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  茶髪の娘
 
 
 
 


Yesterday




 イブの日、みんなが行くというので付き合った。
 有馬記念を買いに、後楽園の場外馬券売場へ。
 初めて、そういうことをしたけど、外れた。
 人混みの中、聞こえた。あの人の、口笛が。


「あんたも外れたの」
 石段に腰を下ろして、口をすぼめ、かすれた曲を奏でていた。
「これからパーティーするんだよ。来ない?」
「外れてばかりだけど、でかいやつ、今度こそ当てるさ」


 達也は、歌をうたいに東京に来た。
 でも、印刷会社でバイトしている。
 一年の半分、「カレンダーの丁合」ってのをしてるんだって。
 地獄のような仕事だって、いつも言った。


 彼の肩や背中をもむんだ。
 肩甲骨の下のくぼみなんか、お肉の隙間を押す。
「ああ、きもちいい」
 それで静かにお酒を飲みながら、いつもの、口笛。


 怖いって、そう言った。
「どうして。職人さんじゃない。立派よ」
「このまま、あんな隅っこで埋もれて行くんだぜ。俺の一生」
「歌が、あきらめられないの」


 わたしは言った。
 怖くなんかない。
 子供育てようよ、二人で。
 子供の誰かが夢をつかんでくれる、かもよ。


 必ず、戻る。プロになる。
 付き人になるって、あの人は行っちゃった。
 日本中、まわるんだって。
 電話は欠かさないから、なんて、ウソばかり。



   ※   ※   ※



 口笛。
 鉄階段の靴音。
 乱暴に叩く、ドア。
「たっちゃんだ」


 ちがった。
 お母さんからの宅配便。
 いつまでも親を心配させて、とかまた愚痴の手紙も。
 外れてばかりいるけど、今度こそ当たるよ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

絵 『茶髪の娘』 2002/12/09   物語 『Yesterday』 1999/11/15
当頁 2009/08/03〜