表紙
 
 
 
 
 
 
 
愛の起源
 
 
 
 
 


黄金色の時




 起立!

 礼。

「や、おはよう。今日はいい天気だね。
 小春日和っていうんだろうな。
 では、始めよう。
 薬種関白。
 まあ、みんなよく知っているとは思うんだけど、史実としては、一部で信仰の対象となっている聖王、と言っていいのかどうか、難しいところなんだ。かなりきびしい統治をした。大きな戦争だけでも、半世紀おきに三回こなした。どれも勝利はしたが、犠牲者は多く、敗者への裁きも容赦なかった。数世紀にわたって悪魔扱いにしていた地方もある。
 それはそれとして、今日は重点的に、薬種関白の台頭という、初期のことを勉強しよう。
 飯島、読んでみろ」

「はい。
 薬種関白。
 前48年。地球の貧しい列島国に生まれる。勉学に励むも、製薬企業に就職するのがやっとだった。専門の研究員ではなく、その補助的作業をしていたが、ある研究員(氏名不詳。後年記録が抹消されたため)、の創意によるナノチップ製剤の特許を巧妙に剽窃。一躍学会で注目された」

「よし。彼は、そういうひどい奴だったんだ。でも当時は、こうして人を蹴落としてのしあがるのは、当然のことだった。劇場では、この親しい研究員を毒殺する場面が見せ場になったりするけど、殺したという記録まではない。以後、この研究員の生存の痕跡が無くなった、というだけなわけだ、学問的にいえば。
 次、江藤」

「はーい。
 先生、この囲んであるところはとばすの?」

「とばしてくれ。後で触れる」

「はい。
 この製薬企業を手中にした後、製剤の販売を大々的に推進した。さらに、『脱税』を重ねて彼の企業は財政的に肥え太っていった。貧しい列島国は、金銭的な圧力によってほどなく彼の下にひれ伏し、惑星規模の勢力へと繋がる基礎を固めた。
 しつもーん。『脱税』ってなんですか」

「まあ、お金儲けの一種と思えばいい。どんな手段をつかっても、お金をたくさん持っているものが勝ちだったんだ。ある規模になるまではね。彼はそういう仕組みについて、同時代の誰よりも理解していたし、それを実現するだけの力量、あるいは、運もあった」

「ふーん。今の世界を創った人だから、尊敬したいんだけど、教科書読んでるだけじゃ、わくわくしないなあ。美形じゃなきゃいやあ、あたし。なんで、本物の肖像が残ってないのかしら」

「それは、詳しくは、来学期に勉強する。簡単にいえば、思想統制ということだな。聖なる人格の演出、というような問題になるわけだが、ま、今はまだにしておこう」

「それじゃ、っと。
 一国の実権を握ると、軍事的な投資を最優先した。すでに周辺国を凌駕していた経済力に加え、当時としては最新鋭の兵器類によって、これらを執拗に威嚇した。前3年の役によって、覇王の称号を得たがこれは気に入らずに、『薬種関白』を自称するようになる。この際の、戴冠式典の年が、起源初年である」

「江藤はいい声してる。
 よし、そこまで。これからは、薬種関白を軸にした戦争の時代ということになる。大戦ごとに大陸をわがものにしていく、という流れだが、さて、当時の戦争遂行の際の基本理念はどうであったか。
 鴨志田」

「はい。
 ううんと、勝つこと」

「そりゃ当たり前だろうが。そのためには、どうするべきか」

「ええ〜と、わかりません」

「しっかり予習してこいよ。
 倉田」

「はい。
 作戦をちゃんと立てて、ルールを作って、それを裏切って、勝つこと。
 かな」

「惜しいけれど、的を射ていない。
 わかるひと」

 はい。
 はーい。

「うむ。松尾」

「弱い相手とだけ戦う」

「正解だ。えらいぞ。
 こうして、薬種関白は連戦連勝を重ねた。
 お、もう、こんな時間か。
 基本は基本だが、これにはあらゆる戦略的、戦術的バリエーション、および、政略と言うかけひきが織り込まれる。ここは、いくら研究してもしきれないところだ。次回さらに、掘り下げるから、ちゃんと下調べをしてくるように。
 では、囲み記事を読んでもらおうか。
 小林」

「はい。これですね。
 最初の製剤。
 『ナノチップ製剤』と名付けられたそれは、生物的疾病に絶大な効用を発揮した。当時の生物的寿命は、百年に満たなかったのだが、これを飛躍的に伸長させた。独占販売を強引に押し通した薬種関白は、巨万の富を得ることになる」

「次を、島本」

「ほーい。
 精子と卵子の誕生。
 生物的精子と生物的卵子は、恣意的な結合によって、種の多様性をうみだしていたが、弱点も多かった。『ナノチップ』技術によって、ようやく完成度が高く制御の容易な通常の精子と卵子が誕生した」

「しいてきって〜?」

「やあ〜、いやらしい」

「何がだよ、まりっぺ」

「自分だって赤くなってるくせにぃ」

「んっ。しずかに。
 そこらのことは、もう少ししたらちゃんと授業がある」

「この前、ありました〜」

「うん、そうだったか。だからだな、女子だけじゃなくてぇ、という意味だよ」

「へええ」

「なんのこと、それ」

「うっうん。しずかに。
 続きだ。
 こうして、我々の世界は、基礎が出来上がっていく」

「結合しないと生まれないのよ、わたしたち」

「うっうん。
 ただし、当時のものはまだまだ未熟だったんだ。初期の、金儲け主義、次に来る武闘思想の時代を通して、不断の改良が施されていく。聖一次大戦のころには、工場での大量生産が軌道に乗って、人的資源にはかなりの余裕がうまれた。ここらの、薬種関白の先見性には、正直うならされるな。
 次、瀬川」

「はい。
 教育革命の端緒。
 当時は、数十年をかけて、幼年期から青年期に及ぶ生物的人間を教育しなければならなかった。精子と卵子によって通常の人間の大量生産が可能となった後も、同様の手法によっていたため、有為な同胞の増殖には時間的な無駄が著しくあり、差し迫る危難に対処するには依然限界があった。薬種関白の厳命によって、最高水準の技術者が集められた」

「うむ。よし。
 君たちにはうまく理解できないだろうが、当時はこういう学校が外にあって、結合を済ませた人間たちがゆっくりゆっくり勉強をしていた。
 つまり、まだ役立たずな人間が、しかも無数に、貴重な空間を占めていたのだな。
 さらには、地球の公転周期、二十回分、そのぐらい膨大な時間、彼らはのうのうとものを食べたり、ごろごろしたりしていた。そうしないと大人になれなかったんだ」

「ええ、ばかみた〜い」

「信じられねえよう」

「そう、みんな馬鹿だったんだよ。
 地球の公転一回分、これの約四百分の一が外では『一日』ということになる。
 この『一日』のさらに約九万分の一が『一秒』ということになる。私たちの一学期が、ほぼこの『一秒』に等しい。
 昔の人は、のどかといえばのどかだったわけだ。まあ、かなりぼんやりしてるけど、優雅で贅沢きわまりない神様たちがたくさん生きていた。そんな風に考えるしかないんだ。
 起源前の時代というのは、感覚的には想像を絶するからな」

 から〜〜〜ああん
 ころ〜〜〜おおん

「時間か。
 よし。これまで」

 起立!

 礼。

 がやがや
 
 
 
 
 
 
 
 
 

絵 『愛の起源』 1998/01/30   物語 『黄金色の時』 1998/11/10
当頁 2009/08/10〜