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1974/07

 
















1974/07/01 モアッと、
 














1974/07/02 二本ゆびでなおす。
 








































1974/07/03 本だなのすみのすみに
 


























1974/07/06 一滴だとは思うが、
 













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『1974/07/01 モアッと、』 A、B 2026/02/02(月) 〜
『1974/07/02 二本ゆびでなおす。』 2026/02/09(月) 〜
『1974/07/03 本だなのすみのすみに』 2026/02/16(月) 〜
2026/02/23(月) 〜
2026/03/02(月) 〜
2026/03/09(月) 〜
2026/03/16(月) 〜
2026/03/23(月) 〜
G、H 2026/03/30(月) 〜
2026/04/06(月) 〜
2026/04/13(月) 〜
2026/04/20(月) 〜
2026/04/27(月) 〜
M、N 2026/05/04(月) 〜
『1974/07/06 一滴だとは思うが、』 A、B 2026/05/11(月) 〜
D、E

※ 『1974/07/01 モアッと、』
: 「7/2 政→日本史  7/4 日→政」  頁右辺のエンピツ書きメモ。  これは、授業の交換だろう。
: 「7/2.げっしゃ」  たぶん授業料の支払い。
: 「夏安みの学割は 7/17 まで」  夏休み。学割(交通費?)用の在校証明書のようなものの申請、発行は、という意味か。
: 「通知表だす!!」  高校の「通知表 学習成績の記録」が残っているが、(第一学年、第二学年、第三学年の)全学年並記。 各学年の、(第1学期、第2学期、学年評価の)学期末ごとに生徒たちに通知されるけど、しばらくしてまた教師側に戻さねばならなかったよう。
: 「エストラリータ」  エストレリータなら、情報はある。  Wikipedia、 〔 マヌエル・マリア・ポンセ・クエラル( ・・・ 1882年12月8日 - 1948年4月24日)は、メキシコの作曲家・音楽教師、ピアニスト。後期ロマン派音楽の作曲様式から新古典主義に転じた。  ・・・ ポンセは今日、ヤッシャ・ハイフェッツの編曲でヴァイオリン小品として有名になった歌曲『小さな星(エストレリータ)』(Estrellita)の作者として有名である(詞も彼自身による)。 〕
: 「吸い、を吹い」  と書いたよ。
: 「かとき → うつるとき、というかんじ、のみならず、たいへんなとき、というかんじある。」  過渡期。 辞書には〔 ・・・ また、物事が確立されず、動揺している時期。 〕精選版日本国語大辞典 (C) SHOGAKUKAN Inc.2006 ともある。
: 「教科書の中の、「HaCK」の字が、そうじゃないんだけど、筆 ふで で細くかかれたものにみえた。  ← Reader P54 下から4行目」  字体が別物だったか。単純な錯視か。  hackは、ハッカーのハック。断ち切るとかの意も。
: 「平行線を、何本も、ひき、一つごとにぬっていくとき、 ぬられた所とぬられぬ所を、同じ数にするには、線と線の間を偶数にするのだ、 というのに即気づく人、いるかしら。  ましてや、ぬられた所とぬられぬ所を同数にするには、線を奇数本ひけばいいのだ、と即気づく人は?」  waka君は即気づけなかった、と。  結果的に縞模様が描き上がるようだが、なんのために? 思いつかない。  (たとえば、なにかの標識やどこかの国旗を目にして、その描き方を想像して、とか?)  → それに実際に作画してみると、言ってることは合ってはいるが、すっきり単純でもないなあ。線が一本あまる。  白い四角い紙に平行線を何本か引く、ということなら、よいぐあい(整合するよう)だ。
: 「今日、ホームルームの前あたり、 長■さんが、原稿いつごろおくるか、どうやってとかについて、 ついでにか(クラスの女の子にもようがあったのか)ききにきたけど、すごい髪型にしてた。  《 概略絵図 》 モアッと、ふくれあがったのに型つけたような。」  すごそう(笑)  長■嬢は隣のクラス(同じ文系のB組)だったかな。  文学クラブ員。秋の文化祭で発行予定の文芸誌の件ということになる。
: 「 「のりが、何だあれ!?」  と、話てからいったので、  「いいんだよ、ぼくは諦念にたっしてるんだからという。」  ← ていをいとへん/のり → ごんべん」  動じることの少ないノリミツもびっくり。  諦念の諦を糸偏とノリが言ったかしたのかな。 あるいは、waka君が諦念と言ったので、それどんな字と話題になって、書いて見せあったりしたか。  「のりが」や「という」は、会話括弧の外にあるべき。
: 「運働 動 )? ワカラナクナル」  この項だけ、横書きになってる。仮メモなので清書は縦のつもりだったか。  運動が正しい。  労働運働などと書きたくなるが、これも労働運動。 (waka君は運働会などと以前書いていたかも)
: 「熱い日、うきぶくろに体を入れて、 まわりにあまり人のいないぐらいの海の上にじっとうかんでいたら、気持ちいいだろうなあ。  太陽の熱線と、海の深み。  ときどきもぐりたいけど、うきぶくろ、どこかにいかぬようにわりと長いひもで体とゆわえとく。 水中メガネつけて、下の方、みにいくのだ。  ← こういうはいり方なら、海行ってもいい。」  後年、この理想近くを実現できた。職場の皆といった真夏の海。  沖ではなく、磯の岩の間の深間にもぐって。  (蟹や貝やうに、ゆらめく藻、あでやかな魚たち、竜宮城にもゆけそうな景色だった)
: 「行っても 入っても」  いってもつながり。  入ってもははいってもともよめて、前項おわりの重なり具合がくすぐったい。
: 「しょうへいこう」  唐突だが、
昌平黌 だろう。江戸幕府の学問所。  (しかしすごい漢字。しかもデジタル文字にある)
: 「今日は●君と帰りくる。中学の先生の話など話す。」  あたりさわりなく?
: 「中学、悪童、といえばやはり、ササ■とカッペ。」  これはここでノートを書きつつ連想したよう。  → ササ■は大学の先生になった。最近、年賀はがきが来たりしてる。 あの悪ガキがどういう顔で教導してるんだと不思議。 (いたずらで毒ガスを発生させて生物の若い先生に殴られたりした奴が)  カッペはラジオの業界にもぐりこんだまでは本人に聞いたが、その後は知らず。 (銀行員の息子で濃いめの顔のエロガキで、二十前頃よくいっしょに麻雀をした。ロック好き。女遊びの自慢をしてた)
: 「しかし、中学の臨海実習で海はいったときはきれいだった。 しかし、ちょっと、あさいわりには、装備がハデすぎた?」  おお、おお。  すでにそれらしきは経験済みだったか。
: 「今日は、メガネしたまま、帰りきた。」  二年生の頭に眼鏡を購入しているので、すでに一年以上かけているはず。 それでもまだ、外している時間帯が多そうな記述。  (顔の一部になってしまったのは高卒後かな)
: 「カレーうどんの二人の女の子、ほんとに、そこにでてくるお母さんの娘?」  TVCMだろう。ならば、演技上の親子の可能性、絶大。  (あまりに顔が似てた、母と娘たちに見えた、じょうずにだまされた)  (うそのはずがほんともまれにあるけれど)
: 「総立ち : 皆の何 ナニ が総立ち になるようなー」  ナにわざわざアクセントのルビがあるので、これは勃起のことを言ってるなあ。  壮観な景色だ、総立ち(^^;
: 「キシュウテツドウのCM ちゃんと、チブサだすなら、全裸にすりゃいいじゃん。  → コウベセイコウかと思ってきいてたら、キシュウテツドウ.」  TVCMで、ちゃんと乳房出したりできたんだろうか?  乳頭はみえないような見せ方? 温泉場面とかかな。  (きわどいとか思い切りがわるいとかで、未成年がいらついてる図。笑)
: 「多事多端」  辞書を見た。  ちゃんとある四字熟語で、かつ、字もまちがってないのか。
: 「かって知ったる自分のうち。」  勝手なのだが、勝手口まで知っている、という意味にとっていた時期がある。 子供の頃。または、それ以降もときどき。
: 「太■君の学校の先生で、へんなのいて、(ゴウカイなの?) 海水パンツかいにいって、かってきたが、安い、安い、安かったといってはいたのだが、それサポータ。 すけすけでまるで見えたんだって。それなのに、わがものがおにおよいだんだって。」  太■君は将棋同好会の一年後輩(当然同じ高校)なので、太■君の学校というからには、出身中学校のことだろう。  よくいえば豪快だが、あんまり思い浮かべたくない絵面。
: 「えんどうしゅうさく、俗な気がしてきらい。」  遠藤周作がコーヒーのCMに出てたのはこの頃か。「違いがわかる男のゴールドブレンド」  この文句、気持悪かった。  何人かの「違いがわかる男」が登場したが、遠藤周作がこのフレーズと一番相性わるかったと思う。
: 「■■こと、■■りと■■りの友だちの3人で、今、お母さんの前の縁側で、 牛乳のフタのひっくりかえしごっこやってる。」  牛乳びんのフタは兄も集めたが、どうやって遊んだかはまったく忘れていた。  ひっくり返しごっこ? メンコみたいに打ちつけた風圧でひっくり返すのではなく、 何かはじっこを爪でこすってテコのようにうら返すものだったような。おぼろに浮かんでくるのは。  妹たち、女の子たちがこれで遊んでいるというのも、記憶になかった。
: 「バッキーっていうピッチャー、返神にいたの?」  Wikipedia、〔 ジーン・マーティン・バッキー(Gene Martin Bacque, 1937年8月12日 - 2019年9月14日)は、アメリカ合衆国出身のプロ野球選手(投手)。 海外出身選手として初めて沢村栄治賞を受賞した。  ・・・ 〕  本文の五年ぐらい前まで現役だったもよう。
: 「こりゃあ、たのしか。」  おそらく聞き書き。前後の項とは無関係な。  関西風だから、TVかラジオが濃厚。
: 「2年のとき、終業式の時にか、エ■■先輩来たとき、 先輩まず、でてきた坂■先生に、何かきいて、先生に、わりと冷たく、何か言われて中はいってきた。 きっと、先生にぼくの名、きいたのだろうけど、 なんでまた先生に冷たくあつかわれるような位置にいたのだろう。  それになんで、田■先生、3年で連絡する人などいない、とぼくに教えたのだろう。  田■先生の所に8月のおわり頃、電話したけど、■関君は書いたのかい、とか言ってた。 先生は■関君、気にいってたの?」  いろいろ、事情が隠れている。記憶を呼び起こしつつ整理してみる。  文学クラブ関係の項。  国語科の田■先生はクラブの顧問で、waka君一年生の時の担任でもある。  waka君は一年生か遅くとも二年生のはじめに文学クラブに入部したのだが、 先輩が誰か知らなかったので、田■先生に届け出た。 このとき、連絡すべき先輩はいない、という説明だった。  じゃあしょうがないなあ、という感じで、放置状態だったのだけど、 二年生の夏休み前、上の通りなら一学期の終業式のあたり、エ■■先輩が尋ねてきた。 (エ■■先輩は、このあとの■関先輩も、waka君が一年生の秋に発行された文芸誌にクラブ員として名前が載っている)  エ■■先輩との面識はなかったから、当然ながら、田■先生にいわれたか、田■先生にたずねたかして、 waka君という新入部員の存在を知って、やってきたことになる。  国語科の坂■先生はwaka君が二年生の時の担任でもある。 ちょうど授業おわりまたはホームルールおわりの先生がでてきたので、新入部員の名を言って誰かを訊いた、という流れになる。  エ■■先輩は、いわゆる問題児だったのかなあ・・  単にその場は、冷たくあつかわれたようにみえただけ、なのか。  waka君の一年先輩の頃までは、学園紛争の余波が残っていて、 文学クラブもそれに染まっていたりして、先生たちは警戒していたとか?  ■関先輩は、逆に、田■先生の推しだったとか? (笑)  とにもかくにも、そのあとの二年生の夏休み(本項の前年の夏休み)、 エ■■先輩の集めた先輩たちの原稿群にwaka君の原稿を足したもので、秋の文芸誌製作が進行した。 段取やら編集やら印刷所やらのエ■■先輩の指導を受け、引き継ぎもされて、実作業あらかたはwaka君が担う形で。  (政治的なにおいはほぼない、純粋な文芸作品集。  先輩たちの文章はかっこよくて高校生離れしていた。waka君のは観念的でおもしろくなく中学生なみか。「display 八月九日の通話」にあるとおり)
: 「しかし、ぼく一人で、本、つくれるのかねえ!?!」  製作経験者で学校にのこっているのはもう自分だけ。  経験と言ってもエ■■先輩がいたからできただけ。  田■先生はたよりにならず。(出したいなら出しなさい、という放任)
: 「ノリちゃん、日本史、100点か、もしくは0点とって、テスト用紙のうらに、 問題のくだらないこと、日本史の無意味なこと、めんめんとかきつらねようか、などといってた。  → (この漢しらべ)」  綿々と。  実際にはやっていないと思う。それほどきらいだ、いやだ、と言いたいらしい。  ギリシャ哲学、地中海やローマ帝国の躍動感、または相互連関する体系のようなのが好みだったのかな。  日本史、waka君、授業はそこまでつまらなくはなかったと思う。 四月始まりなら、まだ平安鎌倉ぐらいか。  文化史になると眠くなったり、戦記物になると顔が上がったり。  そうか。 歴史関係は、指されて問題を解くなどはなく、先生の説明をえんえんと聞いているような授業が多かった。 あれが、ノリミツのような利発な生徒には苦行だった、リズムが合わなかったのかもしれない。
: 「チエノワアソビの輪、カラカラとおちることもありゃ、おちないこともある。なぜ?」  おちる、というのがもう一つはっきりしないが。 すっきりカラリと解けることをいうのか、実際に、解けたあと金具の一部が落下することをいうのか。  前者なら解けたり解けなかったりするということで、成功と失敗があるのは当然と言えば当然。  後者なら、解け方が二種類あるってことになるのか・・  何種類も遊んだ記憶はない。一番シンプルな二つの輪の絡みぐらいだったと思う。  → まったくの初心者なので、  ○ すっきり外れたとき勢い余って片方を落下させた。  ○ ごちゃごちゃ苦心してようやくカチンと解けたが輪はつながったままだった(実は解けていない)。  これらをいっているだけとか。
: 「テレビのカイドウケン、と、■■高のハマ■、ちょっと感じが似てる。同じ化学だし。  しかし、あのドラマ、うすっぺらまるだし。(30分だもんね。) 女の子はかわいくていいけど、どうも先生と生徒、年が近づきすぎててちょっとしっくりこない。  生徒はもっと、子供っぽいよ。」  テレビの学園ドラマか。それで、化学の先生役がカイドウケン?  現実のハマ■先生(waka君の姉きの知り合いの若い先生のはず)も化学ってことか。  → 調べたら、それらしきドラマがヒット!  Wikipedia、〔 『若い!先生』(わかいせんせい)は、1974年5月13日から11月4日、月曜日19:30 - 20:00、TBS系列の『ブラザー劇場』枠で放送されたテレビドラマである。全25回。 東京都内の高校に赴任してきた新人教師の海堂健太(篠田三郎)を中心に、その恋人(水沢アキ)、健太の姉夫婦(小林千登勢、小坂一也)、先輩の先生たち(名古屋章、岡本信人ほか)の助言を得ながら、生徒たち(坂口良子ほか)との交流により先生として成長していく姿を描く学園ドラマ。  ・・・  海堂健太(光ヶ丘高校2年C組担任):篠田三郎(全話) 〕  これだな。しかし、なんとかみつかるもんだ。  〔 中野絵美(2年C組生徒):坂口良子(第1話〜第17話・第20話〜第22話)  松本志郎(2年C組生徒):川代家継(第2話・第5話・第7話・第9話・第12話・第17話・第25話)  山本(光ヶ丘高校生徒):松坂雅治(第1・2・5・6・15・17・18話) 〕  この辺りが高校二年生(16〜17才)の生徒役だが、坂口良子は実年齢19才。松坂雅治は25才。 たしかに、25才は老けすぎだろう。  さすが現役高校生の眼。ごまかせないわ。
: 「ノリちゃんとイト■■は、よく哲学書を読んでるよう。」  waka君はフロイトの夢判断とかを読んだ。冒頭二十頁ぐらいで閉じた、それっきりだ(笑)
: 「ノリちゃん、カラテの初段もってんだって。」  締まった体つきで、運動神経も上。学業も上の上。女子にもモテる。こんちくしょうだよ。  ・・  waka君は小学六年生まで、父親に剣法をならい、免許皆伝。 (木刀を使う。棒術も。一般の竹刀と防具の剣道とは別物。どうやら父親が個人で編みだし研鑽したもののよう)
: 「ノリちゃんのうち、かしやも多くあるので、それでくってもいけるんだって。 ノリちゃんち、おチャヤだろ、でも、なんか、スケール大きいよう。  お兄さんも、お父さんも■■校出みたい。」  男家族はみな同じ高校、と。  商家なんだけど、表通りに面した店構えはふつうなんだけど、 ビルには賃貸している部屋も多くあって、しっかりした資産のある家で、ということだろう。
: 「部長という地位につくことによって、どちらにも(どっちにも)かたよっちゃいけないからと、 自分の個性を隠す人。」  いきなりテーマがとんでる。  おそらく、TVドラマを視聴しつつ、メモしたくなったこと。  (いや、会社の部長ならばだけど。高校のクラブの部長ならむしろ身近か)
: 「テストまで、あと一週間強。 ヤラネバ!   テストさえおわれば、あとは、文芸クラブ誌のことしか残っていない。  文芸クラブ誌だって、作品のためならという心持ちになれれば、こわくなか。」  この夏はこれだ。  高校三年生であるクラスメートたちの大半は、 半年後の冬の大学受験という大きな影におののき始めていると思うのだが、 waka君の心配事からは、もうほとんど抜けているもよう。  (語尾が、すこし前にある「こりゃあ、たのしか。」と通じてる。染まってる。 ・・もしかしたら、海堂健太のセリフに? 裏付け情報は全くないが)

