血統
昔々、星の王様、女好き。
法律を作って、婦人称賛会という競技を始めました。裸にした未婚未通の娘たちにいろいろなことをさせ、貴族の男たちが点数をつけます。上位入賞女性はたくさんの褒美、名誉、ときには姫にもなれました。
何百年、この競技はすたれません。
王様と一族は死刑になっていなくなり、独裁者、大統領、文化人、お坊様、主催者は変わっても皆の楽しいお祭りです。
母の母、そのまた父の母がぐらんどわーるどげーむで優勝と準優勝、母も入賞したという良血女の、アラアラヒカリは追い詰められていました。良血にもかかわらず、他の多くの異父姉妹とは違い、成績が思わしくありません。卵の取り違えがあったかなど無責任な新聞にかかれ、父は彼女の出産にかけた多額の借金が返せず、首くくり寸前でした。ぐらんどげーむなど夢の夢、目前のびい三級げーむに、利息分だけでも賞金を稼げるか、またも敗れてわーるど外に売りに出されるかを賭けていました。
わーるどの外は普通の世間なのですが、アラアラヒカリにはそこがどういうところか知識はありません。仲間からたまに聞くところでは、売り捨てられた不振女は世間で見世物になれればいい方、悪くすれば玩具扱い、もっと運がなければ食べられるそうです。
父が髪をなでて言いました。
「頼むよ、助けてくれよ」
双子の弟も彼女の身体を洗いながら言います。
「おねえちゃん、頑張れ。きっと勝てる。何も考えないで調教通り力出せばいいんだよ」
「わかってる。でも駄目だったときはごめんね。わたしも覚悟はできてるから」
たまに思うのです。男に生まれていたらな、なんて。もし弟の立場なら、勝った負けたの重い責任を負わされることもなかったでしょうし、たとえ栄耀栄華の光芒に立つことはなくとも、つましく生きていくことができたでしょう。毎日のお皿のご飯に自分の肉切れがのる夢、汗びっしょりで目が醒めることがあります。
当日昼下がり、観客の興奮した怒号に迎えられ、アラアラヒカリは入場しました。明るく跳びはねる行進曲、他の十七人とともに。
父が内臓を売って手にいれた新品の装飾が、白い肌の上で微風に揺れていました。
アラアラヒカリは首に札をかけて並んでいました。
教えられた通りしなを作り、檻の前を行く人たちに笑顔を振りまきます。笑顔はやや疲れぎみでした。彼女は最後の競技に負けました。
やっと買い手が現われました。貿易商人でした。
彼はまだ若い男で、宿に引いて行くと縄を解き、アラアラヒカリに服を着せました。父や弟とは違う意味でやさしい、どこかさわやかな男でした。アラアラヒカリの方が戸惑いました。
彼は言います。
「悲しい目をしているね。僕は君の前を四度も五度も通った。僕には贅沢な値段だったけど、どうしてもあきらめられなかったんだ。かわいそうに、何を言ってるかわからないの」
「ううん。わかるわ。私はどうなるの。食べたいの」
男は首を振って、帰ったら結婚式をするんだ、僕の親戚には素姓は絶対秘密にする、船の中でたくさんのことを教えてあげる、などと言いました。
アラアラヒカリには結婚という言葉は理解できても男の意味するところがどうもはっきりしませんでした。
彼女は二十歳になったとき、彼の正式の妻になり、彼を夫と誓いました。頭が良かったのでしょうか勘がいいのか商売のことまで深く理解するようになっていました。若奥様と呼ばれ、社交場では異国の「お嬢様」だったと噂されました。彼女の気品、輝く美しさが夫の何よりの自慢でした。
十年前までの、あの故郷でのことがまぼろしのように思われました。父や弟、仲間たち、航法の時差のためもうみんな死んでしまったでしょうが、ときたま懐かしく思い出されます。でも、きらびやかな、半面せわしない日々の暮らしや商売の駆け引きの中で、遠くへ、遠くへ、思い出は小さく、か弱くなるばかりでした。
身ごもり娘を生みました。年配になった夫は前にも増してやさしく温かくなっていました。たいていのわがまま無理を聞いてくれます。が、娘の名はランランヒカリにしたいと言うと、笑って手を振りました。
夫が年老い、彼女も若くはなくなって、商売は娘夫婦に継がせました。
夫が旅がしたいと言います。かけめぐった星々をもう一度歩いて、見て、満足して死にたいと笑います。同行の無理な娘夫婦、孫たちと別れの宴を設け、二人は船を乗り替えました。
旅の何番目かに、彼女がアラアラヒカリだった故郷の星に着きました。
この星ではすでにあれから何百年も経っていました。街も人も似ても似つかないようですし、とても民主的で清潔で、彼女にはあの国とは信じられませんでした。でも、山のたたずまいにはっと思い出すところがありましたし、風の匂いに気づいて涙がにじみました。
それに、あの競技会はまだ連綿と続いていたのです。
表向き、競技女の人権とかが言われるようになってはいましたが、少し調べただけで、実態は何も変わっていない、あの頃のまんまということが彼女にもわかりました。
夫はすぐ発つつもりでした。それは彼女を思いやってのことです。しかし、彼女が離れようとしません。自分がかつて売られた市場は史跡になっていましたが、同じものが裏通りとはいえ、公然と賑わっているのを見ました。
夫をうながし、とうとう競技場に行きました。変わらぬ歓声の中、少女たちが舞います。皆が金を賭けた投票券を握りしめ唾を飛ばしています。
彼女は呻き始めました。アラアラヒカリは母を知りません。顔はちらっと見たことがありますが、話しをしたことも、彼女が自身の娘にしたようなぬくもり、ふれあい、全く与えられたことはありません。
でもアラアラヒカリは泣きながら叫びました。すさまじい歓声で隣の夫にも聞こえなかったでしょうが。
おかあちゃん。おかあちゃん。
おかあちゃあん。
※ ※ ※
夫は猛反対しました。結婚以来初めて手を上げさえしました。が、彼女は自分の素姓を公表しました。故郷の世間は驚愕、騒擾、いっときの話題をさらいました。
彼女の国宝級の卵には、史上空前の値が付きました。
ここに居座るうちに夫は病死しました。和解はとうとうできませんでした。
でも彼女はまだ死ねません。すでに何人も生まれたアラアラヒカリの娘たちの誰かが、ぐらんどわーるどげーむで、彼女の尊い輝かしい血統を証明する、それをこの目で確かめるまでは。
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