ブラックボール
老人が物語る。
『そら』では、いろんな奴らに遭うぜ。
まさかあんな暗い星にそんな重力があるとは、マシンもだまされたのよ。
システムは狂って、とんじまったと思いねえ。
もう墓場と決まったその星系を、それでも余生のたしになるものがねえかと探し回ったさ。
なんもねえ。枯れた惑星ばかりだった。
が、もっと行ったところで、いわゆる文明の痕跡みてえものを見つけた。生還できりゃあ、大発見というところだったが、ここもそれだけのことで、凍ったさびしい星だった。
相棒の頭切れるやつが言うんだ。
「こんな暗い星系で、どうして文明が育ったかわからない。いつから大気が失せたんだろう」
とりあえず、もっと内側には、あったけえところがあるかもと、俺らは飛び立った。
墓場はいいが、せめて子孫が残せねえかとな。子供らが生きていけるだけの大地がねえかとな。
まもなく、なんで太陽が暗いのかがわかった。
とてつもない量の破片が、この星系の太陽をおおっていたんだな、これが。
破片と思われたものに、ずんずん近づいていって、それが、ただの岩石ではないこともわかった。
樹木だったのだなあ、これが。
葉っぱを光の方にいっぱいに広げて、ある一定の距離をおいてこの恒星を取り囲んでいやがる。びっしり繁っていやがるのよ。
俺らはつまり、このボールの外側、そいつらの根っこの方に着地したわけだ。
なんか食えるものがねえかと、足元を掘ったところよ、出るわ出るわ、噴きだしてくるのよ。水がな。
純水ってわけでも無くてよ、なんか、美味しくて清らかなんだな、この水が。そいつらの体液というわけさな。
まあ、星ではないが、そんなようなもの、ここでもいいかと思って、街を作ることにした。土台をぶち込んだら、変なのが、ぷよぷよした四角いのがいっぱい出てきやがった。そいつらの細胞なんだなあ、これが。
しかも、しゃべりやがる。
俺らの言葉で。
ぶったまげちまった、はあ。
「おいでよ、おともだち」
「ここはたのしいくになんよ」
そんな、歌を歌うんだ。
千人近い乗組員がことごとく、ふらふらしちまってよ、みんな街の建設どころじゃぁねえ、われもわれもと井戸の中に飛び込んでいった、はあ。
俺?
ああ、俺もな。
なぜか死なねえんだ。海の中なのによ。
あったかくて光が満ちていて、きらきらした音楽に包まれていたっけ。
からだはどんどん溶けていって、俺らはどんどん、おんなじような四角い細胞に変わっていった。
変われば変わるほど、理解できて来るんだな。
ここが天国だって。
そいつらは、もう何千兆という細胞のかたまりなんだ。
で、そいつらは、いつもおしゃべりしてるんだ。キャラキャラキャラキャラ、ぐにもつかねえことだけど、楽しく歌ってやがるのよ。
いつもいつもなんやかや嘘話をつくってよ、毎日毎日、夢を見てるみてえもんだ。
俺は訊いたね。
「おい、おめえら、いつからこういうことやってんだ」
「もう、おおむかしから」
「いつまでやるつもりなんでえ」
「いつまでも」
俺もまあ、それなりに楽しませてもらったさ。
美人とか色っぽいとか、お前知ってるか。
あんなもんじゃねえ、天女だね。絵にもかけねえ、言葉にもできねえというなあまさにあのことだな。
輝いて、高まってよ、はじけて交じり合ってよ、何度も何度も昇天して、気が遠くなりながら、果てることがねえ。
波が打ち寄せては砕け散って、爽快きわまりなくて、脳味噌は星ぐらいに放散するんだぜ。しかも、終わりがねえんだ。
千年は遊んだかな。
え、なんで、戻ってきたかって?
決まってるじゃねえか、お前らみてえ、不幸せな奴らを救うためによ。
ここにも、種をまきに来たのさ。
※
その老人は、酔いがまわると何度でも同じ話をした。
常連は、いつになったら芽が出るんだとはやしたけれど、老人は「酒を飲み尽くしたらよ」などと、ぐすぐす笑った。
※
この老人はある日を境に、ふっつりと来なくなったそうだ。死んじまったのか、ほかへ飛んだのか、そういうことは分からない。この店で、酔漢たちの間を泳ぐようにウエイトレスをしていたのが、私の祖母だった。
ブラックボールは本当にあるらしい。今でも似た噂をする奴が流れてくる。
そこでは、品のない魂ははじき出されてしまうらしい。というか、飽き飽きして飛び出すともいう。
はじき出された奴らが集まって、品のないブラックボールを作っているという噂もある。そこは、別の意味で天国らしいのだが・・・
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