※ 『1974/07/02 二本ゆびでなおす。』
: 「今日は前も(ノリ)となりも(よし■さん)休みか、と思ってたら、両方とも来てた。 1時間目、2時間目はみかけなかったのに。  (ノリは1時間目かくじつにいなかったし、よし■さんは2時間目確実にいなかった。」  ノリミツは遅刻とか欠席、日常茶飯だった。 勉強したいかどうか、その授業が有用かどうか、こっちが学校を使ってるんだから、自分本意でよしという感覚。  waka君はいやでもなんでも出席しなければならない、罰せられても仕方ない、という小学校以来の感覚。  それはそれとして(それぞれの個性はあったが)、高校三年生、夏から秋、冬と、受験に比重がうつるにつれて、ノリミツ流が増えていった。 しまいには、誰かがいなくても級友は横目で見るだけだし、先生も何も言わなくなった、と覚えている。
: 「人間どもあつまれの、  オオトモクロヌシって、  日本史にでてくる名?  オオトモクロヌシだっけ?」  Wikipedia、[ 『人間ども集まれ!』(にんげんどもあつまれ)は、手塚治虫の長編SF漫画。 『週刊漫画サンデー』(実業之日本社)1967年(昭和42年)1月25日号から1968年(昭和43年)7月24日号まで連載されたのち、大幅な修正を経て、1968年12月に実業之日本社から初めて単行本化された。  ・・・ 19XX年。東南アジアの独裁国パイパニアの戦争に義勇兵の名目で派遣された自衛隊員[注釈 2]の天下太平は、その状況に嫌気がさして脱走し、同じく脱走中の日本人軍医・大伴黒主と知り合う。 ・・・  ]  Wikipedia、[ 大友 黒主 / 大伴 黒主(おおとも の くろぬし、生没年不詳)は、平安時代の歌人・官人。姓は村主。六歌仙の一人。官位は従八位上[注釈 1]・滋賀郡大領。 ]  ふむふむ。waka君の記憶、わりとたしかだ。  というか、高三でもうこれを読んでたんだ、へー。
: 「きのう、お母さんお金、といって7月1日とはお金の日じゃないか、とか言ったら、  おついたちはおまいりする日だよ、といって、即、お金は、ださない。  で、この前大はらいにでなかった、つまり、おまいりしなかったから、 おこづかいなんかもらうけんりない(ほうししてないから)という意味かとも思った。 で、だししぶり、ほんとにくれないのを、きんちょうし、かくごしたんだが、結局は、くれたよ。」  一瞬は、緊迫したか。  金にまつわる、根本的なあたりをあからさまにしそうになったんだ、母と息子で。  親にしてみたら甘やかしてきたツケ。  子にしてみたらうるさくなってきた。
: 「九 → 九 X X」  九が形態変化して、というか、ほとんどくずれなくてもXの筆記体か。
: 「■■ナベ先生 メガネ  二本ゆびでなおす。  《 イラスト 》 」  古文の先生。  「display 1973/05/14 ぼくはこうやってメガネをなおす。」 とほぼ同じ構図。指がちょっとちがうけど。(手の左右もちがうのか。ではなくて対面と鏡のちがいなのか。定かでは無い)
: 「おとといの党首えんぜつのときの映像なんかでも気づいたが日本人って、 めがねかけてる人ひどく多いね。」  言えてる。とくに男性に多い。  欧米人、東洋人、少なくとも来日している外国人にメガネはほぼいない気がする。  ← 思い込みが認識をゆがめているのかな。うーん、どうなのか。
: 「ね → ね → め め → め」  筆末のくるりがわりと大事なんだ。
: 「アキラ、今日、しなとら、みにいくとよ。  ← 登校のとき、よ、「ワカ」とうしろからおいついてくる。」  Wikipedia、[ フランシス・アルバート・"フランク"・シナトラ(英語: Francis Albert "Frank" Sinatra、1915年12月12日 - 1998年5月14日)は、アメリカ合衆国のエンターテイナー・ポピュラー歌手・ジャズ歌手・俳優。通称「ザ・ヴォイス」。 ]  日本公演は、1962年、1974年、1985年、1989年、1991年、1994年。  [ 1974年  6月30日 帝国劇場 第3回東京音楽祭(特別審査員として参加。この年特別に設けられた「フランク・シナトラ賞」の授与役)  7月2日 日本武道館(主催:日刊スポーツ)  7月3日 ホテル・パシフィック(主催:アジアエンタープライズ)  7月4日 帝国ホテル(主催:クラブ・エルモロッコ) ]  この、日本武道館だ。日付ぴったり。  かなりのプレミアチケットだったのでは。アキラ、どういう事情でいけたのか。  (ただしwaka君はそっち方面まるでうといのでありがたみはわからなかったと思う。だれ? のレベル)
: 「価す、ということばは ない?」  本文には、かす、とふりがなあり。  価す(かす)では辞書になし。  価す、で、あたいす、とよみ、これならあるようだ。

