり(とはいえ秘密のノートの中で)。
: 「こんなんなことにたちむかっていく気力がたいせつ?」 そのとおり。 前に進まなけりゃ、話にならない。 道を切り開き、肩で風を切るように悠然とゆくのだ。 ・・しかし、ときに、逃げる機転も必要。 君子あやうきに近寄らず。避ける冷静さも。
: 「溶器 容器 )? × ○」 「剤を■」 ■は、交+O。剤を誤記した文字。偏が交、旁はでてこなかったよう。 この辺り、化学の時間か。
: 「この前、セントラルプラザにいったときも今日も、ノリちゃんと話しながら走り、 オ■さんをみつけ、通りすぎるときにちょっと、話し声をおおきくしたよう、ぼく。」 さっき(左1列目は)登校前だったはずだが、すでに下校時間?
: 「高■スミ■さんもとなりに歩いてた。 これは今日。はじめにスミ■さん目にはいる。 この前も、(オ■さんにしか気づかなかったけど)となりにいた? (この二人ナカヨシのよう) ゆうびん局の2人がオートバイひどいのり方。 《 絵図 》 」 郵便局員が行儀の良くないのり方をしていた、ってことみたいだ。 不良がそうしていてもたいして珍しくないけど、郵便局員がそうしていればたいしてひどくなくても記事にしたくなるかも。 (絵が稚拙でいまいちよくわからないが)
: 「このごろますます、お■さんがきれいに思えてきた。」 だからさ。発情期なんだってば。 まあ、もちろん、女子の側もお年頃だから、それなりに微妙につやめいているのかもしれない。
: 「今日5時間目のはじめ■■ハタさんという人、ロウカでたおれたかどうかしていた。 (ノリちゃんと将棋やるため、ロッカーにとりにいったとき、女の子がまわりかこんで何やらしてるの見る。)」 しゃしゃり出て、何かおせっかいはしなかったわけだ、waka君は。 基本的にすでに人だかりができているなら、おまかせで正解と思う。 さん付けなので、女子だろうし。
: 「ノリちゃん(に)勝つ。(将棋)」 「ぼくのカラダくさいので教室で体をマルメギミ?」 自臭症(じしゅうしょう)の初期? でもまあ、数日風呂にはいってないそうだから、根拠はあるわけで・・
: 「今日、会長さんとの卓球再会。木■タイメイ君やクロ■君もやってた。」 再開。 実際、会長さんともひさしぶり再会だったのかも。A組とH組で教室は離れており、中間テストや競技大会のときは休んでいて。
: 「金曜日はしんぶんの棋譜みよう、だって、」 金曜日の昼休みは卓球ではなく図書室で新聞棋譜を見よう、の意と思う。 直近の金曜日は翌日6/7。 → 会長さん(あだ名)、医者の息子で東大受験生なわけで、そろそろ卓球どころではないかもだよ。 どうだったんだろう。(waka君の誘い、断わりきれなかったみたいなところ、あったんだろうか)
: 「会長さん、卓球の前、現国の教科書ないといってた。あんまり知人がいないのだと。」 「・マサヤ、みんなにいっせいによませて、机の間を歩くんだって。 ・会長さん、やたらにワスレッポイのだって。」 マサヤ、というのは、現国の先生か、文脈からいけば。 国語科の先生はほぼみんな良く知ってるはずだが、マサヤ、からは浮かばないなあ。 三年間教わったことのない先生? 知ってる先生だけど、姓でしか覚えてない? つづきを読むと、waka君はこの日現国の授業がなく教科書持ってきてないようだ。 貸すことができない。
: 「で、現国の教科書もってでてきた玉■に話したら、こころよくうけ入れられ、かしてくれる。」 waka君が仲介したってことらしい。やるじゃん。 会長さんよりは人脈があったみたいで。 教科書の貸し借りはお互い様だし、減るもんでもないし、頼めばなんとかなった。 → 玉■君て誰かな。 別クラスの知りあいで、そのクラスでは現国の授業ありってことなら順当。 あるいは、waka君と同じクラスのやつだったら、どうして玉■君は現国の教科書をもってきていて、 どうしてそれをwaka君が察知できたのか。 よって、前者が濃厚だが、まさかの後者もないとはいえない。変なヤツいるし、waka君も変な勘があるし。
: 「高■氏、そばにいて、「よう■■■くん、まだ自転車のってるか
ねえ
。」 「うん、のっ
てるよう
。」 ハハハ、とぼくたち(会話した二人)二人、それに玉■笑う。」 なんじゃこりゃ。 秀才高■氏(こいつも後年お医者さん)のあいさつ、 天気のあいさつみたいものなんだろうけど、変といえば変。 waka君の無骨な自転車が相当有名だったってことかいな。 → もう別クラス(たぶん理系)のはずの高■氏がそばにいるってことは、玉■君もそのクラスか。 会長さんのH組のそばで知人を探して、玉■君をみつけたってつながりが正解っぽい。 少なくとも、玉■君と会長さんが同じクラスという場合だけはない。同じクラスでは同時に同じ教科書を使わねばならないので。
: 「しかし、修学旅行のとき、11時に女子を呼んだのはエチケット違反だったな。」 なんで、唐突にこんな記事がこんなところに。 修学旅行は前年の秋。ふいに思いだしたんだろうけど。 なんだかんだいっても、特別なシチュエーションが忘れられないってことか。 この辺りを書いているのは、すでに帰宅後の自室で、だろうなあ。
: 「4時から、6時まで寝る。ねころんでいるうちねちゃう。 何もぼくをおこそうとしなかった。 巨人の星、見そこなう。」 何も→誰も、か。 何も、だとやけにかっこいい響きだ。
: 「姉きのやつ、間のふすましめちゃってる。ぼくのへや、下の雨戸の半分はアミドであいてるも同じ。」 寝ている間、外に開放された状態、襖閉められて家の内部とは遮断された状態、 だったということに軽い抗議の気持ちがあるのかな。 外にうち捨てられたようで?
