表紙

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


社の守り






 若い頃、彼は、宝くじに凝っていた。
 末等百円ぐらいの当たりを「的中した」と大げさにいって、友人たちを笑わせ、毎回なので内心あきれさせていた。

 彼は結婚したが、痩せて、いつもは眼に力のない人だった。堅い会社の勤め人で、その頃は易が趣味だった。町のお祭りがあると、勇ましい御輿かつぎや華やかなお囃子や、そういうことに関わり合わずに興奮していた。社務所で、じいさまたちと茶を飲みながら、たいていの人には訳のわからない卦のこと、天の気だの地の声だので盛り上がっていた。
 娘を「あめな」と名づけた。本当は「天命」と書いてそう読ませたかったようだ。彼の母親が、女の子にそれは酷いと意見して、平仮名になった。
 あめながまだ小学生のころ、神職に後継ぎがいなくて、あめなの父親が名乗り出た。節分や夏祭りや地鎮祭や、そういうときだけ神主さんになればよく、前任の人は町役場に勤めながらそうしていた。ところが父親は、うけたまわるからには、などと言って、東京の会社を休職し、のちに辞め、かわりに神主になる大学に通い出して、一年で正式の資格を得た。
 あめなの母親はこの神社のゆかりの人で、正面から非難できなかったらしい。父親は、社(やしろ)に出勤し、たいして参拝客もないのに、崩れそうな社務所を根城に御札や御神籤を売ったり、易者のまねごとを始めてしまった。
 あめなが高校進学ということになって、三者面談があった。
 将来はどういうことがしたいかという質問に、あめなは普段よりもいっそう頬を赤くして、うつむいたり、手の甲で口の辺りをこすったりしているだけだった。母親は、「普通の娘になってくれれば。いい奥さんになってくれれば」とばかり言った。
 あめなは知っていた。父親は娘を東京の大学に行かせたがっている。つまり、父が先年資格を取った大学のことだ。ここには附属の高校があり、そこから始めたっていいのだ。
 女神主なんて珍しくないぞ、と、酔った晩よく言う。
 結局はそういうことにならなくて、先生の強い勧めで、公立高校を受けて合格した。それは県下一二の進学校で、電車で二駅通う。

 その高校も二年目の終わる節分、鬼の神楽や豆蒔きの年男やらの、皆でなおらいの席、あめなは手伝いに出ていた。酒の席では付きもののいい嫁さんになるぞなどというからかいに混じって、こう言われた。
「しっかりした娘さんになったもんだ。親父さんを継ぐんだろう。心配ないさ、まだずっと将来のことだしね。普通に結婚しても、まあ、たまに榊振ってくれりゃあいいんだし」
「いや、いや、その婿さんが神主やってくれりゃあ、こりゃ好都合だわなあ」
「そう都合よくは行かないわな、ね、あめなちゃん」
 愛想笑いのさなか、ふと父親を見やると、こちらを見てうなずいているふうだった。
 半年後。夏休み。夏祭りも終わりそろそろ新学期という暑い午後、あめなは電車に乗って、行方をくらました。帰って来なかった。

 世の中を見てきます。
 という意味あいの短い書き置きに、一首を添え。

わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと 人には告げよ海人の釣り舟   参議篁



 二十数年経った。
 土地の高騰があり、東京の近県まで開発の波が打ち寄せた結果、町も変わった。丘がいくつも削られて、団地になり、ついに超高級欧風邸宅街というのが田んぼの中に出来までしたが、直後、今度は暴落があった。
 町の人はお伽の国と、その廃墟を呼んだ。
 それを眼下に臨む小山の鎮守の森の中、神社は案外な繁盛だった。あめなの父は虫食いだらけの古文書や錆びた刀剣を見つけだして、展示し、自らも白鬚をたくわえた。結婚式場を経営して、それとの連携が好調子だった。
 昔を知らない人が見たら、と言うか、そういうよそ者が大いに増えていたから、有難がられているらしい。古老たちは悪いことではないしと、口を噤んだまま次々亡くなっていった。
 あめなが亭主と一緒に帰ってきたのは、やはり夏の暑い午後だった。
 数年前から母親には連絡があり、父親も察すると、口ではどう言おうと、恋い焦がれるよう娘の帰還を待っていた。
 父は境内をほうきで掃いていた。
 日よけ帽子をかぶった女性がそばに来て、頭を下げ、ごめんねと言った。父はちらっと見ると、お母さんが待ってるぞ、とだけ漏らした。歳には勝てず、まもなく嗚咽し始めた。
 肩にあめなの手のひらを感じたが、違う手ものった。変な声で一緒に泣いてるのが、婿だった。すこし白けてしまった。
 第一印象は良くなかった。でも、このあめなよりいくつか下という婿は、渋みのある割と男前で、からだつき頼もしく、勘もいい男だった。
 婿は西のほうの産で、勤めを辞めてきたという。
 あめなには二人の男の子がいた。まだ中学と高校なのだが、
「因果は巡るかしらね。家に寄りつかないのよ。間違いのないところに預けては来たけど、早いうちに呼び寄せるから」
 ということらしい。
 まもなく始まった夏祭りに、あめなの亭主を手伝わせてみたところ、これが掘り出し物だった。なにより、腰の低さが尋常ではない。言葉遣いも、抑揚に多少耳慣れないところはあるが、聞く人をなごませる落ち着いたものだった。
 あめなの父は、もう思い残すことはない。婿にあの大学に行かせるのだ、と決めた。

 祭りの最後の晩、なおらいの席で、父母や氏子連中を前にして、あめなが言った。
「見てほしいものがあるの」
 そして亭主を呼んで、上半身、諸肌を脱がせた。
 何が始まるかと一同は赤ら顔を見合わせたが、この婿の裸の胸、背を見て息をのんだ。
 幾筋かの傷痕、裏には彫り物があった。
「これでもいい?」
 あめなが言う。

 彫りの絵柄は、那須の与一、日輪の扇を射ぬく。

 父親は食い入るように見ていたが、一瞬めまいを感じたが、
「かまわん」
 と、大声で答えた。
 氏子達は、ならばと、かわるがわる婿に酒を注いだ。





 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

物語 『社の守り』

初稿 平成5年1月4日 1993年 / 二稿 12/17(金) (平成11年) 1999年 / 三稿 2013年12月30日

当頁 2017/07/08 (土) 〜