※ 『1974/07/03 本だなのすみのすみに』
: 「しんぶんキフ!!」  当頁右辺のエンピツ書きメモ。横書き。  新聞棋譜を切り抜こう、だと思う。
: 「シュンパラシュンパラ ラシシュパーララ」  7/3日の午前四時過ぎ、起き抜け。  睡眠中に奏でられていた脳内音楽が消えさっていく前の書き残し、とかか。
: 「きのうの夜、きちがいみたくねたかったのは、7/1の夜、ねなくて、7/2の朝、 3時ぐらいになってねたため?  きのうの夜は、■■コとお金はじきやった。が、レーダゲームやろうと約束し、用意までしたが、 ■■コめしくいおわっても容易にやりに来ず、ぼくもひどくねむくなった。 (ひどくねむくなったのは、めしくってのち。)」  3時ぐらい、は難読で、5時ぐらいとみえなくもない。  文中のきのうの夜は、7/2から7/3の夜で、午後七時から午前四時まで寝て(前頁末に書いてある)、本項に至る。  金はじきでもレーダーゲームでも勝負事なので、兄は乗り気だが、 上の妹は相手をさせられている感があって、腹満ちれば忘れる程度なのだろう。
: 「これから、化学のレポート書かなくては。」  1974/07/03は水曜日。昨日も今日も学校。  寝てしまったのでまだやってない。  化学のレポートというのは、化学の授業のつど、班ごとに提出するもの。 班員の持ち回りだから、担当が責任をはたさないと班員に申し訳ないことになってしまい、さぼれない。 (要は、授業をちゃんと受けて実験もしています報告だろうけど)
: 「急に起きたためか、腹痛 ハライタ 併発(?)、たたみの上にねてたとはいえ、 毛布二枚にアミメ毛布(草色)一枚(一枚しかない)かけてたから、おなかはまもられていた。」  はずなのに、と。
: 「 《 絵図 》 こんな立体をなんというのかしら?  だ円球? 豆型? 細長い球?」  Wikipedia、〔 楕円体(だえんたい、ellipsoid)とは楕円を三次元へ拡張したような図形であり、その表面は二次曲面である。 〕 〔 長球(ちょうきゅう、英: prolate, prolate spheroid、別名:長楕円体、長平楕円体)は、楕円をその長軸を回転軸として回転したときに得られる回転体である。長球は3径のうち短い2径の長さが等しい楕円体とも定義できる。言い換えれば、長球は短半径が赤道半径、長半径が極半径の回転楕円体である。 これに対し、楕円をその短軸を回転軸として回転したときに得られる回転体を扁球という。 〕 〔 扁球(へんきゅう、oblate, oblate spheroid、別名:偏楕円体、扁平楕円体)とは、楕円をその短軸を回転軸として回転したときに得られる回転体である。扁球は3径のうち長い2径の長さが等しい楕円体とも定義できる。言い換えれば、扁球は短半径が極半径、長半径が赤道半径の回転楕円体である。 これに対し、楕円をその長軸を回転軸として回転したときに得られる回転体を長球という。 〕  本文の絵は、楕円体だな。長球か、扁球かは、絵が簡単すぎてどちらにもみえる。  長球は、ラグビーボールなどの形。扁球は、碁石やマーブルチョコレートの形。  なるほど〜
: 「そういえばきのうの夕飯たべすぎたのだなあ。」  おそらく人は満腹のとき食事のことは思い浮かべない。 長時間眠ってまた腹がへってきてるんだろう。
: 「きのう、そうじから帰ってくるとき、みかけたのだけど、 高■まさ■さんて、天使のような美しさがあるなあ。」  女子高生、この年頃で美人なら、天使も大げさでないかも。  学年にいる高■姓の二人の美女の一方。もう一人はすみ■嬢。  まさ■嬢は、細身とか軽やかというほうではなかった気がする。 どちらかといえばたとえるなら、マリア様とか観音様、女神。 肌が白くてしっとりほんのり温かい。身体のまわりが輝いている。
: 「となりの吉■さん、前々からのイメージで、くそどまじめな感じがぼくにあるのだが、 そのぼくの感じには、ひどく意外に思われるほど、やんちゃな所が多いようだ。  → やんちゃ、というのか、子供っぽいというのか。(わざとかもしれへんけど。)  → それに、あの顔。美人だけど、一見、日本人ばなれして、地中海の人のようだが、やっぱり日本人。  → ちゃめっけ?」  吉■嬢も守備範囲だよ、と!?  隣席なので、女神さま達に比べてずっと身近なよう。  転記してて、なんとなく、吉■嬢のおもかげがはっきりしてきた。 やや色黒の、渋面女子高生、かな。本文の通り、実直でまじめな性格。 知性的、いずれ、女研究者にでもなりそうな。土台はいいので化粧すればそこそこ?  物を落としたときはさりげなく拾ってくれたり、 子犬が教室にはいってきてwaka君の鞄の中の弁当のにおいにクンクンしたときは叱ってくれたり、面倒見がいいかんじ。
: 「ピンセット、をピンセント。」  うう、今でも、ピンセント、といいそう。
: 「ピン、という音はあっても、ピンッ、はない?」  表記としてみたことはほとんどないか。  撥音(ん)で促音(っ)という発声はできないことはないと思う。  でも、「んっ」ではなく「ん、」で必要十分かも。 強調の際、「んー」や「んん」とは別に「んっ」はあるかも。  → ただし、「ピン」の場合、アクセントはピにあるだろうから、ンが強調されることはまれか。  → 「ピンッ」は、するどさ、高さ、残響まであらわしてる。 ふうむ・・ 場面によってはぴったり? マンガの擬音ならすでに多用されていたり?
: 「赤紫(アカムラサキ)なんていう章、源氏にあるよなかんじ、  → あんの? ないの?」  源氏物語五十四帖に、若紫はあっても、赤紫はない。  辞書によれば、赤紫は朝服の色で、続日本紀に載っている。言葉自体はあったようだ。
: 「生成 ← 成生としたくもなる。」  生まれて成る、だから、順番通りってことか。  手元漢和辞典によれば、 生は「土中から出た草木の芽がいっそう伸びた形」、 成は「定めること、治めること、たいらげること、なしとげること、みのること」。
: 「アリンコってのは、ほんとに細胞でできてんのかね。 ふつうの細胞で、あれだけ小さいものを、あれだけ、美しく、ふくざつにつくれるものかね?  アリの細胞はふつうより小さいのでは?  アリは宇宙からきた?」  宇宙からはともかく、細胞の大小ってあるのかいな。生物種によって。  wiki見ても、単純にはいえないみたいな。 つまり、ある個体の中の細胞でもさまざまな大きさがあるみたいだし。 (ちなみに、生物の細胞の最大なものはほぼ卵細胞であり、ヒトの最大の細胞も卵子だそうだ。 鳥類が産む卵の黄身は一つの卵細胞なんだって)
: 「細胞  → サイボウ → こっち したしみあり  サイホウ  }?」  ふつうは、さいぼう、だろう。 辞書によれば、さいほう、も間違いではないようだ。
: 「胞 胞 }??」  2字目、包の中身が、巳。  バツなんだが、旧字では巳だったようだ。デジタル文字でも、鞄、咆吼、などに残っている。
: 「熱っする×  熱する。」  これは明らかなバツ。  ねつっする、になってしまう。
: 「固体を、困―― ← ここは書かなかった。」  困体とまでは書かなかった。停めた。  同じ国構え、頭がコ音。行列の最初にでてきたんでしょう。 空席二字の最初にすわったけど、なんか意味が変と待ったがかかった。
: 「東京で、NHKに選挙を流し、大阪でNHKにドラマながしたら、その中間では、どうなんのだ。」  細胞の大小と同様、悩ましい疑問。どうもなぜなぜ坊やになってる。  電波の境界ではどうなるのか、興味はあるが、調べてもはっきりしたことはわからない。 地上波がデジタル放送になっていない時期でもあり。  単純に考えれば、電波Aと電波Bの強いほうをアンテナは拾うだろう、と。  周波数が別なら、それぞれにチューニングすれば、それぞれが視聴できそう。  しかし、AとBが同じ周波数だったら?  同じNHKでも放送局がちがえば違いそうだが、真相はどうなのか。  → Copilotに確認すると、 〔 同じ放送局が“同じ周波数で別番組”を流すことはあるのか  結論として 地上波では基本的にありません。  理由はシンプルで、  同じ周波数で別内容を流すと電波が混信してしまい、視聴できなくなるからです。  地上デジタル放送は「1つの周波数=1つの放送波(複数チャンネルを束ねたもの)」という構造なので、同じ周波数で別番組を流すことは制度上できない仕組みになっています。 〕 〔 NHK東京とNHK大阪は同じ周波数なのか  いいえ、違います。  NHK総合・NHK教育(Eテレ)は全国にありますが、  地域ごとに周波数が異なります。 〕  とのことだが、文中にあるとおり、デジタル放送、現在での話。  →  A、Bが同じ周波数と仮定。 すくなくとも、電波のギリギリ届くような末端では、電波障害になるかならないかという受信状態ではなかろうか。で、まったく、届かない領域となり、更に移動すると、隣の電波到達域に入ってしだいにそちらの受信が良好になっていく、というイメージだが。 そういう、到達不能領域が中間にあればまだわかりやすいけど、なくて、両方から届く場合、どうなるんだろう。二重画像みたくなるのか。 (アナログ時代でも、おそらく、A=Bはなかったんだろうなあ。素人考えでも懸念大きすぎる)
: 「今、シラミいたから、ボールペンの先っちょでつぶし、そのまま、前項かきつづけ。 (ボールペンの先についたまま。)」  笑。非道いね。  シラミにしてみたら、命の尊厳ないがしろ状態。  紙魚(しみ)? かみじらみ?  項の終わりの空行頭に、黒点があるので、これはぬぐっているのかも。
: 「それらほどは、魅力をもたせない。」  前後無関係な、抜き書きか。  かっこいい言いまわしに感じて?  意味がとりづらいので吟味したくて?
: 「ぼくって、ボールペンのおしりにキャップを入れず、左手にもって、書くのね。」  キャップをとってちょっと書いてすぐまだキャップするから、 そういうのがふつう、そういうリズムだから、かな。  → もしかして、と思って確認したら、今でもそうだった。 キャップ付きの水性ボールペンでメモするとき、キャップは左手の中、薬、小指で保持してる。 お尻にキャップをはめることはまずない。長文はもうパソコンでしか入力しないし。
: 「キャップを キッペ キャッペ」  キッペは「きっぺい」という人名(吉平?)またはあだ名で発声されるかも。  キャッペは見つからない。脚病(脚気のこと)を「きゃっぺい」とよみそうだったが、 辞書によれば「かくびょう」か「きゃくびょう」。惜しい。
: 「毒薬の味はどうやって、味わうのだろう。  化学者なら知らねば、味を。」  これも興味あるが、まちがって誤飲した人の感想を蓄積していったんだろうか。 化学者みずから試飲ということは積極的にはないだろうなあ・・  舌の先っちょでちょんとだけ?
: 「しょうが  わさび緑 → さしみ?  からし黄  ―→ サシミにつけるのはワサビ??  サシミにつけるやつの名称はワサビ?」  生姜でも辛子でもないから、あれは山葵。  大昔からのご先祖さまたちのトライアンドエラーのおかげで、美味しくいただける。
: 「高■まさ■   どうして、ああ早いの、  いつもすわってる。  うしろの方からみえるうしろすがた」  朝学校に行くと、いつも、すでに教室ですわっている、ってこと?  高三時、同じクラスではなかった。廊下越しに見えたか。  つまり、もう、登校後の記載のよう。で、あわただしいのでエンピツの仮メモか。
: 「オ■ イ■ さん、両方ならんで歩いてた。8時15分か10分。校門。自転車ひっぱってぬいて、 ゲタバコでおいつかれた。」  ノートの上でも両嬢をならべている。  オ■嬢はたしか高■すみ■嬢となかよしのはず。 イ■嬢との二人はめずらしくもあってメモしたのかも。  (たまたま並んだだけもありでしょう。  そもそも、なかよしさんが帰りいっしょに下校するのはたやすいが、 朝いっしょに登校するのは待ちあわせなどしないかぎり起こりづらい。たまたまに一票)
: 「エンピツけずってくるの忘れ」  朝一、教室で机の上に道具を並べたら、判明。
: 「日本史が政経になるのは、今日でなく、あした。 なのに政経、もってきちゃった。」  授業交換は、数頁前の右辺に「7/2 政→日本史  7/4 日→政」とメモしておいたのに。  そこつ判明、その二。
: 「●君が書くのは、SFなんかだとよ。  下■が、ぼくと●君に話して、ぼくに長へんかけてる? ときき、ぼく、かきたいけどかきかけばかり、 といったりしたのち、下■ ●
ガン 君に、 「君もかいてるんだってね、自己しょうかいのときいってたじゃない」 「ああ、ぼくは、■■君とはちがって、純文学じゃなくて、SFなんかだもん。」  waka君、気になってしょうがない、●君の作品の実際、様相が。 だけど、抑えて、あんまり気にしてないふうに書いている、と思う。  (今度見せてよ、よませてよ、というひと言がまだ言えてないようだ)
: 「訓練 くんれん」の辞書ひくつもりで、「こんどう」とひいてた。 ReaDERP57を、だれかよんでてその音が影響。」  難読だなあ・・  訓練、こんどう、に読めるんだが、取り違えるというのが解せなくて、 別字ではないかと探してしまう。  → くん は こん に近い。練の左側で読み違えて とう、連濁で どう。だから、こんどう。こんな経路?  読み上げてる英語音もまじって、というのは、・・ com to ・・ みたいなの?
: 「英教P57下  」  ここに仮メモありらしく、清書用に空行。
: 「となりの人がかしてあげるというかもしれないから、それ、こわいので教科書かりてこようか、 とも思ったが、ぼくはなくてもいいと思ってるのにそれでは男の子でない、と思い、かりて来ず。  かわりにレポート用紙、かいにいく。 → 」  どういう意気込みなのか、よく分からんが、数項前にあるとおり、日本史の教科書がないんだろう。 なくてもいいと思ってたのに、借りてくるのは男の子らしくない、っていってるが、たぶん、男らしいらしくないより、貸し借りが面倒というのが理由だろう、要は。 (waka君は他クラスの友によく貸しているので、お返しに借りられるとは思うけど、まあ、お願いはふつうに負担で)  前段階として、となりの人がかしてあげる、いっしょに見ましょう、となるのが怖いのは、両隣とも女子だから。たぶん。  それも困る、これもらしくない、いきまどうが、どちらもなしが当面の方針で。  代わりにレポート用紙、というのは、いつも使うレポート用紙が紙切れだったので急ぎではない単なる補充なのかもしれないし、日本史のノートも持ってこなかったのでノート代わりに、ということなのかもしれない。  (日本史だから。先生の話を聞いているだけだから。教科書がなくてもいける、という目論見もありそう)  → 今まで受けていた英語の授業の次が、その日本史なのだろう。
: 「かいにいくため Reader のあとうしろのとからでたら、■■ノせんせ、ちょっとぼくみる。 授業のおわりの方の十数分に、わからないことや、もやもやしたことあったらそうだんしにきな、 といってたので、先生は、問題のある(大学にいかないとか)ぼくが何かいいにきたのかもしれない、 と思ってぼくみたのだろう、とぼく思って、その気ないからちょっと礼して通りすぎようとしたら、 「ちょっと」といってよびとめられ、やや、先生からいうのか、と思ったら、 「あそこの机なんとか、ならないかね。」だって。 この前何かの試験がこの学校でなされたとき、机がたりなかったのがはこばれてきた机で、 しばらく教室においてあったが、このごろ、ろうかにだされたやつ。  「どっかもってくんですか。」と小声で、やさしいような声で (ぼく、ふつう、人と話すとき、いつもこの声らしい、したしい友とは、地声らしい)きく。  「うん、あっちのカイダンの下にでもっていってくれ。」だって。  ヒーコラいいつつ、もっていく。  それからレポート用紙かう。70円。」  英語の■■ノ先生は三年時のクラス担任でもある。  70円は難読。当時でも20円では安すぎる、といって120円は高すぎる。 前頁にある「P57」の7とほぼ同じ。やはり70円か。 (まるで別の漢字二字もありそうだが、適当なのが浮かばない)  → 机の移動を指図される前の(数瞬間と思われる)心中の憶測の応酬、おもしろい。 直後だから詳しいんだろうけど、さすがメモ魔。
: 「帰ってくるとき、ろうかのA組の方から、長■さん そして、すこしうしろにい■さん、歩いてくる。 ぼくすました顔して、教室入り口あたりですれちがい ぼく、中にはいる。  イ■さんは、顔そむけたが、(事実ぼくみていた、というよりながめていた。)  長■さんに、何か、よびとめらえるか話されるか以外のときは、 まるでふつうの通行人 学校の に対するような態度とるのは変かしら?  でも、あいさつしたって変でしょう?  でも、知人だしなあ。  → これと同じような感じを、イ■さんぼくにもってる?」  イ■嬢をwaka君がながめていたら、顔をそむけられた、ってことでしょう。 視線が露骨なのだ。といっても、他の人に比べて、一瞬長いってだけだと思うが・・  それとも風景の中の人物を見る目でなく、個人を視認する目を毎回注がれる、と感じられてしまっている。  いっぽう、文学クラブ員である長■嬢には、挨拶するべきかかえって変かと迷っている。 (長■嬢は美少女のたぐいではないため、イ■嬢とは接する態度がだいぶちがうようだ)  → なにをかいわんやだが、少なくとも異性を意識しすぎ。 もう高校三年生なんだから、もう少し、落ちつこうよ。  それとも、内で膨満しようとする情動に比べたら最大限外は抑えていると言えるのか。高校三年生だから。