: 「ぼく、もみあげがひどすぎる? そるべき。礼に反する。」 うう? 髭剃りはどうしてんのかなあ。もうやってるんだろうなあ。 だったら、もみあげも調整は可能だったと思うが。 しかし、ニキビも依然華やかだったりすると、気持ちよくショリショリというわけにもいかないか。 記載がないので、詳細不明なのが惜しい。
: 「これをフォークは右、と思う。《 絵 》を、フォークと思ったのだ。」 ナイフは形状を直感できるが、フォークと言われても直感できない。今も。
: 「今日、化学のとき、■■ソウさん、気持ちわるくなったか、保健室いっていいですか、と先生にきいて、 ゆっくり立って、教室でていき、しばらくして帰ってくる。」 「■■ソウさんの声は、独特なかすれたような声。でも。すなおなかわいらしさもある声。」 もう女子なら誰でも、すこしでもかわいげがあれば、気になる。惚れる。 今だと、そのめずらしい苗字に興味ありだ。 (■■ソウ嬢、薬品臭にやられたかな)
: 「7時26分日没。(没)」 ネットで調べると、1974/06/06の日の入り時刻は、これより三十分ぐらい前。 日暮れ(太陽が沈んだあとしばらくして本当に暗くなった頃合い)をいってるか、waka君の実感で。
: 「ファーストから、タッチアップしていいの?」 ルール上、OKのようです。
: 「主らす :つかさどらす」 さすがによまないよね、と思ったが、手元漢和辞典では、あり。 つかさどるの同訓として、掌、主、司、典、知、宰、職、があるとか。
: 「梗概」 こうがい。あらまし、あらすじの意。 びんがい、べんがい、と読んでた。
: 「はぐ は
い
で、となる?」 なる。
: 「りょうさいしいの「林氏」の林氏は、ぼくのとなりにすわってるよし■さんみたい。 妻女、かつ、しっとなどほとんど考えぬ人。」 聊斎志異の一篇「林氏」ということ。おそらく、りんしと読む。 (聊斎志異では婦人のことを○氏と呼んでいた) どういう話か、確認してみたいが、妻女は、才女の誤記っぽい。 よし■嬢のこと、外見以外はまだ、ほぼ何も知らないはず。印象で言ってる。
: 「中国は円のようになってる?」 絵図二つ。 いかにも。まるまるとして豊満。 比べれば、アメリカは逆台形。ロボットの胸板か。 日本、タツノオトシゴ?
: 「うちつけに。」 古来からある言葉で辞書にものってるが、ほぼ使ったことも聞いたこともないな。 書籍で見かけたか。
: 「なんかコムカイ■■くんは、ぼくを特別視していてか、あいさつをしてもあまりかえさぬ。」 単に好かれていないってこと? だとしてもねえ、交流が少ないのに嫌われるってのはよくわからないよ。(まあ、男子はどうでもいいわな。笑) しかしここにもまためずらしい姓が。
: 「よきせぬできごと、 それをキタイノ、 を それをタノミノ としていた。」 うろおぼえしていたってことらしいが、意味的には近そうだ。 何か誰かのセリフ(決まり文句)のモノマネってことかも。
: 「
ぼくは■■■わか■■
ぼくは■■■わか■■です。 あいうえおかきくけこさしすせそたちつてとなにぬねの
中学の頃、こういう字をよむときは、これをエンピツでなぞると、何かいてあるのか、わかると、笹■か古■さん言ってた。」 笹■君、古■嬢は、中学のクラスメート。高校は別。
: 「 → 先のボールペンの最後。」 「 → このボールペンだそうとするこころみの一部」 「ついにボールペン出なくなり、とっかえ。」 「だいぶ薄いですねえ。」 青ボールペン、更新したてで、この頁はずいぶん薄い。
: 「左足
のひら
? にポツンとかゆい所ある。」 足のうら、ふつう。
: 「清明 せいめい しんみん せいめい しんみん しんめい )?」 せいめい。 (しんもみんも王朝名ではあるが)
: 「文庫の目録というべき所を、名目という。」 ど忘れして出て来ない。片方は目(もく)、名簿のようなもの、で名目?
: 「イ■■ちゃん、今、隣に(
住んでる
)いる吉■さんを、 姿勢がまっすぐで、ととのった顔で、いい、いい、といっていたよ、1年の夏。図書館がよいした頃。 学校で隣の席にいる吉■さん、と書こうとしたら、隣に住んでると書いた。」 今度隣の席になったのは二年前にイ■■ちゃんがべたぼめしていた女子だ、と思い出した、と。 変わらず姿勢もまなざしもまっすぐだったんでしょう。
: 「たよれるアンネなんていわれると、嫌悪を感じる。」 女子の生理用品のCMを聴いて、ではなかろうか。 アン心にも読めないことはないが、心にしてはよけいな部位がついている。
: 「聊斎志異には、怪物の出ない人情の話がときどきあり、かつ、それはよませる。」 妖異の話が多過ぎるぐらいあって、それはどれも内容が似たり寄ったりで、しだいに飽きてしまう、たしか。
: 「読む本がまわりにない人はかわいそうね。 (買えない、というだけの意味でない。 よみたい本のない人、いつでも手にすることのできない人、をふくむ。 いやむしろ、後者をいいたい。)」 己がしあわせを言いたい。 人それぞれなのだから、趣味や好きなものもそれぞれ。 友だちがまわりにいない人はかわいそうね。と言っているようなもので、大きなお世話かもよ。 大きな声で口にしてしまったら。
: 「水に手を、スッと入れるとうずができるがこれはいつもきまった向きにのみまわるのでは? どうなの?」 台風のような大規模な自然現象には、コリオリの力が作用して、渦の向きを決める。北半球と南反球では台風の渦の向きは逆になる。 しかし、家庭のお風呂の排水や本項のような卑近な例では、他のさまざまな条件に比べてコリオリの力は微々たるもの。 結果、渦がどちら向きなるかはまちまち。 というのが、ネットでしらべた答え。
: 「憂きことのなほこの上につもれかし。(チッチより)」 《 女子の顔絵 》 「オレガカクト、クルウナァ でも、小さな恋の物語の8集P132の松坂サユリさんて、知的な美!」 引用、模写、プチ感想。 だいぶお気に入りの様子。
: 「A君が机にすわって気持ちよくコーヒーを飲んでいると、 イスがすべり、A君のしりがおちて鼻を机のへりにぶつけ、 また、熱いコーヒーを上からかぶってしまった。 ために、鼻がねじれ、目のみえない男となって、一生、みじめにくらすこととなる。」 display『1974/05/27 イスがすべって、』にある絵がまさにこの惨事の場面。 waka君の自宅の勉強机の椅子が、すべりやすい感触があって、たぶんまれにでも実際にすべったことがあり、ときどきちょっとでもその気配があると、 5/27やここで描写したような惨事が起こるのではと心配になるんだろう。 で、その心配をフィクション上で描写して=仮想現実化してしまって、 厄払いをするような心理が働いていると思われる。 古くは生け贄とか、今でも紙人形を流したりとか、わりと人の生態として自然な情動なのかも、これ。 → つまり、すべりやすい椅子を自然災害か何かのようにどうしようもないこととして扱っているわけだが、 今からみれば、その椅子交換しなよ、といいたい。あるいは、滑り止めとなるような工夫をしなよ、と。
: 「お母さんにむしゃくしゃするといわれ、ぼくもそろそろ、これどうにかしようと思ってたので、 お母さんのいうとおり、おじいさんのかみそりかりて、もみあげの発達したところ、そる。 自分一人でそったのはじめてぐらい。」 自分の剃刀を持ってないってことは、髭剃りはまだ日常的にはやってないんだ。ほ〜 高三、十七才なのに、ヒゲは処理しなくていい程度なのか!?
