スズメ
「使って下さいませんか」
ドアを開けると、手を合わされた。
額を、人差し指で突いて、顔をよく見回した。
「おれ、一人だから、たいして家事なんかないんだよな」
「お安くなってます。どうか、お願いいたします」
「ふん」
値切った。
雇うことにした。
「お風呂に入っていいですか」
「だめだ。風呂場が汚れる。そこで服を脱いで、雑巾で拭くんだ」
「はい。かしこまりました」
しばらく眺めていた。安物のくせに細部までよくできているように思えた。
夜。足首を持って引きずった。
「やめてください」
停止が醒めて、よくしゃべった。
「エッチは法で禁じられています」
・・・・・
「そういうことを強制的にされると、プログラムが壊れます。その場合、あなたの安全は保障できませんよ」
「バーカ。誰がお前みたいな油臭い機械」
「水素燃料です。潤滑油も臭わないはずです」
口ごたえされた。
蹴飛ばした。
台所の床に座っていた。はだけたおなかにチューブを繋げて、ボトルから燃料を移していた。
初めてだったので覗き込むと、黙って向きを変えた。
ある晩、友人たちが、酒を飲み、歓談して帰っていった。
「どうしてそんなみっともない化粧したんだ」
驚いたように立ち止まって、そして、唇を噛んだ。
「おれは綺麗にしとけっていったけど、清潔ならそれでいいんだよ」
「分からなかったから。ごめんなさい」
食器を持って、台所に下がった。しばらく出てこなかった。
ある日、役所から調査票が届いた。アンケートのようなものだった。
型番、その他は知らないので、「お前、書いておけよ」と渡した。
しばらくすると、「あとはわたしには書けません」と持ってきた。
次のような項目があった。
問 : お使いのスレーヴマシンの満足度は?
1. たいへん満足している。
2. まあまあ。
3. ときたま異常動作が見られる。整備がしたい。
4. 反抗的な態度が見られる。危険ではないか。
5. あきらかに故障している。すぐにでも廃棄したい。
少しのあいだ眺めていて、「4」に丸をつけた。
くすくす笑ってから、消して、「2」にしてあげた。
近所の奥さんたちが、熱心に話していた。
・・あの部屋のお兄さん、あれを抱いてるようよ。
・・あれって、あれ? え、でも、できないはずでしょ。
・・若いから、改造とかしたんじゃないかしら。
・・いやだ。変態ね。あたしも、怪しい気はしたのよ。
・・そうよね。変におしゃれしてるもの、あの機械・・
咳をした。二人は真っ白な顔でこちらを見た。
「そんなことはありません」
・・あら、ちがうわ。
・・あなたのことじゃありませんよ。
そんな風にさえずった。
「場合によっては、名誉毀損ということもあるのではありませんか」
・・ちがうっていってるのに、この人は。
・・行きましょ。かんちがいよ。
「おい、スズメ」
「ちゅん、ちゅん。 ・・はい、旦那様」
包みを渡した。
不思議そうな様子をしていた。
開けさせた。
「これ、いいんですか」
薄ピンクのエプロンだった。
「生まれた日だろ。今日」
「あ、そうか。製造年月日が、そうか、・・」
お辞儀をして、うつむいたまま、それをいじっていた。
「来月から、純度高い燃料、つかっていいぞ」
夜。布団に入ってきた。
「・・綺麗にしてありますから」
「壊れちゃうんじゃなかったのか」
「生まれたときから、壊れてます」
「そうか・・」
すこしだけ、すっぱいような匂いが、した。
「わたし、本当は、あなたよりずっと年上なの」
「じゃあ、革命前からの生き残りなの・・」
「うん」
朝。警察が来た。
見つけしだい脳殺する。そう言っていた。
後ろに、遮磁甲殻の兵士が一体、控えていた。
板張りの床がひどく軋んで、そいつの踏んだところがへこんでしまった。
空っぽの燃料タンクを、証拠品だと押収していった。
※
風が舞っていた。
ももいろの布きれが、振られていた。
「おじさん。のせてってよ」
「どこまで行く」
「お花畑のみえるとこ」
「ふん。ずいぶん晴れやかな顔してるな」
「いっぱい、泣いたから」
「へへ。お前たちのは、どうせウソ泣きなんだろ」
「そうよ。でも、泣けたから」
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