: 「つうしんぼ。」  当頁右辺のエンピツ書きメモ。  当頁二段目に本文記事ありだが、通信簿=通知表、まだ提出していない。
: 「所 → ところ とこ >このよみわけある?」  所と漢字で書かれていた場合、通常、ところとよむのみか。 話し言葉で、とこと略するのを写したいなら、ひらがなにするかふりがなをふるべし。  ・・と思うが、あまりに昔から、とこと略す言い方があったため、言いまわしによっては、 〜ところ(〜どころ)よりも、〜とこ(〜どこ)のほうが慣れ親しまれた場合がありそう。 これを書き言葉で写した所であるなら、とことよむべきとなるのかもしれない。
: 「会長さんのひの■■先生についての話。(この前の同好会)  《 教室場面絵図 》 ← 書いて、消しちゃう。  → かいて、会長さんからみえないのに、先生うごかず、説明してけしちゃう。  ← 見えない。  ← もっとセツメイ.」  ひの■■先生は、将棋同好会顧問で数学の先生。(ただし同好会に顔を出すことはほぼない)  waka君は授業を受けたことがほとんどなかったと思う。  (やや太めの)先生のからだが邪魔で板書が見えないのに、先生うごいてくれず、説明がおわるとすぐ板書は消してしまう。 ほんといつも困る。(などと、会長さんがぼやいたんでしょう)  → waka君の数学授業を担当している■■ミネ先生は終業の鐘が鳴っても終わらない常習者。 数学科の先生ってのは入り込んでしまうタイプが多かったみたいだ。
: 「このノートあけ、レポーと用紙にも、このボールペンでかきつつ、日本史授、うけてる。」  教科書とノートもってくるの忘れた日本史、こうしてしのいでいるよ、と。 教科書を他クラスのだれかに借りたりせず、隣の女子に見せてもらったりもせずに。
: 「犬を太」  「飼ってはいけない。 買ってはいけない。 → いい方、ちがう? やっぱちがうね.」  飼ってはは頭にアクセント、買ってはは平板か。  日本史で犬って、いつ? 犬公方、徳川綱吉はあるけど、七月頭で江戸時代は早すぎでは。 それとも頃合い?  教室にまた犬がはいってきたかなあ・・  校庭のどこかか近所に野良犬か放し飼いの犬かが何匹かいて(そういうの当時はまだありだった)、 餌を求めてか地面をかぎつつうろついていた。 大型犬はいなかったし吠えたりもほぼなくて(ひかえめに申し訳なさそうにうろついているだけで)怖くはなかったけど、 三年生の教室は一階だったので、ときどき授業中に侵入されることがあった。  waka君の高校はいい子が多かった。石を投げたりいじめたりはしなかった。 それで甘く見られていた(かわいがられているとかんちがいしてる?)ところもあった。
: 「 《 顔絵 右面一 》 《 顔絵 右面二 》 }二つのかき方  《 顔絵 右目まわり一 右目まわり二 》  左目 《 顔絵 左面一 》 > 二つ。< 《 顔絵 左面二 》 ← こっちだめ?」  waka君の好きな一筆描きふうの顔絵。  目の描き方の比較吟味のよう。  (おそらく日本史の最中)
: 「喜吉 とかかれてるの、 喜吉とか、よめる。」  2字目の喜は、上部の吉が古になってる。  それはそれとして、喜吉なんて熟語あった?  それとも、喜舌か? これも熟語とはいえないけど。(あれば、とても美味しいの意だろうけど)  → 京都市下京区喜吉町という地名はある。喜吉という姓もあるらしいが、全国で数十人とか。
: 「破棄を 放棄とかく。」  これはやりそう。  数棄にみえなくもないが、意味的にはとっぴ。
: 「次を、冷とか、手がきそになる。 冷ぐらいまでかいた。」  挿入記号{ がずれてる。正しくは「次を、冷と手がかきそになる。」 または脱字とみれば「次を、冷とか、手がかきそになる。」  2字目の冷は、最終画の縦棒がないだけかな。  これこそ突飛だが、手ならやりかねない。
: 「ノリ公、カオ、うつぶせて、(机の上にふせて)ねてる、みたい。  ワリイやろうだ。前から2番目、まん中の所だから、先生もいくらか、やな気分だろ。」  waka君の真ん前の席。  ノリミツは日本史がきらい、苦手。  態度で表わして、先生にもアピールしてる。
: 「イセ氏、イヤ氏、」  セとヤの相似で。  伊勢氏が日本史に登場している、としたら、いつ?  検索すると、室町時代の政所執事の家が伊勢氏、ほぼこれだけだが・・  Wikipedia〔 ・・・ 8代将軍足利義政の養育係を務めた伊勢貞親は側近として政治にも大きな影響力を持ったが、  ・・・ 〕  とはいえ大事件の当事者をだしたり政権を握った一族というほどでもなくて、知名度は低そう。 高校の教科書に載るんだろうかとも思う。七月頭の日本史の進捗という点では妥当ではあるが。  → ちなみに、一族の中に、伊勢新九郎がいて、戦国大名後北条氏の祖となる伊勢盛時(伊勢宗瑞、北条早雲)のこと。 現在ビッグコミックスピリッツに連載中の『新九郎、奔る!』(ゆうきまさみ作)の主人公。 私はファンだが、半世紀前、はたして伊勢氏〜北条早雲のつながりが教科書に載るほどの周知や常識であったかどうか。  先生の雑談無駄話(トリビア)としてならもしかしたら?
: 「衆 衆 → うちはどう?」  うちは打ちか。  衆の頭の点の打ち方はどうだったかの意か。  一字目は、斜め右上からの点が左端についている。  二字目は、斜め左上からの点が中央についている。  デジタル文字は、斜め右上からの点が中央についている。  デジタル文字が一番よさげか、やはり。 (見た目はね。手書きの場合は運筆でどうしても一字目になるわな)
: 「今おもえば、■■ノ先生につうしんぼわたさないけなかった。 (もちろん、これを、ろうかであったときに気づいてもむりだったけど。)」  前頁末ぐらい(日本史のすぐ前)を想起して。  鞄の中に入れたままなのでとっさには、むり、だったぐらいか。  (重要な用事ではないのですぐ忘れてしまう、というふう)
: 「■■ノ先生 ■■ノ先生 )?」  ■■の表記が二種類あって、どっちが正しい、適当か。  (詳細まで述べると伏せ字にならないので省きます。笑)
: 「日本氏
氏でなく史 なんか、 一日 いちんち で平気だい。ほんと「い」? 「よ」?  一日でも90点以上とれる」ノリ  ← うしろの方で、皆が、日本史についてやってるのきいて、(みて)」  日本史の授業が終わってから。  寝てたノリちゃん、うそぶいているわけだ。かっこつけてる〜  (あんがい、有言実行しちゃうからバカにできないんだけど)  → 左辺欄外に書かれた一群は、同時ではなく、後刻読み直した際の訂正や注記だろう。  → 平気だい、は少々男児っぽい。 聞いてすぐの写し書き時点、を考慮すれば、平気だハ(平気だわ)もありそう。
: 「あめんぼ アメンボとすべき を みずすまし」  ひらがなはちがう、カタカナが適切といいたいらしい。  対して、ミズスマシは不可らしい。  〔 あめんぼ【水黽・水馬】 《名》 アメンボ科の昆虫。体は黒褐色で細長く、腹面には銀色の毛が密生し水に濡れないようになっている。体長約一一〜一五ミリメートル。あしは三対あるが、うしろの二対はきわめて長く、池や沼の水面を滑走し、小昆虫を捕食する。捕えると水飴のにおいがするというところからいう。あめんぼう。あめぼう。あめ。かわぐも。あしたか。みずぐも。《季・夏》〔重訂本草綱目啓蒙(1847)〕 〕精選版日本国語大辞典 (C) SHOGAKUKAN Inc.2006  雨や天からくる名だと思っていた。飴とは。  みずすましは、光沢ある黒色の水生小甲虫のほう。なのだが、辞書によれば、あめんぼの異名でもある。
: 「ちくいち ちくじ → つねに、の意ある?」  逐一は、一つ一つ順を追うこと。  逐次は、一つ一つ順を追って事が行なわれること。  区別むずかしい・・  いずれも、つねに、いつも、毎回、などとはニュアンスが違うようだ。  逐時と書きそう。
: 「ア : まだ マみたくよめる字かく。」  現場は、前々項のアメンボ?
: 「今日は体育館でまってるけど、まあだ会長さんはこない。」  昼休み卓球のため。  間に別授業のことがないようなので、四時間目が日本史、弁当、旧体育館という順か。
: 「 ← 旧体育館に剣道の部室からはいるのはやはり失礼かね。(でもそこぐらいしかあいてない。)」  少なくとも、このとき、この時期、昼休み卓球は奨励はされていないようだ。 もぐりで。黙認で。
: 「冗談コロッケメンチカツ」  地口というほどでもないけど、リズム感ある。  近辺で小耳にはさんで。
: 「 → 会長さん、1時にきたけど、はいってきた会長さんが、ラケットしまおうとしてたのをだしたぼくに、 「今日はやめよ、」といい、そういうことになる。で。会長さんに正面より出てもらい、そこの かぎしめて、のち、剣道の部室通りて外に出、まってたのか、もしくはいこうとしていた会長さん、 (正面入口からすこしすすんでた。前は、入口からでた階段の上にたってまってた。 前、とはきのう、だろ。)と二人で帰る。」  会長さんとの卓球、盛んな頃にくらべて、低調となってからのようす。  → 五時間目って、一時十分ぐらいに始まるのでは。  会長さん、用事があったのかもしれないが、卓球、やる気ないだろう? (記述はないが、ラケットももってきてないのでは)  はっきりどうよって訊けばいいのに、waka君、訊かないんだ、まだ。 ずっと(一年生の頃から?)昼卓球やってきた慣性があるから、区切りつけるの、気合いが要るのかもなあ。  まあ、会長さんから言ってくるの待ちか。  大学受験も近いし、潮時と思うぞ、こっちから眺めても。  (将棋同好会も引退したし、昼卓球もやめてしまえば、会長さんとの接点がなくなるわけで、それもさびしいといえばさびしいが、しょうがないじゃん)  (友人ではあるけれど、情で結ばれているというより、将棋とか卓球とか、遊技で競い合う間柄、わりと利害の一致的な仲なので、媒介するものがなくなれば、自然消滅する淡さがある。淡交というやつか。実際、この後その通りになるはずで、高卒後はついに一度も会ってない)  (試しに検索してみたら、会長さん、眼科医になってる。写真付き。何十年も経っているが、面影そのまんま。涙出そう・・ 笑)
: 「会長さん、まってる間、55分頃、卓球の人がかぎもってはいってくる。 (あけといたから、かぎはいらず。とちゅうまで、会長さんもあっちからくれば、いいし、 あいてるの先生にしられたりすると、ちょっとやばいのでは、などと思い、あけとかなかったが、 帰りにちゃんとしめればいいのだと思い、あけた。 あけて、ちょっと外を見、中にはいってきてカンコーラのぬいたセン 《 絵 》 コンコン やって、あそぶ。) 卓球の人はいってきたときこのコンコンやってた。 で、その人、卓球クラブの部室はいって、(はいる前、もちろんぼくみる。) クラブ日誌か何かみたい大学ノートもってでてく。」  当時の缶飲料、プルタブが、外れてしまった。で、深刻な環境問題が生じて、いつからか、外れなくなった。  その外れる栓でコンコン遊んだとあるが、音から推測すると、持参の卓球ラケットの上で、もてあそんだ、かな。  おそらく、昼休みの旧体育館の中、waka君が一人だけ。  (さびしんぼうを強調する意味でも、このエピソートかいたのか、自虐的に)
: 「古文のはじまる前、だれかが、オカ■君に、「オカダマスミ」などといって、ちゃかす。」  昼休みのあと、五時間目の古文のはじまる前。  岡田眞澄はフランス生まれ(父は日本人、母はデンマーク人)の有名俳優。美男。  オカ■君は、タ■■嬢をめぐっての恋がたき、のつもり、waka君は。 (たとえ本当にそうだったとしても、すでに半年前に事実上敗退済み)
: 「 ← ・オ君、ひどく、色男でもてるというのが、評判。  ・このすこし前、教室帰るとき、教室前までマス■君とレポートのこと話しならがきた。 そのとき、あっちからかばんもったTさんくる。  → B組は5時間目は自習? ← 組を君」  オ君(オカ■君)の評判云々はいまさらだが、ここの茶化し解説のための付けたしと思う。 が、自分しか読まないノートで誰のための丁寧な案内なのか、おもしろいね。  B組のTさん(タ■■嬢)が鞄を持って(帰りじたくをして)歩いてきた、ということは、 この日、五時間目が最終で、それが自習のため、B組はもう帰宅できるようだ、と言いたいんでしょう。 (平日午後はふつう、五時間目、六時間目があったと思うが、 三年生になると週に二日ぐらいは六時間目がない、そういう余裕のある時間割だったような記憶がぼんやり残っている。 受験勉強がいそがしいだろうという学校側の配慮?  → しかし、次頁で、waka君のクラスはこの日、六時間目があったような記述もあってはっきりしない。クラスによって、六時間目のない曜日が異なった、のかどうか)
: 「ぼく、なるべくみないようにし、(ろこつにも)とけいなどちょっとみてとおりすぎる。 「どうせ、」と思ってったが、なんか、彼女の目にこちらにかかるようなかんじがあった。 あまえだったのか。」  敗退後はたいていこれ。waka君、ちゃんとタ■■嬢が見られない。(一年ほど前は転校生の彼女と将棋など指していいかんじだったのに) 当頁一段目にあるイ■嬢との対面場面とはまた別の気まずさ。  だけど、今回は、いつもとちがう光りが彼女の目にあったのでは、思い返すとそんな気がする、と。 あれは、ぼくにあまえる彼女の目だったのか。(理由は直後に。でも、思いすごしと私は思うけど)
: 「それから、オカ■君の気がイ■さんにいってるのを示すようなちゃかし、を きいたので、Tさんにつめたくするのはまちがいだったかと思う。」  解説すると、二人が結婚すればイ■嬢の姓が変わって、オカ■ますみになるんだ、という茶化し。 (小学生レベルだが、有名俳優の岡田眞澄との符合というもうひとかぶせがあるので、 かろうじてあと一段は上)  つまり、火のない所には煙が立たないで、今はオカ■君とイ■嬢の仲がやっかまれたりしているのか、 とwaka君はおくればせながら知った。  タ■■嬢はないがしろにされた、置いてけぼりにされた、少なくともさびしいおもいをしているのかも、 ならば、さっきのぼくの態度は助けや甘えを求めている彼女にひどすぎやしなかったか。  (やっぱり思いすごしと思うけど・・)
: 「おこってたので自分のまちがいに気づかぬ? この前の金ようび、会長さんまってたときなど。」  待ってたのに卓球がながれたこの日の昼休みのすぐ後。 そして、タ■■嬢、オカ■君関わりの項のすぐ後に、この項。  結局しなかった卓球に待たされたことで気分を害していたから、 置き去りにされたかもしれないタ■■嬢に冷たくしたという間違いに、気づけなかった。 そういう(皮肉な)因果を言いたいか。  しかし、本項後半で、先週金曜のこと持ち出して、具体的なことではなく一般的なことのように薄めているな。 (先週金曜は、卓球の曜日ではなかったのに勘違いしてまちぼうけ。待ってるあいだ自分のまちがいに気づけなかった)  なかば想像だけど、この日の昼休みのことで秘めた(自分にも?)怒りはあったけど、それが退いていってるのにちょうど呼応して、文意も薄まっていっている(ふたたび覆いをしている)かに、みえる。
★ しかしまあ、それはそれとして、三角四角関係のほうだが、 これはさ、強者の食べ残しをありがたく拾う図、のようにも思える。誇り高き勇者のとる態度とはちがうのでは・・  それとも、しあわせのありかはさまざま。残り物にこそ福。どこにおちているかなんて神様にもわからないという明るい話しになるのかなあ。  若くて生意気な頃は前者、穏やかにおとろえた今は後者に、かたむきそう。
: 「気味わるい  君わるい  )?」  地口だが、すっきり笑えないやつ。  このあたりのwaka君の気分が、言わせてるか。
: 「手をたたくことを、名詞で、何という?  → ハクシュ カシワデ )→ もっと一般的なの。」  思いつかない・・ 言い替えて、手を打つ、手打ち、となると、別の意味が濃くなってしまう。  英語だと clap になるらしいが、これは(カタカナ言葉として)日本語化されてないし。
: 「stu tsu >「つ」は、こっち?」  tsuのほうが正解。  といっても、今私がしているローマ字入力ではもっぱら一打少ない(キー位置も近い) tu だけれど。
: 「キフ!!」 「レポートうつし。(2つ)」  当頁右辺のエンピツ書きメモ、  寄付でなく、棋譜であろう。