: 「もみあげをのばし、ときどき、トコヤにいってそられ、今回のように自分でそる。 当然、もみあげをのばそうとおもわなくてものびること、人は本来もみあげののびていたこと、に気づく。」 ふむふむ。 当たり前のことなのに気づいていなかった不思議さに気づく。小さいながら、悟りといえよう。 さがせばたくさんありそう。 人を好きになる不思議。 お金に価値を感じる不思議。 山川草木鳥獣虫魚にみな命のある不思議。 言葉がわかる不思議。
: 「1度は、朝勉強しない日もあっていい。朝ゆっくりもしてみよう。そのためには、夜、やるのみ。 今、11時5分前。(or 3分前)」 今日こそは寝る前にやってしまおう。気合いだ。と。
: 「おかあさんが、ぼくのもみあげにむしゃくしゃするのは人間本位の感情もってるからだろ。」 もう一つわからないが、動物が同族の本来ある毛なみにむしゃくすることはないだろうから、 人間である領域がむしゃくしゃするのだろう、という意か。
: 「「・・・・だから、ほらすぐおじいさんにかみそりかりて、そっちゃいな。」 「うん・・・かってにつかっちゃっていいんだね。」 「ああ、だから、おじいさんに一声かりるよっていってそりな。」 この会話、おじいさんのへやのまったくすぐそば。おじいさんのへやあけて、 「かみそりかりていい?」 ねてテレビみたいるおじいさん何やらいうがきこえなく、首つっこんで、「ん?」ときくと、 「おわったらちゃんとあらっとけよ、」とこわいようにどなる。やっぱ、気悪くしたよな。」 襖越しに丸聞こえなのに、くり返す。日本の家庭特有なのかな(笑) 男性用のカミソリなわけだが、 自分の夫(waka君の父親)のものでなく自分の父親(waka君の祖父)のものを勧める。 ちょっと、異な感じはある。 ○ waka君の父親は口髭、顎髭などのばしていたので、あまり使わなかったか。 ○ 夫は立てるが、父親はそうでもない、のかも。
: 「身動きも
ようせず
に」 よくせずに、だろうが、古風でなつかしい。
: 「足ならし」 これはまあ、今でもふつうに言うか。
: 《 教室の現行の席配置図 》 3年A組。waka君の周辺。 display『1974/05/30 この夢のお弁当は、』にもあったが、こちらのほうが多少詳しい。
: 《 | クゲ■■ 松■ ● 女 カ■■ 女 | ■■ツカ(男) イト■■ ノリ アオ■■ 女 ■■ツカ(女) | 宮■ 女 僕 よし■ 女 男だった、■■/ノリでない方 | ■■ソウ 女 ツミ■ ■■ゼキ | オ■ □ アラ■■ □ | □ □ □ □ | □ □ □ □ | 》 右端、前から三番目の■■君はノリミツと同姓の意。 カ■■、アオ■■、■■ツカ(女)、宮■、よし■、■■ソウ、オ■は女子。 しかしwaka君、左隣とか左後ろとか女子の名を覚えてないのはなぜ。 めだたない、気にならない、ということなの?
: 「日本史の教科書明ければ、ありとあるはなばなしく、また、興味あることどもとびだしくるが、 パタンとしめるや、そのむらさきの表紙の無表情が私にせまり、ほんとうをしらされたような気持ち。 これに、気づいてのち、これかいたのだが、かきつつ、「明ければ」でほんとにまたあけて、かいた。 そうすぺきかな、とその前にちょっと思ったのだ。」 なるほど。 書いてるときに、実感し直して、書いた、と。 筆にまかせていると清新さから遠い、浮いた文章になったりしそう。 大切な勘所、その手前ぐらいにいるのやもしれぬ。 (といってもこの場合は対象が机上にあってすぐ実践できたわけだけど)
: 「明ける 開ける }??」 正しくは教科書を開けるだろうが、前項の心ばえに(またはイメージに)添っているのは明けるなのかもしれない。
: 「今日は寝られない! 風呂にはいって、サイドリーダーの予習、明日の政経の小テストの予習、フクセイの清書、 はじめの3つに3時間。フクセイに3時間。しめて、6時間。 今、12時15分前だから、明日の6時15分前になんなきゃおわらぬ。」 無理。この計算にカラダはついていけない。 (そのために今まで眠っていた、今起きたところ、というならわかるが) ○ 十七歳のカラダでもついていけない、とはっきりわかるのは、何十年も経験を積んだ今だから。 ○ まだ経験の浅い十七歳のココロでは、もしかしたら可能なんじゃないか、勢いでいけるのでは、などと思いがち。 ○ しなければいけないことなのに、無理、無謀なプランでしかそれが達成されない。 つまり、すでに詰んでいる。これでは子供の仕事だ。 ○ しなければいけないことを無理なく達成するためには、単純明解だが、 もっと前から着手して十分な時間を充てればよい。(要は遠くまで見通す目) ○ すでに時間がせっぱつまっているなら、目標を削る、実現可能な必要最低限にしぼる。(転んでもつかむ) ○ 本当にしなければいけない、それが絶対なら、助けを呼べ。仲間を呼べ。(為すためには個を超えよ) ・・とまで考えていくと、本項のもろもろは、そういうものではない、しなければいけないや絶対からはだいぶ遠い、とわかりますな。
: 「気持ちのいい風呂であった。(きがえ場で、パンツいっちょでしゃがんでかいてる。)」 「もう、50cm上からでは、この字、よめぬ。」 裸眼で? メガネをかけても? 脱衣場での奇態。あんまり人に見せられない。
: 「小■さん 小野小町 オノノコマチ 百科事典で一応しらべる。 こんどから、彼女のこと、小町さんとよぼうかしら、このノートの中でだけでも。」 このあと実際にそうしている。 ちょっときもちわるい(^^;;
: 「オザキユキオ 作家でなく政治家」 「憲政の神様」といわれたとか。 上の百科事典(中高生向け、自室に十数巻、あいうえお順)つながりで読んでると思われる。
: 「押 押 ) ?」 2字目は、右側が申になってる。 (ちなみに、この頁上辺のエンピツ書きメモの「押し葉」の押も右側が申になってる)
: 「ゆっくらこ なんと、ま、ゆっくらことしてること」 おとぎ話?
: 「曽我兄弟にでてくるの小野小町でなくトラノゴゼン。」 時代もちがえば、キャラもちがう。 そういえば、waka家には、かなりぼろぼろになってたけど、曾我兄弟の敵討ちの漫画一巻本があった。 (父親の買ってきてくれたもの。子供のためというより、東京に行った帰りの電車で読むのに買って、それをみやげ替わりにしたような) (父親はときどき、東京がよいをしてたけど、古本屋街を歩いたり、映画をみたり、だったらしい。一度連れていってくれたことがあったが、眠狂四郎の映画で、女子が捕らえられて全裸にされたりして子供なりに興奮した) (父親のみやげ本には、白土三平の漫画単行本もあった) → 曾我十郎祐成の妾(しょう)が虎御前。とりちがいしそうだが、木曽義仲の妾で武勇にすぐれた女性は巴御前。
: 「今日、昼、会長さんが、こんどのスンダイモシにいっしょに行って、(3時間)帰り、本屋にいこうよ、だって。 ぼく、「えー、いいよ、いいよ、 なんかのらないよ。」」 つきあいで受けるのだけはできるだろうけど、得点はまったく望めないわけで、遠慮するよ。会長さんみたいな秀才(東大受けるような)じゃないもん。 友だち少なそうな会長さんとしては、遠出にだれかつきあってほしかったんだろうけど。 というか、駿台模試、受けるには予約とか払込金とか必要では? 当然そんな手続きしていないwaka君だけど、会長さんは当然手続き済と思っていたのかな。 将棋や卓球の仲間ではある、お勉強方面の立ち位置は違いすぎてた。
: 「1炊 1睡」 よく聞く、いっすいの夢。 一炊の夢が正しく、一睡の夢は誤用ということだが、ほとんど正妻といっていい妾なのでは。
: 「フロはいったのち、どうもねちゃった。」 うふふ。やっぱり。waka君だね。
: 「おもしろい夢。 おもいだせそうで、ぱっと思いだせない。」 しなければいけないことをしないで惰眠におちて、それでみた夢がおもいだせないなあとぼんやりしてる。 ひとときの愉悦というか至福というか。罪の味も利いて。
※ 『1974/06/09 というむしめがね■』 : 「だれかが朝、外をみて、こりゃまたあ、といってるので、きっと雪だろうと思い、みようと思うが、 ねてる方がらくでいいかも、と動かぬ。という夢。」 季節外れ、だけど。
: 「好きなことしかやりたくない、きらいな勉強なんかやだ、といってた男に 「きらいなことにすすんでいかなければ死刑だ。」という判決。 そこで、男はすぐ、ああ、私はたった今、勉強がすきになり、 あそぶことや将棋さすことが大嫌いになった、きらいなものにすすんでいかねば、という。」 おもしろい。小小話か。 (死刑におののいて一瞬で変節してしまった、せせら笑って逆手にとった、両方の読みができるところがみそ)
: 「いったっきり = いったっぱり ←千葉弁? (お母さん、よく使う)」 ネットで調べるも裏付けとれず。 waka家、または母親個人のなまりかな。
: 「おきっぱなしのカラのコーヒーカップにこんどは蛾がはいる。」 前の頁(6/7)にある記事、 「のみほして、茶色のものがかわきたまってるコーヒー茶わんのそこに足を一点にまとめた蚊がおちてた。 ごみばこにすてようと思ったら、まだ ちょとうごくよ、この蚊。 カフェインにやられた? 寿命? これにもめげず、同じのでまたのもうという■■君。」
: 「しかし、おれって、ほんとにいろんなことに手だしてるねえ。 勉強、 心記 作文(かきかけ数知れず) 読書(よみかけ5〜6作品 大きいのでも、アンナ、リョウサイ、ホケキョ、ムカシバナシ) 尺八吹き 尺八作り 将棋(+詰将棋) 囲碁 けん玉 つみ木 一生かけて、それぞれ、心ゆくまでやりたいべち。」 読書の読みかけは、「アンナ・カレーニナ」「聊斎志異」「法華経(現代語訳?)」「昔話(日本の昔話の青年向け集成か、岩波文庫あたり)」 法華経は、坊さん修行したいわけではないんだが、原典に触れておこうと何かの機会に感じて。 一生かけては、少々言いすぎ。作文、読書、将棋は残ったけど。 最近は、読書の代わりにアニメ視聴となっているかも。あるいは、この、心記スキャンと内容精査が、作文と読書の複合体みたいな道楽になっているかも。 尺八、けん玉、積み木は、さすがに一生かけてとはならなかった。まれに思いだしてすこしやったりはこれまであったしこれからもありそう。(すこし楽しんで、すぐ飽きる、というつきあい)
: 「とにかく、この心記のフクセイなくすことだ。」 フクセイ(エンピツ書き仮メモの清書が後まわしになっている項、記事)は、そのときのやり残しは少しずつでも、その堆積量はすでに膨大になっていたはず。 本項、諦めてはいないようだけど、日本国の財政赤字に似て、全額返済の前段階として、当面はもう増やさないように、仮メモは一両日中ぐらいに清書して解消していく癖をつけていこう、という意かもしれない。 しかし、その習慣はうまく定着せず。膨大な堆積も残ったまま、現在。 (実際問題として、箇条書きやカタコトの仮メモは何週間もしてからでは細部を思い出せず清書したくてもできなかったはず。 さらに言えば、この心記にそのエンピツ書きがあればまだしも、別紙とか授業ノートのほうに仮メモがあってその在処のメモのみが心記にあるという場合も少なくない。 別紙は紛失しやすい。授業ノートは学期や学年が終わればどこかにしまわれたり棄てられたりする運命。結果、まったくといっていいほど残っていない。 この心記ノートにあるエンピツ書き仮メモについては、これまでのようにできるものは解読している。 が、要するに書かれているそのメモは解読できても、そのメモを元にして書きたかった清書の姿は、半世紀もたってしまっては、完全形はとても望めない)
: 「それによって、ぼくに一つの大きな自信つく。 それから、心記の最初もはっきりすること。 いろいろな曲折ののち、こういう、安定した形式になったからのう。」 心記の起源、生い立ちみたいものは、まあまあ、概観できたのではなかろうか。 この一連の、スキャンと内容精査(当サイトの「display」で掲載しているもろもろ)で。 着手するのが、おそろしく、おそくなったけれどね。 (私自身、これをするとは思っていなかったぐらい、間が空いた)
: 「醜 醜 }?」 2字目は、鬼の中心の縦棒が上下でつながっている。 (明朝のデジタル文字を拡大しても、もう一つはっきりしないか) ネットで調べると、分離が正解みたいだ。
: 「昨日同好会で、メガネとってふいてたら、「■■さんはメガネとると、まるで顔がちがっちゃいますね。」 と火■君か太■君。ぼくがそうかなあ、というと、一方が、ほんとにちがっちゃうね、とかいう。 火■君が、「まるで・・・」で、だまって、自分の盤面に顔をうつし、 ぼくが、ちょっと自分の顔のふがいなさに、かなしくなりそうなとき、 (ぼくの顔ふがいないので、火■君がまるで、のあというと悪いように感じたのでは、 とぼくいくらかとって、それを顔に表わしたため、あっちも、気づいたよう。) 火■君、顔をあげ、「メガネないと、なんか、
どうもう