 そうじから帰りきて、レポートだしにいく。 のりみつとだしにいく、そのとき、ぼくのななめうしろのセきにすわって、 だれかまってたようなカ■■まんが、ぼくみたような気した。(カ■■さんのセきはここでない。)
 で、ノリとだしおわり、ホールで、 時間があるからナミオのとこにあそびにいく、というノリとわかれて、教室いくとき、 あのカ■■さんのイみのあるような目がまっているのでは、ぼく一人でのりこむのはキケンなのでは、 などと思いつついったら、カ■■さんのすわってた席に(席を君)女の人いたが、 いつも、そこにすわってる(トミ■さん? サイ■■さん?)人で、カ■■さんはいない。


 カ■■まんは、カ■■さんの誤記。  小柄で、ととのった顔立ち。やや色黒だけど長めの黒髪とあいまって高潔、知性的な雰囲気。 書道クラブ。この頁ではにわかにカ■■嬢がヒロイン。(waka君は移り気、というより、多情か)  席と書くべきを君と書く、すぐ前でも組と書くべきを君と書いている。(ともに訂正直後、指摘している)  ななめうしろの席にカ■■嬢は座っていたが、レポート提出後戻ったら、 同じ席にはすでにいつもそこに座ってる女子がいた、と。 つまりwaka君のななめうしろが自分の席の女子ということだろう。 左隣にいるのにwaka君がいつも名前うろ覚えなのがサイ■■嬢のはずだから、 よって、そのななめうしろの席に座っていたのはトミ■嬢が妥当か。 (両嬢ともwaka君にちゃんとおぼえてもらえないよう。 なので、曖昧なので、仮に、サイ■■嬢がこのときだけななめうしろの席に座っていても、 いつもそこに座ってる女子だったかな、ぐらいに勘違いされてもおかしくないか。  カ■■嬢とは差、かなり)  すでに放課後、席はガラガラで、まだいる生徒たちは適当に座っているんでしょう。


 さっき、カ■■さんの目つきと、宮■さんのいつもの席でないので気づかなかったが宮■さんが、 おり■■さんの席で何か書きものしていた。 (宮■さんが、うちにはもっていくのたいへんだから、学校でうつしていっちゃう、とかいったのを 6時間目のおわり耳にしていた、の思いだす。そのとき。) ぼくはカ■■さんは、書道クラブにいって、 さっきは、同じクラブのその席 とみ■さん( or サイ■■さん、)をまっていたのだと思ったが、 とにかく、まだ学校にいる、と思った。
 で、ゲタバコ出て、自転車の用意してるとき、 ゲタバコでものおとするから、カ■■さんかだれかかな、と思って、ちょっと キンチョウみたいのしてるけど、だれもでず。カパンゆわえつけてるとき、 (ぼくの青いひも、一方はむすびつけてあるが一方はたたんではさんでおく。 しかしこれがいつもとれておちていたりするが、今日はハンドルのとこにゆわえつけたあった。 いたずらなのか。それとも、どろのかわいたのついてるところから、風でとれちゃったのを、 だれかが、ひろって、ハンドルにゆわえつけといてくれたのか。などと考える。) ■■ムラ君と、スズ■としや君(この名、今、アルバムでしらべ)でてきて、 ニャシャが、「■■君、」というので気づいてふりむき 「あれ、(文芸誌)やっぱりやることになったの?」というから、 「うん、一応ね。でも、できないかもしれないけど。」とかはなす。じゃ、ね、とかいうて、わかれ。


 ■■ムラ君(あだ名がニャシャ)は、文学クラブ員。  (このときはわからなかった)スズ■としや君の名前を(帰宅後)調べたアルバムは、 たぶん卒業アルバム。高校は在学中だから、中学の卒業アルバム。 よって、スズ■としや君はwaka君と同じ中学出身、だけど、別クラスだったと思われる。


 それから自転車のって、ニャシャたちおいぬいて、さよならいい、 カオあげたら、笑顔の西■君いたので、これにも、片手あげさよなら、といい、坂おりてく。 坂おりて、広き道路にでたとき、 (これ、うちで書いてるのだが、ノートの上、小さな黒いアリはってる。今、でてった。) オオ■君のうしろ姿みえ、さよなら、といいあう。 ●君にあうかもな、帰り道のどこかで、と坂おりる時には思ってた。
 すこしいくと、女子のうしろ姿。即、カ■■さんとわかる。オオ■君のときも、即、オオ■君とわかる。 カ■■さんは、さっき教室にいたし、オオ■君とも、学校のどこかでさっき、さよならいったような気。
 カ■■さんとわかる。アイサツしあう所おもいえがくが、 オ■さんにも、イ■さんにも(特にオ■さんにも)自転車でぬくときあいさつしないので、 いくら、彼女らのときみたく、まわりに多く人がいるわけじゃない、といっても、 あいさつするのは公平でなく、公平でない所から変な誤解が生まれるやもしれず、 さっと通りすぎるのも、わりと自然で、 目をさらのようにして、あなたをさがしていたわけでないことを示すだろうし、ほほえみあって、 (修学旅行の11時に女の子たちよんだとき、カ■■さんが、夕方のことについてお礼をいったときのように。 【夕方ごろ、(いや8時ごろ)ぼくカ■■さんが、高■(しのぶ)君、よんできて、というの、 こころよくうけいれて、よんでやった。 ぼくたち5階で、下までいくのたいへんなのだ。ぼく、用ありて、下いくので、ちょうとよかった。】) みても、何か偽善的なのだ。


 ヒロイン、ふたたびあらわれる。  しかし、錯綜してる、思いが、記憶が。公平、目をさら、修学旅行、偽善的・・  目白押しで後ろから押されるのでしかたなく文字になってこぼれおちてってるような。


 カ■■さん、なんの気なしにか、シコシコ、とコッコッという音まじった音をきいたためか、 それが、ぼくの自転車の音ではないか、(もしくは、ぼくの自転車の音しってて、ぼくのではないか、) と思っ(今、しっててを「してて」or「しててて」とかく)たためか、ちょっと、よこみて、もどす。 (このときもしかしたら、彼女の目みちゃったため、彼女、ぼくがみたこと気づいたかもしれない。 次のぼくのしばいみやぶられ、何かいやなおもいしたかもしれぬ。今、思えば。 そういえば、このとき、カ■■さんの顔、ちょっとほほえんでたような感じが、ぼくの頭にのこってる。) ぼく、ただ前みて、通りすぎる。 すこしいって、足、せっせと上下するのみにくくみえるかも、と感じて、止め、流し、 道路のくぼみを、車体を左右にななめにしてはずし、その余韻で、車体をきれいにふらしながら、 (ゆらしながら?)ちょっといってまたこぐ。
 カ■■さん、小さくみえた。やはり女。
 それに、カ■■さんは シノブ君から、ぼくが好きなのはカ■■さんだ、と、きかされてたから、 とりわけあいさつなんかしない方がいい。などとも思う。
 そして、となりのよし■さんも、松■君と、仲がよいようだから、とりわけて、つきあう必要もない。 必要あっても、あまりたちいらないべき。でも、恩があるのだ、どうしよう。


 意味のつながりからいって、シノブ君からそのようにきかされたのは、waka君だろう。  カ■■嬢とは、はなれていく。また。  吉■嬢に感じている恩というのは、侵入した犬ころが弁当のにおいにまとわりついたとき助けてくれたあれか。 もっとなにか別の、隣席からの手助けか。


 じゃあ、タ■■さんは? どうせ、オカ■君が、彼女を好いているし、 彼女の心もそんなところだろうと思うから、冷たくするのも、一つの男らしさ (冷たく、というよりふつうにするのも)。つまり、人の女にまで手をだすような男でない、 また、しあわせな人たちにちょっかいだすものでない、またうぬぼれてない、などということなのだ、 と思って、他に示していたけど、(この示すのつよすぎた? 示すなどとは、もってのほか。) オカ■君がイ■さんの方にいったのなら、タ■■さんに、ちょっとそっけなくあたるのは、 カコをほじくりかえすようでわるい?  考えてもみなさい、タ■■さんとは将棋なんかさして、仲よかったじゃないの、 それなのに、なんでこう他人づらですれちがう!?  しかし、リョービンじゃないけど(ちょうど、そこで、よみかけ) 愛する人(例えばだ。)をとりこにした男が、ちがう女にうつったからと、 こんどは、ぼくが愛され、愛せるのだなどと考えるのは、どうも、気高くない。


 アンナ・カレーニナ。  三十代の農場経営者(地主であり貴族でもある)リョ−ビンは、 はたち前の貴族令嬢キティに真剣な恋をする。キティも憎からず思っていた。 それなのに、キティは、都会的で若く華やかなヴロンスキーに、彼の親密さに、心奪われてしまう。 ところが、エリート将校ヴロンスキーは、 高位の官僚カレーニンの妻であるアンナと、情熱的な不倫関係となり、キティは失恋する。  ・・読みかけというのはこの辺りだろうか。


 ・・・ ま、ふつうに、いくらか。したしみのあるふつうさ (この語あるんだろ? 形動【しらべた】でもあるんだから)に、しませう。

 それから、自転車で、ゆるい上がる道を、グッグッとこいでから、 自転車は、ようは、まさつがない(少ない)ことなんだと思う。 ふつうの人の一歩で、まさつないために スーとすべるようなもの。 と思い、そのあと、自転車はあるくのとちがい、上下の運働かと、思う。 (今さっきもそう思ったが、結局は、下に足を、おす力で、歩くときも、地面をおす力。 で、同じ。前者正しいのでは? と今、気づく。)

 けいさつの前で歩道にのりあげ、流れていって、まがるとき、 はげて、つやのあるおっさんとちょっとおみあい (こっちがおっさんよけようとしたのに、おっさんも、同じ側によけるので、 こっちがすぐさま向きかえれば、おっさんも、もとのコースにもどろうとするので、ぼく、 も、最初、よけようとした方にもどり、すれちがう。) してからすれちがう。それほどあぶなくなかったし、 (わりと、心がいきちがうことなく、スムーズにぬけた。) スピードもなかったので、ゆるやか。

 などと、長々、かいてたら、1時間たってしまった。
    ( 2時30分 〜 3時30分 )