にみえる。」という。 ぼく、「どうもう」と言われてうれしかった。そのまま、何も言わなくて、 ぼくがかってに、劣等感いだくような状態になりそうなのより、よかった。 それに、事実、ぼくの顔どうもう、の気がし、そういうのぼく好きだ。 だから、悪い状態よりいいのみならず、とてもよかった。」 獰猛。うんうん、気づかいのできる後輩たちだ。 嘘ではなくて、かつ、気分を害さないような言葉を探してくれたんだろう。 6/9の昨日6/8は土曜日だから、午後に将棋同好会の例会があった。 ちなみに、童蒙、と同音だが、火■君らがこの語を知らないだけでなくwaka君もまだ知らないはずだから、この局面ではまったく意識されていないはず。 今からながめると、童蒙(周易にある)も、うっすら浮かんでくるけど。
: 「←もう、3/4過ぎたのね。」 これは謎だなあ・・ 日付3/4のはずはないし。 となると、四分の三の意となるが・・ → 矢印の先にあるのは、すぐ左、1列目の「よみかけ5〜6作品 大きいのでも」。 これを指しているとするのが最も自然。 この線で考えると、この「大きい」は作品の大きさ、ページ数の大量さをいっているのではなく、 進捗度合の大きさ(よみかけのうち3/4以上は読んだもの)をいっているのでは。 「大きいのだけでもとここに挙げたのは、もう、3/4以上読み進めているものという意味なんだ」という注記、か。 → それでもなにか、違和感が残る。別の解があるのかなあ。
: 「前々項の最初、「昨日」と書いてから、これは「
昨
日」だったっけ、と思い、これについて、 このノートに書こうと思ったが、その項の事かいてるとわすれそうなので、書いてしまった昨日の下に、
昨
日とかき、それをちがう項に変更して、かきたかった更は、 その次に、昨日でかきだそうか、と思うが、一度文面を、頭の中で、紙にやきつけて、かこうと思って、 その最初の「昨日」をかいたのに、かんたんに変更するのは、と思う。 つまり、紙の上だけでは昨日の二字でも、すでに、十何行かはかかれるものとして、紙の上にただよってる。 そういう十何行をしたがえた昨日の二字を、ちがう意味にしちゃっていいのかしら、 ちょっと、ととのっていない、と思い、やめる。」 すっごいわかりづらい記事だが、最後までよむとなんとか、わかる。
昨
日の二ヶ所は(文字がないので下線太字としたが)昨の字の偏が目となっている。 かきたかった更は、は、かきたかった項は、が正しい。 つまりは、前々項の最初の「昨日」につづいて思いついた別のことを(偏は日なのか目なのかを) 書こうと一時は思ったけど、結局そうせずに、当初に書くつもりだった内容を「昨日」につづけた、と。 書き下ろした二文字に義理立てして、ということだから、律儀だ。 律儀だけど、まー、相手は無生物みたいものだから、自己満足の世界ではある。 ほぼ意味がない。たいていの人は無視すら意識せずに気にとめないようなことを、 意識して、かつ、このように記録まで残して・・ 女子にいわせれば「ばかなの」となりそう(笑)
: 「イノ イチバン 解釈、イ■サンがイチバンキレイ」 笑。 これを授業で言えたら(例えばこの語源はと訊かれたとき当意即妙にこうこたえる機会があったら、そう言えたら)、ウケルだろうな〜 英雄級、伝承化、かも。
: 「つぶやきをつぶやり」 前頁に、「中盤にはいったくらいで、はまった、とつぶやり、ババーと即詰にうちとる人。」 という記事があるので、これを見直してる。 というか、ノートの見開きで、左側に前頁があるから目に簡単にはいるか。 → 次項も考えあわせると、「つぶやり」、誤字をそのままで残したか。 代わりに、気づいているよ、ということを書き残したのが本項かも。
: 「えんぴつでとりあえず書いたはしりがきの上にこのボールペンで 清書(きたない字でも)していくフクセイがときどきあるが、そのとき、清書したのち、 エンピツの書は消すべきか。また、エンピツ書きに誤字があったら、そのままかいて注でもつけるか、 注つけずにそのままかくか、注つけて、ていせいするか、注つけずにていせいするか。」 清書における誤字と注の組み合わせ、四通り。 いやいや、これは細かいけれど、おろそかにできない懸案だよ。 今だって、心記の記事原文を、「display」や「続短断長」に転載する際、 同じようなことしばしば考えてるもんな。(どの組み合わせを採るかは、固定せずに、臨機応変というのが現状)
: 「また、フクセイは、ちゃんと、フクセイとことわるべき?」 当時は、どのような清書のしかたをしようとも、それを他人にみせる予定はなかったのに。 すごく純粋。それとも、自問しているだけでふつうかなあ。 しいて言えば、後年の自分のためにはどうしておいてあげるべきか、だろうけど。 (あたかも、心記ノートに相談し合意を求めているかのよう。妖精並みの扱い? または another personality のたぐい?)
: 「膣口は、白いか黒いか。 どうも、黒いような気がする。 もしかしたら、意外や白いかも。」 心配だよね(笑) 厳密なことを言えば、空いているから穴なので、穴に色はないんじゃないか。
: 「属を■」 ■は、属の下部の囲いのないような姿。 当時はワープロもパソコンもないので、そらで漢字が書けるというのは大事なことだったのだ。
: 「い → に ・・・ そ → ■ ・・・ を → と などと、まちがえて、見えやすい。」 ■は、以の右側部分? ダブリもある。
: 「フジマサキきらい。」 Wikipediaによれば、藤 正樹(ふじ まさき、1957年12月13日 - )、演歌歌手のようだ。 〔 1973年7月25日、キャニオンレコードより歌手として15歳でデビューした。ホリプロより「演歌の怪物ハイセイコー」のキャッチフレーズで売り出され、紫色の詰襟学生服とおむすび頭、大仏様のような福々しいルックスで大人気を博した[注釈 1]。 〕 でも、waka君の性にはあわなかった、と。 一学年下だ。
: 「しら 白■さん しらべ }イ■■ちゃ、このノートみて、(しらがやたらかいてあるので、)誤解する?」 白■嬢をしたうイ■■ちゃんがもしこのノートをみたら、 調べよ、調査せよ、 の略字である「しら」がやたら書いてあるそれを白■嬢のことだと勘ぐってしまいはしないか、 という心配だろう。 三年になってもう別クラスのイ■■ちゃんがこのノートをみる懸念はかなりうすかったはずだし、 しらを白■嬢とつなげるかどうかもあやしい。 杞憂。 つまり、イ■■ちゃんをだしてはいるが本気で心配はしていない。 しらが白■嬢につながるかもと気づいてこういう懸念も思いついて仮想を披露したがっているだけでしょう、waka君が。
: 「へいわりにおわる(僕のかいたエンピツ書き)が、へいわりにおれる、と読めたよ。」 原物は『1974/06/06 これをフォークは右、と思う。』の1頁目1列にある。 が、それはボールペン書きだし、「おれる」よりは「おわる」にみえる。 本項のいうエンピツ書きを清書したあとだろうか。 ま、要はおもしろいと、平和裏に折れる。
: 「大場鹿次郎様、意三三三/イミサンゾウ 様、他/ほか 5名様。 全員で5名? 2+5で7名?」 七名でしょう。 しかし、この例文のためだけに創作した氏名だろうけど、異様だよ。 鹿次郎はまだしも、意三が姓、三三がサンゾウで名、いないでしょうなあ・・ (両氏名をメモしておきたいが本項の主旨、後半は派生に過ぎないのかも)
: 「177 :天気 117」 電話のサービスか。104が番号案内だったけど、まだやってるのかな。 https://web116.jp/phone/telephone/ ここが詳しい。 〔 電話の3桁番号サービス 3桁の番号をダイヤルしてご利用いただけるサービスや緊急連絡先などのご案内です。 ・・・ 104 番号案内(2026年3月31日サービス終了) ・・・ 117 時報 ・・・ 177 天気予報(2025年3月31日サービス終了) ・・・ 〕
: 「たてがきにしようか?」 と縦書きで。 ここでは思いついただけ。六月末から実行している。
: 「クダンセンター 企業のなんか? 交通状況しらせる所?」 ラジオの中で、九段センターを呼び出して、道路状況を訊いたりしてたんだっけ。 → もしかしたら、クダンは一般名詞と思って、地名だと気づいていないのかも。
: 「すまげんじ ?」 須磨は『源氏物語』五十四帖の巻名の一つ。第十二帖。 須磨源氏で、能の演目でもあるらしい。
: 「う」が形態変化して「か が のようにみえる。」 相当に苦しいのだが・・ 横書きのつなげ字でなら、出現しないこともないか。
: 「6月6日、■■ハタさんがたおれたときの話。 ぼく将棋の盤と駒もって、席にまできて、ノリちゃんに話すように、 だれかろうかでたおれたみたい、という。ぼく、クラスの女の子がたおれたと思っていたので (クラスの女の子、宮■さんなんかがまわりにいた。)となりにすわって、 何かよんでるよし■さんやらなんやらにも、いったらどうかしらというような感じに、ノリちゃんに話した。」 女子同士なんだから、手助けに行ったらどうかしら、と暗に促すため、聞えるように、ということだな。 「ノリちゃん、「だれかがたおれたというのに、ゆうぜんと将棋をさす ―― 」 ハハ、と笑って、 「あれだけ(カイオウが)ついてりゃ、いいよ。」」 カイホウ、介抱。 「よし■さんたちあがり、■■ツカさんなんかに、だれかたおれたみたい、といって、のちみにいき、 しばらくしてかえってきた。 ぼくは、誰がたおれたのか知りたかった、そこで、 そのためによし■さんにそれをたずねるという自然な行為を、ぼくの気持が許し、 はじめてか、ひさしぶりの会話。話しかける事。 「誰だって。」 「■■ハタさん。」 「ふーん。」 この「ふーん」が、ああ、あの人か、という調子を含んでたけど、ぼくの知らぬ人なのだから、 うそをついたような感じ。そこで、また、ノリちゃんに、むかって、 「■■ハタさんて、だれだっけ、しらんこかな。しってんのは、(■■ハタという名で)男だからな。」 とかいう。」 「たおれた■■ハタさん、はじめろうかにねかせられてみなにかこまれてたけど、 宮■さんなんかが、すこしして、ロッカーの前に、最近おかれたベンチの上にねかせる。 ぼく顔みえず、サクラ■君にきいてみたけど、わからぬ。いつまでもみてんのは失礼、上品でない、と思い、 教室にはいる。」 waka君は、ほぼ、野次馬に終始か。 (人を誘導して欲しい情報を得ているようなところもあるようだ) 宮■さんは、さすがだな。知り合いだったのかもしれないけど、そうでなくても、 世話やきタイプだから率先してしまうのだろう。 → 『1974/06/06 これをフォークは右、と思う。』にある当日の記事は 「今日5時間目のはじめ■■ハタさんという人、ロウカでたおれたかどうかしていた。 (ノリちゃんと将棋やるため、ロッカーにとりにいったとき、女の子がまわりかこんで何やらしてるの見る。)」 だった。数日経ってから、詳しく、広めに、語り直している。 waka君と周囲の、この小事件への反応や関わり方をあらためて書き留めておきたい、おくべきと感じて。 (なぜそう感じたかはもうひとつはっきりしないが、おかげで、くっきりとした情景が見える。今でも)
: 「ノリちゃん勝つ ノリちゃんに勝つ 〃 が 〃 」 ノリちゃん勝つは、両方にとれるだろうか、と。 (a) ふつうは、主語に思うから、ノリちゃんが勝つと読める。 (b) 6/6の記事に「ノリちゃん(に)勝つ。(将棋)」とある。事実は、ノリミツに勝った。 で、ここのこの項は、それを受けた、一種の書き直し(再吟味)だな。 今判定すると、日本語としては (a) が正解。 事実をふまえるなら、(b) もないことはないが、あくまでも書き手の主観コミで。 字面にあるべきそれがまるまる手抜きされているのにそうよませたいのだとしたら身勝手過ぎる。 → その将棋は6/6にさされたのであり、この日この項辺りでまたノリミツと対戦したというわけではないと思う。 (この日6/9は日曜で、学校にいってないし) ■■ハタさんの一件を語り直す際、6/6の頁を開いており、 ついでにノリミツとの対戦記事も目にはいって、というつながりだろう。
: 「さ」が形態変化して「ろ」「ら」 ろ→ら、はわかるけど、さ→ろは、だいぶ苦しげだな。 (どうしてこういう変異をさせたいんだろう。 こういう変異があるとうれしい、よりは、こういう変異があると困る、不安だ、のほうが強そうに思えるのに。 waka君の、ささやかながら根深い、被虐嗜好? 香辛料や苦味もないとものたりない、そういう舌になりつつあるか)
: 「
これは、むしめがね、つかって書いてる。 わりとでかく、ぼてぼてみえる。
」 なにを思ったか、細字に挑戦。以下、五項ほど。
: 「
フブキジュン、モデルより。けんそんしてていい子。 一般的にいって、どうして、モデルから、歌うたいがでるなんていう、不自然がおこる? (フブキジュンはすきになったけどさ。)
」 風吹ジュン。デビュー直後ぐらい。 モデル → 清純派アイドル歌手 → スキャンダル → 女優。 ううむ。 よいよね。 女優として大成、といえるのでは。
: 「
小学校のときかった、《 絵 》というむしめがね■ボールペンのじゃまになるので、 ちょっと虫メガネをななめに。
」 ルーペ。 今、文具をかきわけたら、それらしきものまだ手元に残っていた。 凸レンズが三枚重なっていて、枚数で倍率を変えられる。 本項、左手でルーペを持ち、右手のボールペンで書いてるんだけど、 ペン先辺りとルーペがぶつかって書きづらかったのでってことか。 今試したら、焦点をあわせるために相当に紙面に近づけなければならないようだ。
: 「
もっと小さい字に挑戦してみよう。 つまり、虫メガネでみて、すこし小さいな、と思うのかきゃいい。
」 「
これではどうかしら。もうすこし小さく。 このようにかきゃ、このノートのあとだけで1年弱はもつでしょう。小さく小さく。
」 虫メガネなしではかけないこんな小さな字、効率悪すぎだよ、いくらノートの節約になるからって。 書くのもたいへん、読むのもたいへん。 実験的なこころみだけで飽きてくれて、安堵。
: 「しかし、フクセイは時間かかる。」 「しかし、心記の仕事したり、心記と遊んでると、おもろい。これは、ぼくだけの世界だ。」 たしかにね。飽きないわ! たぶん、他の人の共感は得られないんだろうけど(爆) (現在の私までどっぷり浸かってしまって、客観的な品定めができていないと思う。 よくわかりません。どうでしょう? >稀少貴重な読者のみなさん!)