 女子考から、現実行路におりる。  (おみあいをしたおっさんの姿かたちだが、想像したら、毎日鏡でよく見る人が浮かんだ。笑)  長文で、とりとめなくいろいろ浮かぶままに、ついさっきまでのことを反芻している。  (放課後の掃除の後から、家に到着する前までだから、正身二十分ぐらい。 それを帰宅後一時間かけて記載している)  (・・ということは、下校は二時頃。六時間目があるとしたら下校は三時頃でなければおかしい。  → 後で再考する)  一項で一頁をこえている。個人名多すぎて伏せるの大変。 だけど、こういう目的曖昧で、深くもない文章、わりと好きだ。 わざとらしさもほぼなくて。
: 「ワイシャツ、ワキのシタキレル」  当頁右辺のエンピツ書きメモ。  どうにかしよう、の意。  よこはまのおばあさんに頼むのがいつもの第一候補、自分で繕ってしまうのが第二案だが、 ボタンが取れたとかなら簡単だけど、脇の下といういわば立体的な場所なので経験ほぼないかも。  (ふつうに着脱してて切れてしまったなら、おそらくもう、身体に合わなくなっている。 成長して、というより、太って)  → おお、本文二段目に詳述があった!
: 「キフ(棋譜)を、キク(聞く)「 とよむ。」  これは、前頁右辺のエンピツ書きメモを、だろう、たぶん。
: 「聞く 聴く  利く 効 く ← ■ とかこうとして、除中でとめる。」  途中。  ■は、くの書き間違いで、くくとつなげたような姿(Wをよこにしたような)。  (1) 効くと書いたが、くがしのようになる。  (2) なので、そこに傍線(波線)をつけて、はっきりくと付記した。  (3) が、くをくり返して■のようにしそうになった。途中でとめたよ。  ここまでは間違いないだろう。  (4) ■にしそうになったのは、傍線を波線で書いた感覚が指に残っていたためかも。  これは現在の推量。(当時もそう思っていた?)
: 「ぼく、このごろ、「帰って」などと、「っ」とかくのめんどうなのか、 「帰りて」など、このノートで使う。  と、ではだめ?」  だめではないが、直前でも、などとを使っているので、本文のほうが若干よさげだ。 (うーん、ここは、そういう些末を意識させない用語がベターなわけだから、 などとの繰返しよりは、などと、などを、のほうが流してくれそう。というだけの若干)  本題のほうの、帰ってを帰りてだが、前頁の長文でも散見。  帰りきて とかいうて 広き道路に 用ありて  ・・ふうむ。  帰ってきて、よりは書き易い、たしかにこれは。  とかいいて、ではないので、毛色がちがう。  広き、は別に「っ」は関わらない。形容詞だし。  用ありて、用あって、どちらが省力かは微妙。  (というより、「っ」もふつうに多用している)  ・・まちまちで、法則はどうもわからないのう。  縦書きだから、気分的に綴りやすい?  文語に親和している、ときどき?  学校の古文の授業などで感化され先祖返り的な感覚がくすぐったい、とか?  ・・ときどき、たまになのがいいんだろうな。むりなく、きままに。なんとなくで。  全部を直して統一するなんてしようとするともう苦痛の域、なので、ちがう。
: 「きれいに書きましょう。」  「ここにはさんでおくHBのちびたえんぴつ、すぐ、てさげの中におとしちゃう。 (とりだすときなど。)」  「HBの、とかこうとしてそうかいたが、口中では、Hの、といっていた。アブナ。」  標語。きれいに書きたいと思った、ということを記せたので、役目の大半は終えたか。 改善は見られないのう(笑)  あぶないっていうより、おもしろい不一致。頭と口と手と。 口中に誤った指令がきたわけではなく、反映がのろくてHBのまだ頭しかでてなかったのに、手が先に全部を達成した、 そんなかんじではなかろうか。  (つまりwaka君はしゃべるより書くほうが速い、のか)
: 「あやうくかきわすれるとこだったが、帰ってきたとき、気づいたのだが、 家のうらのあいてるとこ、コンクリートなどしいて、どうする気なのだ? お母さまは?  駐車場にでもする気?  なんにしても、木の枝きったり(切りすてたり)コンクリぬったり、しいたり、 おったてたりするの、気に入らぬ。」  うーむ。うらのうちの裏には、waka君より年下の姉妹のいる家族が住んでいたはずなんだけど、この時期にはもう引越してしまい、跡の土地をwaka家(または職場が)入手していたってことだろうか。 (その家族とは交流がほとんどなかったので、引越しあたりの記憶もぼんやり。気がついたら、もういなかった)  道路へだてた東側、弁天池の跡の裏手などにも、社会センターなど建っていて、この当時はまだそうだったはずだけど、後年、全部駐車場になってしまったはず。  権利関係よくわからんが(現在でも老母に訊けば教えてはくれるだろうけど)、 もともとは全部職場の土地で、昔々、地上権を貸していたってことなのかもしれない。それが返還されただけ?  土地を改良したり、建設したりするのが、waka君のお気に召さないよう。 放置しておいて荒れるにまかせるのを愛でるってのは、わからないではない趣向だが、 経済的にも税金的にも不都合多そう(こういう大人の事情に理解が及んでないんでしょう)。 まあ、基本的に、面倒とか改変とかがきらいで、昨日のような今日が続くことを望むのが、waka君のサガだから。 (あと言えるとしたら、生まれてからずっとなじんでいる地面や木や家屋なので、たましいを感じている。 友だちや家族に近い。心ない物として扱われているとかわいそう。そういう心情がある) (心情があった。大人になりきってしまった今は、waka君の母親側で、もしかしたら母親以上に非情)
: 「前項かいてるとき、パンツとワイシャツ。ズボンぬいでてきづいたのだ。」  下校して(長文項や後続など書き終え一段落したので)普段着に着替えていた。 ズボンぬいでて書きたくなった、とりあえずズボンはぬいで、書いたので、 そのときの姿はパンツとワイシャツ、ってことだろう。
: 「で、かきおわり、ワイシャツぬいだら、まくりあげなどしてたので、きつくなり、 右手でにくいのをだしたら、わきの下(これを、エキカの所、とかこうとした。)の所 ブリッ、ときれる。みれば、前にぬったあとある。(ミシンでなく。)  ――→  自分でぬうべき? ←―― これさいごに気づく。  おばあさんにいうべき?  ただ、せんたくばにだしとくべき? 」  腋下だから、脇の下、同じことだけど。  手縫いの跡がすでにあって、初見ということは、 気づかずに洗濯に出して、これが干されて、それを畳んでいたよこはまのおばあさんが気づいて、 繕ってくれていたわけだ、過去に。  なお、当時のwaka君は、一日着たワイシャツはその日に洗濯に出して、毎日替えた。 清潔好きというより、そういう習慣で、なおかつ、 風呂場の洗濯機の横の籠にいれておけば誰かが(ほとんどよこはまのおばあさんが)あとはやってくれたので、 簡単だったから。  で、少ない枚数を頻繁に洗濯して回すものだがら、どんどんボロボロになっていくわけだが、 節約志向の家族でもあり、相当な状態になるまで(切れたりボタンが取れたりしても繕って)着続けた。  このものもちのよさは、一生続くことになってしまった。  当時のような頻繁に洗濯する習慣が途絶えた今では、ボロボロを何日も替えずに着続ける。とくに普段着は。 ときどきは洗濯するので、たまに繕ったりもするので、ボロボロは、かろうじてでも何年も何十年も生き延びる。 不快感は不思議とない。たましいがあるためか(笑)  それでいて、完璧に着つぶした。もうみるかげもない。 ひとのかたちに沿えるものでは無いと納得できるまで尽くしてもらったら、お別れも言わずにゴミ籠に放る。非情。
: 「こんなこと、書くまい(≒書かないだろう) ←――――(*) と思いつつ、はいってくるときに、 ずっと前、休み(春? 冬? 春だろ。いや冬?)にはいるとき、もってきといた、 ロッカーの中のものみんないれといた(文芸誌もはいってる。)紙ぶくろが、 本だな(本ばこ、と区別)のわきにおいてあるのをみた、 その紙ぶくろを、もとにもどそうとして、手をのばしたところ、本だなのすみのすみ ここ。 ←《 場所図解 本だなの側面の板? 手前に紙袋 》 につめがさわり、 かつ、とげさしちゃった。右薬指のつめの内の小指側。長さ7ミリほどの木片。  で、こんなのかくことになった。  なお、この項の最初、「こんなことかくまいと思いつつ」は、 「その紙ぶくろをもとにもどそうとして」にかかる。」  最初の、はいってくるときに、は、自室の四畳半に入ってくるときに。  次のは休みに入るときに。  さらに次は、文芸誌も入っている紙袋が。
: 「はいってくるとき、位置がちがってるのみて、これはノートの題材(項材?)だな、 とちら、と感じていたので、それを思いだしてか、書くまい、と思いつつなのだ。 (心記病になりたくないので。)  しかし、ここにかくはめになったのはそればかりでなく、つめさしたのち、連想わいて、 今日、けんどうクラブの部室にはいり、そして、内に出よう(はいろう)としたとき、 この前も何人かでそこからはいり、きのうもそこからはいったにかかわらず、一人のためか (きのうは一人だったが、表に女の子二人いるのしってた。) あらためて、部室なのだなあ、とけんどうぎなどみて知り、感じたためか、 (けんどうの部室としったのは今日はじめてだっけ?) ちょと、悪いことしてるような気がして、で、はいったのだが、そのとき、小さな入口の上に頭ぶつけて、 (下から、この入口にのぼるのである。一段 or 2段【一また or 二また】【一またぎ or 二またぎ】。) このとき、神さまが悪いことしてるから罰(ばち)をあたえたかな、と思ったこと、思いだした。  これは、何かにぶつけたり、ころんだりしたとき、よく思う、(ポッとでてくる)考え。 まさか、という、おさない、という、つくりごとだという、バックミュージックがながれてはいるが。  ぼくあたまぶつけて、いてえ、という、と、しずかな体育館に声がひびいた。 (わりと、わざと、「いてえ」の悲鳴あげた。) 」  内に出よう(はいろう)は、剣道クラブの部室を通りぬけて旧体育館の内部に入ろうとしたための書き表し。  ここにかくはめになったのはそればかりでなく、は、しばらく後で、 罰(ばち)をあたえたかな、と思ったこと、思いだした。そのため。と締めていればすっきりだった。  にしても、妖気ある、今では到底かけない、うねうねした蛇のうろこのごとき声また息の連なり。  しかも、(*)の箇所など、後続頁でねちっこく補記がなされたりするのだ。  十分に心記病的記載だと思うが、本項のラストの情景は良いかもな。
: 「はいったにかかわらず、  はいってた かかわらず、とよみ、 ↑ ここらに、「に」のかけてる文かと思う。」  このようによめば、理解できる項。 に がほぼ ん と見えるところが二ヶ所あり、ん とよんでもやもやしてしまった。  → 元々の現場、採録元の箇所は前項にある。当頁三段目の左辺近く。 ここを見ると、はいったに の たに は、ちゃんとよめる。はいってた とまちがうとは思えないが、 さらによく見ると、た は書き足した跡を感じる。ちゃんとよめるように直している。 書き足す前は、本項の た 同様、て にまちがえないこともない姿だったようだ。
: 「思 を ■ :  → ■ → む ・・ む、みたい。」  思のつなげ字がやりすぎてむのほうに似てしまった。  現場は直前、前項ラスト? (微妙。だから直しました?)
: 「今日は、午ご、うまく雨あがった。きれいに雨あがった。 そして、5時間目、■■ナベ先生が、こんなあつい日ない、ひどく授業やりずらい、というまでになる。 (それほどでもないのに先生がひどく感じただけ?)」  いいかんじだ。なにげない、ふつう、なのに生きてる。
★ ■■ナベ先生は古文の先生。 前々頁の辺りで昼休みのあとすぐ(つまり5時間目)は古文という記述があった。整合している。 (やはりどうも、この日の6時間目の授業の様子がすっぽり抜けている気がする。 waka君はかならずしもすべての授業のことを記すとは限らないとは言え。 前頁にある宮■嬢関わりの「6時間目のおわり耳にしていた」という記述は、 正しくは5時間目で、waka君の勘違いではないのか。 放課後のすぐ前、平日の最後の授業と「6時間目」が同じに感じる長年の頭の癖があって。  → この日waka君のクラスに6時間目がなければ、 隣のB組(Tさんのクラス)とそろって、すっきりする。 すでに書いた通り、帰宅時間 2時30分 から逆算しても6時間目があると計算が合わない。  ← まあ、ほとんどどうでもいいことだがら、無理にでもすっきりさせる必要は何もないんだけどさ)
: 「しったのは、を、 したったのは、  したっ ←「た」なし  )などとかく。」  真上、前頁の四段目右端の「けんどうの部室としったのは」についての指摘。  (1) したっ のは (2) したったのは (3) しったのは (4) しったのは  という順番で落着したのだと思う。
: 「 ← この項、書いてるとき、もう とっくに、今さっき、あっちいって ワイシャツくつ下すててきた(おいてきた)と思ったが、 今の ←「この字ないと、ゴカイさせる?」 この項の、前々項ぐらいかきおわって下みれば、二つ ふたつ ともあった。  ← 4時になったので、はやくテレビのとこいこうと思って、 たちあがり、下みたら、あった。」  真上、前頁四段目の「そのとき、小さな入口の上に頭ぶつけて」あたりに矢印で指摘。  着変え作業しつつ、頭と手はノート書きに気をとられていた、 からだが勝手に脱いだワイシャツと靴下、やはりからだが勝手に洗濯場まで持っていってくれた気がしてたが、そこまではしてなかった、ってことか。 そのワイシャツ、脇の下が切れてるんだけど、けっきょく自分で繕ってはいないようだ。
: 「 「  」を、(  )の役目にも使える?」  直前項の「この字ないと、ゴカイさせる?」は、 いままでなら(  )書きするところを、「  」書きしてる。 つい、手が「  」書きしてしまったんだろうけど、 書いてみたら、代わりにならないこともない気がして、本項か。
: 「おばあさんが、お姉さんのへやに、今日、リスがいたんだって。 みっちゃんとおいまわしたら、ぼくのへやできえたんだって。 かじられないようにだって。 ―― ちゃんとしっぽふさふさしててふといとことほそいとこあったんだって。」  リス。  これは異な。  どこか近所のペットが逃げたんだろうな。 さすがに、野生のリスが千葉市の街中までやってきたりはしないだろう。  だれかが飼えなくなって、神社の林にでも放ったやつが道路越えてきた?  (野生でないし、単体だし、遠くない将来、のたれ死ぬ運命。猫たちも徘徊してるし。 まあ、リスに似た特徴のあるネズミだった、というのもあるか)
: 「ふといとこと、ほそいとこ、 を、 ふといとことみじかいとこ とかいちゃった。」  ふむふむ。  残しておきたくない取り合わせ。わかるよ。 うず。 ぞわ。
: 「前頁の(*)印のとこについて。  「書くまい」は、「かかないだろう。」「かきたくない。」の2つのいみあるみたいだが、 書かないだろう、の意でつかった。そこで(書かないだろう)とかいたが、 「かきたくない(かかないだろう)」というように、 「書くまい(かかないだろう)」をとられることもあろうと思った。 つまり、ぼくが、「書くまい」の意を、「書きたくない」の意にしかつかわぬ (の意は「書きたくない」だとしかしらぬ)ととられるかもしれぬ、と思った。 そのため、「書きたくない(もしくは、かかないだろう)」の意にとられるかもしれぬと思った。 そうとられるのも、おもしろいと思って、そうかこうと思ったが、 はっきりいうのが、たとえまちがっていても、いちおう、 思ってたとおりを、そのとおりに書こうと思って、「≒」の記号をつけ加えた。 おもしろくなくても、まちがってても、「≒」をかいて、まちがっとけば、 正解も、それを修正したものなのだから、即わかる。 まちがっててもいい。正確も、即わかるようなら、と思う。  とにかく、そんなふうに思いつつ、(≒)の記号つけてかく。」  うう・・  非常にわかりづらい・・  微妙な懸念を気にしていて、それを書きあらわすのが微妙すぎて困難、事象が言葉の解像度(waka君のそれ)では追いつかないような。  おもしろいと思って、あたりまではついていけたけど、その後あたりから、≒ の活用法あたりから、おいていかれた(よくわからなくなった)感じ。  次々項で、当項はテレビみながら書いてるってあるので、それもあるのか、わかりづらさは。
: 「 (≒) を (≒」 」  前項終盤(右へ二行目)が現場。  」と書いた上から )に直しているな。  しかし、前項の中での統一性からいえば、むしろ「≒」のほうが正解か。
: 「前々項を、テレビみながら、長々と書いてる間、 いくつか気づいたことあったみたいだったけど、なんか、忘れ。  前々項、4時頃よりかきだして、わりと苦労して、かきすすめ、かつテレビもみながらで、 かきおわったの50分頃。」  苦労して長い時間をかけても、わかりづらいものしか書けないときもあるっていう、一例。 とくにこういう、自家撞着的な、言葉いじり的な、題材では。かな?  いくつか気づいたこと、というのは、現に書いていることに関してというより、 心記の記事にしたいような別件いくつかだと思う。  四時台にみていたTV番組がなにかははっきりしない。 後述から、その次にみたのは「巨人の星」。  →  TV視聴しながらで書くから明晰なものがかけなかった、という原因結果ともいえるし。  視聴しながら書いてもいいような記事(どうせ心記病とか)という自覚もあった。 もしちゃんとした物が書ければもうけもの、ダメもとぐらいだった。 で、やはり旨いことはなくて、それなりのものし書けなかっただけ。 むしろ、想定よりはマシだったぐらい。 なのかもしれないし。  →  ちゃんとした物が書けない、くずれるような情況で、わざと試してみた。 出来具合をながめてみるのもあり、おもしろいかも、という意識があった。  ・・こういうのも、もしかしたら。
: 「みながら、 をみなから」  「かきおわった、を  /ナイ きおわった、」  現場は前項冒頭と終わり辺りだろう。  濁点と か を書き足した。  → 推測(1) : 前項冒頭辺の「みながら」は、最初その通りに書いたつもりだったが、か の点と濁点がつながってしまい か にしか見えなくなっていたのではなかろうか。  → 推測(2) : 終わり辺りの「かきおわった」のほうは、 「かつテレビもみながらかきおわった・・」が(脳内の)最初の姿。 で、を挿入したくなってそうするも、脳の最初の指令が残っていた手先がまだ か があるものとして続きを書いたので「かつテレビもみながらで、きおわった・・」になる。 見直したらなぜか抜けているので、「かつテレビもみながらで、かきおわった・・」とととのえた。 こんな経緯では?
: 「おじいさんきたので、即、テレビけして(みたいところなので)応接間にいきスイッチおす。 (ぼく、おじいさんのへやでみてた。どうせ、おじいさんはテレビけすか、かえるので、 外のおじいさんにみえるの百も承知で、応接間にいき、スイッチつける。」  うらのうちの門だが、すでに書いていたと思うが、 立派な正門が玄関のすぐ前、東塀(ブロック塀)にあるが、これは使われていない。 鍵までかかっていたがどうかの記憶はないがかかっていなくても引き開けるのには力が要ったと思う。閉めっぱなしなので。  うらのうちの南の塀(トタン塀)の東端に格子戸の勝手口がある。これが常に使われていた出入口。 大通りに面していて便利でもあり、片手で引いて開けられて簡易でもあった。 もちろんwaka君が登下校の時も通る。というか、敷居があるのでまたぐ。自転車も乗り越えさせる。 (なお、正門は開けようとしても困難だからいいとして、 この勝手口の鍵だが、上方隅に輪っかがついている。 外に出て格子戸を閉めたら、手を隙間から入れて、この輪っかを柱にある突起(金属だったと思うが曖昧)にかける。 開けるときも、手を隙間から入れて、輪っかを外す。これだけ)  この格子戸を開けると、がらがらと音がする。  うらのうちのおじいさんの部屋は、南側が大きなガラス戸四枚でその外が縁側。 音がして見れば、庭を通して、左の先に格子戸が眺められ、だれが来たか、よくわかる。 入ってきたほうからも、大きなガラス戸なのでおじいさんの部屋に動きなどあれば、だいたいわかる。  応接間は、おじいさんの部屋の東隣。テレビはこちらにもある。
: 「おじいさんが、「ワカ■■、自転車すこしおくに入れろ」というので、 ちょっと反発感じながら「はい、はい」とでていきやる。 (どうせ、応接間のテレビはつくのおそい。) やってるとき、おじいさんが、あんまさんとるから、ぶつかっちゃいけない。という。 ぼく、なんだ、そうか、と思い「はいはい」という。  (両方とも、「はい、はい」か、「はいはい」にするのが理想だが、事実は事実、 先は「はい、はい」、次「はいはい」の気がした。)」  文章記述的には表記を統一、整合したいが。  (文章には文章の、事実には事実の、組み立て、理屈のようなものがある。 文章は事実を写すために生まれたんだろうけど、 すくすく育ち成熟していくとあたかも新しい事実であるかのように文章はわがままをいうようになる。 事実通りでなくても文章としての整合を欲したり尊んだりするようになる。・・要は、そういうこと。 人のテクノロジーが生みだしたAI(人工知能)の、祖型、ご先祖さまってところなんだろう)  (などと飛躍しなくても、 はい、はい、は遅延、渋々をあらわし、はいはい、は率先、やるきをあらわしてる、でいいか)
: 「そして、おじいさんに、ふとんしけといわれるのでは、 と、おじいさんみたときから思ってたが、ついにいわれずじまい。  応接間もどれば、やっと音がでたところ。  画面もでて、みてたら、すぐ、あんまさん、とつきそいの人きて、 「こんにちは、」「やあ、いらっしゃい、先生。」とあいさつ。 女のあんまさん(この人も先生といわれる)がくるつもりで、僕いたけど、 きたの男のわりと、りっぱな人(皮肉でなく、わりと先生のような人。)  おじいさん、ひとりで、ひいたのか、と思ってから、今まで、 しけといわれるのを、おそれてたのだが、 (おそれるは、大げさ? いわれるかもしれないのいやがってた?) なんか悪いような気もしてきた。」  祖父は、家業の長だが、すでに長女(waka君の母親)夫婦が主力を担っているので、 巨人の星の再放送をしているようなまだ明るい時間帯に帰宅してくることが多くなっている。 で、布団に入って、TVで大学野球や相撲を楽しんでるのをよく目にした。  四角い画面とつながってひとり愉悦にひたる。たしかにあの人の孫だなあ。
: Q:「 ← ○ この項もまた、巨人の星の前半十五分でかく。」  R:「 ← ○ ここに、「○」がなかったら、「この項」という言葉は、 前項の文も含んだものとなろう。  ナドト、今日はコダワルネ。」  またテレビをみつつ、巨人の星の後半を見つつ、となりのおじいさんの部屋では、按摩がはじまっている頃合いか。  → Q項の直前項(長文)をP項とする。  注記では常に省略してきたが、小丸は一項の冒頭を表わしてる。  Q項にその○がなければ、それはまだP項の続きで独立していないことになる。  Q項は、矢印しているP項を巨人の星の前半十五分でかいたといっているが、 Q項が項でないなら Q にある「この項」は 自らを指して、P + Q のこと。 Q まで含めて十五分といっていることになる。  R項にある「前項の文」とは(R項からみてだから当然)Q項を指している。  ・・と読めばしっくりすると思う。  → ○がないなら Q は項ではないのだから、 R項にある「前項の文」とは「 P + Q 」項である、 またはすでに新項になっているのに意識が切り替わらず、P項をいっている、 と読むことも可能だが、それらではつながらない、しっくりしない。  R項は「言葉は、前項の文も」この読点を境に、位相が変移している。 「なかったら」という仮定の覆いが離れて消えていってる。(おもしろいの〜)  → 病(やまい)かというぐらいのひとりつっこみな記載もしばしばあるけど、あとはふつうの日常にすぎないけど、 当時の生々しいようすが味わえて、うれしい。(なつかしいとはだいぶちがう)
: 「今日のてつぼうのため、右うでいたあい。  ぼくさいごのほうでやっとあしかけあがりやって上にあがれた。 (といってもこんじょうあがりみたくなった。)  オカ■君/ナンシキテニス とアマ■君/コウシキテニス 、ついにあがれず。 イト■■もあがらず。」  運動部員でも上がれずのヤツいたのに、こっちはまがりなりにもクリアできた、と。  まあ、どっちにしろ、当高校生徒たちの、ウンチ(運動音痴)ぶりだわ。 頭や口なら頼もしいのがざらにいるんだが。
: 「オカ■君とアマ■君が、アマ■、オカ■、の順になってる思って、  オカ■/コウシキテニス アマ■/ナンシキテニス 、と、ふっちゃう。」  当初、まちがえたルビをふっちゃった。  → 午前中の四時限のどれかが体育。 Reader、日本史、午後の古文という流れだったようだけど、 体育にノートは持っていけないので、どこかははっきりせず。  → ようやく、今さっきの事柄へのこだわりから、半日前ぐらいの回想へとうつっていくか。 半日前でも(人より)こだわりすぎだけど、 今さっきのことを追いかけるように書きつづけるよりは、 まだふつう(waka君としてのふつう)の域・・
: 「今日の体育のあと、水のみ場にいったら、またもや、宮■■が、女一人、手やかおあらってた。 他の女子はどこにいるのだね? ちがう所でやってんでしょ? やーな女のように思った。」  やーな女、と言ってるが、照れが言わせているな。  後光がさしているような美少女たちとは別で、もっと身近な、きさくな女子。 男子にものおじしないだけでなく、面倒見もいい。姐御タイプか。  間近で体を洗っていたら、目のやりばに困るよ。  → 宮■嬢のあだ名は、イモネエチャン。放送部員。
: 「ぼく、ハッハッとはしっていって、(カイチョウさんいたので、 あいさつしようといそいだが、トイレにはいっちゃったので、できず。 あいさつできるようにと、ハッハッとはしる。  ← であったか?  このとき、歴史の本かりられるかな、いや、やはりいうのよそうと思った気するから、 会長さんにあったの、3時間目のはじめで4時間目の体育のあとでない?  それとも、3時間目のはじめと、4時間目のあと、ともにみた?)」  明記されていた。三時間目が歴史(日本史)で(昼休み前の)四時間目が体育。  あいまいなのは、会長さんを見かけたのはどのタイミングだったかのほう。  宮■嬢は体育のあと顔や手を洗っている。 waka君がハッハッとはしっている。これらも確実。
: 「宮■さんの(オカ■君のように宮■と、よびすてに、かこうとした。) よこはしり、いくつか離れたとこで、みずのむ。 イト■■と、キ■■タイメイ君きて、キ■■君、  「イト■■君、きみみたいなまじめな人が、 まるでやる気なくてテツボウやらなかったみたいじゃないか。 どうしてやらなかったんだよ。バレーボールのときは、あんなにがんばったのに。」と、 まるっきり皮肉でなく、思いやりもってであろう、いったら、イト■■、  「ん、バレー? キャバレーか?」  という。3人で笑う。宮■さん、つい、と、あらいおわったのか、行く。」  「 ←―― これは、でてく、とはできぬ?」  イト■■君は、サトイモのようにまるっとしていて、ひょうきん。 見た目が、面白いおじさんふうともいえる。  男どもが優勢になって、姐御はついと消える。  水飲み「場」から出て行く、と捉えてもいいかも。囲いがあるわけではなかったと思うが。
: 「リス、< チャでない おばあさん、またいう。」  「論理的にやれば」  「 「 」かっこ をしちゃう。 「 」しちゃう。」  当頁右辺のエンピツ書きメモ。薄いがおおむねこう読める。  それぞれ本文にあるので、本文を書く前の仮メモであろう。
: 「リス、茶色かと思ってたが、おばあさんがお母さんに話してるのきくと、 灰色っぽかったのみたい。  しかし、おばあさん、ぼくのみならず、帰ってきたお母さんにも話してる。」  よこはまのおばあさんにとって、ひさびさの非日常、トピックだったのかもね。
: 「しかし、ぼくのへやでみうしなったというリスが、ぼくがねてるときでてきて、 目や鼻かじったら、こわいな。いや、これはありうるんだよ。」  リスに、ふつうにネズミや猫に、寝込みを襲われたことは現在までついになかったが、 ゴキブリにかじられた(らしい)経験はある。 手先をひっかかれている感覚がして目を開けたら、そいつが逃げていくところだった。
: 「論理的に話をすすめていけば、いくら思いついても、いくら書いても、心記病にはならぬ?  → 「それとも心記病は、こころのもちよう?」 」  論理的はあんまり関係ない。心の持ちようでは漠然としている。  食べたいから際限なくたべたい。しかし胃袋には限界がある。 だらだらしたい、眠りたい。しかしすぐ飽きてしまう、眠り疲れてしまう。 かわいいきれいな人を愛でたい。しかし相手にされないでは始まらない。 対して、心でしゃべったり書いたりは、限界がないとはいわないが遠い広い、疲れづらい、比較的。 毎日毎日起きているときはいつも書いていると、習癖となって、息をするのと似てきて、 さらに遠く広くなるだけでなく細かく深くもなっていく(はず)。 その尖端、今日のいっぱいいっぱいを突き進んでいる最前線が、心記病なのだ。 苦しげで病的にも感じるけど、けっきょくは、したいからをつきつめている場所。  ・・ということでどうかなあ。まだちがうか。何しろもう半世紀前で。  → ところで、本項のラスト行はなにゆえ「  」つきなんだろう。  べつの一人が答えている? いや、問うている?
: 「 → このカッコ、かいてから、これはしまった、これは( )の中なのに、 ( )にしてしまって。 と思って 前みたが、ここの「 )」の前のやつなく、最初の「( 」しかない。 そうか、別に( )の中の( )をかいたわけでなかったか、 (そんな気がしたけど〉と思って、その「( 」を、( )のおわりという形にしちゃう。」  一段目、直上にある「・・4時間目のあと、ともにみた?)」から矢印で指摘。  括弧の中の括弧には【 】を使うというwaka君ルールがあったみたいだ。 それなのに、括弧の中の括弧にも( )を使ってしまったか、とさかのぼってみてみたが、 最初の括弧「(カイチョウさんいたので、・・」しかない。ルール逸脱ではなかった。  この文意なら、ラストは「その「 )」を、( )のおわりという形にしちゃう。」 でなければおかしい。または「その「( 」を、( )のはじめという形にしちゃう。」  ・・これは後者がより適切か。
: 「心記を、心記、心記  ← 記と、よめるが、「に」のようによまれる気もして、 記を、「記」と、つけたす。(というより重ねてかく。)」  現場は、同じ段の右方にある「心記病は、」。
: 「に → に → に → た → ?  た → た → た → て  て → て → て → て   「に」から「て」にいくかはしらんんけど、 「に」と「た」は、とくに、つなげたりすると、まちがえやすい。  にとい、も。」  waka君の書き癖ではほんとに似てしまう。 文脈からほぼ正しく読み取れるけど、たいていは。  ほかには、「か」と「が」があるか。一点を伸ばしているのか濁点なのかがわかりつらい。 しかもこれは、たとえば「だったか」と「だったが」のように、 どちらでも文が成りたつことが多くて悩ましい。
: 「前項は、前々項のあとから4行目の、「に」かいて、おもいだす。」  なるほど。「記」と「に」の相似。
: 「前々ページのおわりから、3項目でかこうと思ってたが、忘れていた。」  あそこでは「はいったにかかわらず、」の たに を てた とよみちがえている。  (現在。あの項をまたみたら「に」は「ん」にも似てしまうのを思いだした)