: 「てれび」 「冬を谷」 「る る る」 頁上辺のエンピツ書きメモだが、こう解読するところか、ひとまず。下の本文(3列目)を参照すると。
: 「珠玉をことだまとよく読んだなあ。」 特殊の殊は訓がことなので、類推か。
: 「け φ(ファイ)」 活字だとまるで別字なんだが、手書きだと似てる、ほんとだ。
: 「うんどうしんけい。」 「前の二項、すぐ書くの忘れそうになる。ところで、 「うんどうしんけい」とは何を言いたかったのか忘れる。」 ・・・ 「三つ前の項の事気づく。 「彼は生まれつき運動神経がよかったので、めきめき上達した。」 という理屈がやたらと使われすぎているのではないか。ということ。」 言われてみれば、安易に使われている。すんなり受けいれている。 ふつう疑問を覚えたり、ひっかかったりしないので、 だからまあ、経験上の事実、しばしば思いあたること、なんだろうな。 でも、その理由、理屈を、遺伝とか、集団と個体差とか、 成長とかにからめてちゃんと説明受けたことはあんまりない気がする。
: 「んを、たと読む。」 waka君の書き癖だと、両字はとても似てしまうようだ。 (たの一画目の横棒はんにはないが、横書きつなげ字の場合、似た線が生じてしまうようだ)
: 「やっぱ二行書きにする?」 ノートの罫線一行に、文字を二段で書こうか、これまで通りに、の意。 この頁の頭から、罫線一行に一段(罫線に乗せるふう)にあらためていたようだが、 まだるっこしく感じてしまったんでしょう。
: 「前項は、前々項を書き終わってのち、次からは二行書きにしよう、 しかしきれいにするため、次との間を一行あけよう、と思ったのだけど、 忘れそうだし、はやく書きたいので、前項を頭の中で生まれさせる。 書こうと思うがこんな意味のない、また正直でないの書いてもと思うが、 頭の中で再びゆってみたら意味を感じて書く。」 ふむふむ・・ 前項、すなわち「今までにいくつ書きたいと思ったことを忘れたことだろう。」は、 最初とりあえずの例文だった、と。 罫線一行二段書きに戻すとしても項と項のあいだは一行あけるという新ルールを付加したい、 手っ取り早くやってみたい、を実践したいがためのうそだったんだけど、 書く前に頭の中でこねていたら、まんざらうそでもない気がしてきたので書いた、ということだね(笑) → とても正直、かつ、面倒いとわず説明してくれている。 ただし、眺めれば明白だが、罫線一行二段書きがこれまでの常態かというとそうでもないわな。 習慣と手なりで書いてきたこれまでの常態を、今回罫線一行一段書きに一時的に直してみたわけだが、 意識してそうしたら、これまでのも「罫線一行二段書き」とちゃんと認識することができた。 それで、そのちゃんとした認識に従って、これまでの常態に戻した、戻したつもりが、 本項や前項ということになるんでしょう。 → 次項辺りから、本当のこれまでの常態に戻っていくようだ。 ・・実験、お試しモードは(あらたまったステージは)終わりってところか。
: 「アミ戸の外に、ニャンコ。 メガネをわざっと、サッと、「ぴゃっ」と小さくいいつつとって、目にかければ、走り去る。 コトリヤロウたちの声をきいた?」 waka君の自室、四畳半の西側下にあるにじり口様の窓、ノラかよその家の猫がちらり覗いた、と。 わざっと、は洗練された擬態語ではないが、だからかえってリアルかも。 コトリヤロウたち、というのは、上の妹が屋内で飼っていた小鳥たちのよう。 漏れ聞こえた鳴き声に、猫が関心を示したのでは、と。
: 「日の光りの中の草花どもの生き生きとしたこと、 日のかくれているときの草花の、死んでしまうような元気のなさ。」 北西の四畳半からでて、家の中を徘徊しているかも。 南側の庭の草花の生き生きしている様子、輝きは、嘘ではない。 猫を追ってか、別室の小鳥の様子を心配してか。 6/9 日曜日の、たぶん昼さがり。
: 「■■リがびわつきだして、くえ、というが、いい、いい、という。 けど、くだものたべるべきだと思って、たべる。 ビワの皮やたねやしん、にわの花草のなかにおっぽりなげて。 それらは、花草の中にあるべきものと思う。けして、ごみとは思ってない、感じてない、びわの木はえろ。」 よいことばだ。 芽吹いたかどうかは知らない。今は駐車場。
: 「ふたえにみえないよ、遠くからみると、を、ふためとみられない、と、姉ききいたって。 (ぼくと■■リの言。■■リ発見。)」 二重は姉で、■■リは一重のはず。 ■■リと会話してるとき、■■リが発見して、おねえちゃんは二重に見えないね、遠くからみると、 と言ったんだけど、それが、姉の耳には、ふためと見られない、と聞こえてしまった、と。 ■■リは姉と十歳違い、まだ小学四年生ぐらい。
: 「きびしく制約された中で、自分の表わしたい物を最大限にあらわすのが、すきものの態度?」 むむう。 いわゆる数寄者、をいうか。 すぐ浮かぶのは、作庭だが。
: 「NHKの囲碁にでてくる女の子/娘さん、きれいだねえ。 囲碁うまくできるのと、美しいのと、よくかさなりあったなあ。」 さまざまなお膳立てで、きれいに見えるんだよね、きっと。 日曜、TVの将棋番組をつけたままにしておくと(余韻を味わっていると)囲碁番組が始まる。 囲碁講座のアシスタント女子、若いプロなのか院生なのか。 講座の最後に詰め碁問題の出題がある。このとき石の配置を読み上げてから、 「Iがないのでご注意ください」とつけたす(すこし恥じらっているように)。 アルファベットのIと数字の1がまぎらわしいので省かれているからなんだけど、 「愛がないのでご注意ください」と聞こえる。 waka君はこれを愛でていた。おそらく、他の視聴者の多くも、番組製作のスタッフたちも(^^)
: 「■■こ、「おい」という。」 上の妹。 恥じらいからは遠いのだ(笑)
: 「《 詰め将棋譜面 》 ▲2二飛△3一玉▲5三馬△2二玉▲3四桂|△1三玉▲3一馬|△3三玉▲4三馬 4四でない! これでいいのだろ。」 将棋講座での出題でしょう。 桂を打つための前準備が作意だろうけど、もうひとつ垢抜けないかんじ。
: 「宿敵同志がいて、両方が、すべて勝ってすすめば、その大会で必ずいつかぶつかる。」 トーナメントならば。
: 「 「考えているけどもいい智恵がうかばない。」CM 恵 ?」 二字目の恵には右上に点。 そのCMの文言自体には、気になるところはないような。 耳で聞いているから、字体が変ということもないはず。 耳で聞いて浮かんだ字体が点なしか点ありかおぼつかなくなったよ、といいたい項だろうか。 → 点ありの恵の前に、知恵ではなく智恵と書きうつした辺りが当初の関心だったのではという気もする。
: 「《 詰め将棋譜面 二つ目 》 ▲3二龍△7二玉▲2一龍△2三玉▲3三馬△同玉▲3二龍」 △7二玉は△1二玉の誤記。 これは美味い。盲点の発見、無駄ない詰め上がりがここちいい。 (出題が一日に二題ってことはないはず。民放のほうでもやってたかな?)
: 「テレビの詰将棋うつすのは、画面みてうつすより、よむのきいてうつす方がわかりやすい。」 なんて書いてるから、やはり、前項はTVでの出題のはずだが。
: 「1年の、最初に将棋の大会にいったとき、個人戦のつもりでいったら、団体戦だったなあ。 (連絡ゆきとどいてこなくて。)」 一年生、先輩に連れられて。 人数足らないながら参加したとかどうとか、もうすこし知りたいところ。
: 「夏 カミナリ 冬 カラッカゼ を夕方なりだしたかみなりで思いだす。 ・このページのはじめから、5項目の忘れたのは、上のかも。」 1列目にある「一つ、何か忘れる」だろうが、その辺りは詰将棋二つより前だから、せいぜい昼。 夕方鳴り出した雷がきっかけというなら、つじつまは合わないのでは。 (連夜の雷だったならば、まあまあ、ありか)
: 「わすれたのあ■ :エンピツ書 る? ・・・ 」 前項にうっすら残っているが(わざと消してないらしいが) 清書前のエンピツ書きの、■の字が難読で、それを模索吟味している。 下向き矢印のような、山のような、「る?」のような。 で、■に似た姿をたくさん(18個?)書いてその筆感で、元字を推測しようとしているふう。
: 「テレビに、アンテナにかみなりおちる?」 心配になるぐらい、雷鳴が間近になってきたか。
: 「冬を■」 ■は冬のつなげ字、waka君仕様。 ほとんど谷に見える。名にも見える。
: 「しかくいおせんべ(前々からあるノリでまいたやつ)をとったつもりで、 それを手にしばらくあるきまわり、しんぶんなんかさがしてから、ぽろりとおとし、みてみたら、 このごろあたらしくはいったまるいおせんべ。」 そのとき初めて目にした、というより、始めつまむときも見ていたのに見ていなかったんだろう。 もちろん、拾っておいしく囓って食べた。
: 「カミナリ、ゴロンゴロン落ちる夜も、テレビの画面、鮮明。」 ふーん。 わりと長時間、落ちまくっている様子。 雷雨ともなっていそう。
: 「2冊の本が、《 絵図 》 という形で本だなにはいってたら、 それを1冊の本をあけたまま入れたのだと思い、だれだ、こんな入れ方したのは、と思う。」 はやとちり。誰か犯人探しをする前に気づけたようで(笑話にできて)幸いなり。
: 「ときたま宿題やってて、「今日は宿題やってきた人少ないようですね。」といえば、単純によろこぶし、 自分がいいたい意見を友だちがいって、先生が、「そうか、そっちの方がいいか」というと、 うでくんでうなずくし、まったくぼくって、単純かつ、小人物。」 少年のように純で素直と言ってあげたいが、高三では少々なまっちろ過ぎるか。 しかしあれだよ、先生や大人に誉められる、認められる、というとき無意識に尻尾をふってしまうのは、 少年というよりもう動物並みの本能なのかも。 大人になっても、上司、先輩、異性に誉められれば、うれしがってしまう。まいあがってしまう。 たあいもなく。
: 「ことりのくうツブ、たたみにおちてたの、てでひろったのであやうくくうとこだった。 (くちにほうりこんで、そのかんじから、あれかな、と思いだしたら、そのとおり。」 さっき、おせんべ拾って食べたしな。 今回も口には入れちゃった(笑)
: 「《 詰め将棋譜面 三つ目 》 ▲7六角△5五玉▲4五飛△同玉▲5四角打△5五玉▲5六飛」 これでは詰まないがな。 先手が上側になっているしで、明らかに、waka君の自作図。 「どうも、5六飛と、打つ手あるよう。6/10」と、後日不備に気づいている。 三手目あたりを言ってるが、簡単に詰むし、持駒余るし、詰め筋もいくつかある。 自作で、かつ、まるで未完成。 詰め将棋なら、もうすこし意外な筋が織り込まれているべき。 玉の逃げ道が自軍の歩で制約されている図が浮かんで、テストしている、という感じだ。
: 「われら青春おもろないので、■■コと■■リとぼくで投書。」 兄妹三人の息が合うぐらい、出来が悪かったようだ。 Wikipedia、 〔 『われら青春!』(われらせいしゅん)は、中村雅俊主演の太陽学園ラグビー部を舞台とした青春学園ドラマ。 ・・・ 放送期間:1974年(昭和49年)4月7日 - 9月29日 放送時間:毎週日曜日20:00 - 20:55 放送回数:全22話 カラー作品 〕 ほんとに投書しちゃったのかな。 まあ、年賀ハガキのあまりとかを兄が提供し、小六の■■コあたりが文面を書いたのではなかろうか。 投書先の住所とかをどうやって調べたかは、いまひとつ謎だから、実際にはポストに入れるまではできなかったのかもしれないけど。
: 「グレートレース。 ピーターフォーク、わき役ででてる。」 Wikipedia、 〔 『グレートレース』(The Great Race)は、1965年に製作されたアメリカのドタバタコメディ映画。同年のアカデミー賞音響効果賞を受賞した。監督はブレイク・エドワーズ。 この映画は1908年に実際に行われたニューヨークからパリまでの自動車レース(1908 New York to Paris Race)をモチーフにして、おおよそ22,000マイル(約35,000キロ)のコースとその時期を実話に合わせて話を展開させている。映画史上最大のパイ投げ合戦シーンなど、サイレント映画の手法やギャグが多く使われている[1]。 主演はトニー・カーティス、ジャック・レモン、ナタリー・ウッドで、カーテイスとレモンは『お熱いのがお好き』で共演し、カーテイスとウッドは『求婚専科』で共演している。これに後に「刑事コロンボ」で刑事役を演じたピーター・フォークが悪役でコメディアンの片鱗を見せている。 〕 これがTVで放映されていたんでしょう。
: 「ひとさしゆびをシーッ、と、いうのは、日本だけのものでなく、外国にもある? 外国さき?」 「しっー、とやるのは外国と日本どっちが先? もと? おじぎは?」 TV映画「グレートレース」の中でシーッをやってたんだと思う。 ネットで調べると、口を閉じる+指をあてる、このジェスチャーはほとんどの国で理解されているそうだ。 シーッと声に出すのも、英語圏では同じらしい。 へ〜、だよね。
: 「ぼく、グレートレースの映画みてたのだよ。 お母さんぼくのこのノート、二のうでの下にして、机についたから、これは、と思ったので、 すこし注意してたけど、そのまま、テレビみてて、すぐ
当頁 2025/02/24(月) 〜