 前項、前々項、前々々項あたりかきながらも、この項のこと頭にあって、保留してたのを (前項や前々項や前々々項かくため)今かく。 (しかし、「々々」というのあるのかしら?  前々々、のさいごの「々」は、「前」を表わさず、「々」を表わす、 げんみつに字づらをみれば。なんてね。)


 ここまでが前おき。  文章が無駄に複雑化しているみたいだけど、 (前項や前々項や前々々項かくため)は、うしろの、今かく、にかかるのではなく前の、保留してた、にかかるようだ。  で、今かく、といっている当項の本題がはじまる。やや長文。


 今日、昼やすみになり、しんぶんの映画のとこなんか表にしてみつつ、 (つつんできたしんぶんし)めしくってたら、例のごとくのりみつふりかえり、 「またこんなのみてる。」という。 こんなの、とは、「ジンギなきたたかい、なんとか」というやつ。 それから、のりみつ(のりみつに、「 」をしちゃった。) 「ポルノなんかはまだいいけど、こういうのはやめたがいい。 映倫(←?)にかけるなら、こっちをかけて、ひどいのはやめるべきだ。」とかいう。


 毎日母親が弁当をつくり(ほぼ茶色いおかずの弁当)、それを新聞紙に包んでもってくる。 (毎日包んだので、いまでもその折り紙並のきっちりがいつでもできる)  ノリミツの(この時期の)席は、waka君のまん前。  映画「仁義なき戦い」は1973年1月13日に第一作が公開。 本項の新聞広告(何日か前の新聞だろう)に載っていたのは、シリーズ第五作「仁義なき戦い 完結篇」(1974年6月29日公開)か。


「かもね。」とかいうが、つけたして、 「でも、みたくない人はみなきゃいいじゃん。」 「いや、映画ができるということは、だれかがみるってことなんだ。」とノリ。  そのうち、ぼくは、「しかし、なんにしても、表現は規制しない方がいい、 ポルノだって、暴力だって、ぼく個人にとっては、あってかまわない。(どうせみないから。) こんなことを、規制したりしていったら、表現のきせいにまでなる。」といい、
「そんなことないよ。低次元だと思わない? こんな映画を言論の自由にむすびつける (世の中の一部の考え方や、今の君の一言)のは。」
「いや、これをみている人は低次元かもしれないけど、 その人たちにとっては、すごく重要なんだ。」とぼく。 ぼく、次のノリの答えをほぼ予想し、ぼくの答えも、言葉にはなっていなかったが、 考えとしてはすでにできてて、てぐすねひいてまってる。
「でも、そういう人たちを高い所に高めるためにも、こういうのは、いけないよ。」
「いや、高める ことはないんだ。上の人が、低い人を 高めるのは、 これはもう、おせっかいなんだ。
 といったら、ノリちゃん、ぼくをみ、 「これは話してもしょうがない.」もしくは、「これははなしてもしょうがないか。」とか いうような ←――(2つの意?)―――――――――― 顔して、ついと、前むく。 ぼく、時計みつつ、めしたべ、45分近くなったので、なかばにして、弁当しまい、 なるべくはやくと体育館へ。
 別にノリ公とけんかしたみたくなったのではやばや去ろう、としたのでない。 むしろ、のり公と話してて、おそくなってしまっていたくらい。 (でも、これではおこっていない理由にならぬか。けんかみたくなったのサイゴなのだから。)


 けんかみたくなったのは最後の最後になってから。急いでいたのはその前からなので (おこっているいないどちらの理由にもならない)。  まあ、議論のきっかけは、弁当をつつんでいた新聞紙面にすぎないわけで、 waka君は眺めていた、ノリちゃんも暇つぶしのちょっかいだし。 議論のための議論をしたくなった、それにのった、というだけの浅さ。  たいていノリミツが言い負かす側でwaka君が納得したり降参する。 このときはいつになくwaka君が技ありで、ノリミツが撤退ぎみ。 けんかというよりも気まずさが残った、というふう。  この食べかけの弁当については、後述あり。  体育館へは、会長さんとの卓球のため。このときの卓球は、前述にあるとおり、顔はあわせたけどやらないで終わった。  放課後、いっしょに掃除とレポート提出はしたが、 ノリミツが(ナミオのとこにあそびにくといって)いっしょには帰らなかったのは、 この昼休みのうっすらした気まずさが多少は尾をひいていたのかも。  → 後年になるが、ノリちゃんちで、海外由来のもろすぎるエロビデオ、 いくつも観賞させてもらった。 ノリちゃん、こういう「低いの」は肯定なのだ(^^;


 ┌――――――――――――┘
「とかいうような」
 (1) とか、そのような
 (2) とか、言うような
の2つの意考えられる。
 (1) の意でまずかいた が、(2) の意にもとれそうなので、こっちにとれば、ピッタリすると思う。


 意、を 言
 い   い


 つまり、(2) が推しなんだ。  → 「・・とか 言うような顔して、ついと、前むく。」  表情のみでそういうことを語り、口では何も言わないまま、 ついと前を向いている。


 ノリちゃんとは、もちろんどまともな、けんかにはならぬ。 けんかはようち、という考えみたいのあるので、古文おわってのち、ノリちゃんに、こっちから、 そうじいく? ときく。(つい、と前むいたのも、ただ、時間がなかっただけかもしれない、 とかこうと思ったが、考えてみりゃあれ昼休みで、古文の前でない。 時間ないわけも、ない。というか、ほとんどない。 そこで、弁当たべようと思ったために、とか。
【しかし、ノリちゃん、いつも、そう弁当くいたがらないし、 弁当たべようと思ったとしてもそれは表層の意識で、深い所では自分でもわからぬのだが、 敵意あるのやもしれぬ】)


 ノリちゃんとの議論(口論?)の後始末?  あれはたいしたことじゃなかった、と安堵したいための吟味?  いろいろ謎っぽい。というか、舌足らずでそうなっているか。  ○ つい、と前むいたのも、機嫌そこねた(敵意が生じた)からではなく、時間がなかっただけかもしれない。  ○ ということもあるよ、と思ったが、 考えてみりゃあれ昼休みで、次の授業(古文)がすぐ始まる10分休憩とかではない。  ○ 時間がないわけも、ない。どころか、時間がないという理由はほとんどない。 たっぷりあった。  ○ そこで時間がないからではないなら、 ノリちゃんが自分の弁当を食べようと思ったために(ついと前を向いた)、 とか(の理由を考えたけど・・)。  ○ しかし、ノリちゃん、いつもそう弁当くいたがらないし、  ・・というつながりか。あちこち玉はころがったけど、けっきょくは、  ○ 敵意あったやもしれぬ、  辺りに(不本意ながら)とまる。


 それでも、古文おわった即あとでなく、しばらくこのノートせっせとまとめてて、それから すこし、昼のこと考えて、それからはなしかける。 ノリちゃん「うんいく。」といい、昼のことなど、まるでわすれたよな顔。 でも、いくらか、「ニヒル」にみえた。


 ふむ。  まるでわすれたよな顔。は、まるで忘れたのではなく、そう見せている顔だろう。  このときwaka君もそういう顔を見せていたはず。  ニヒルからの連想で、次項へ。
: 「高■すみ■さんの1年のときのあだ名は「ニヒル」  入学式のとき、■■かわや、イ■■ちゃんとつける。 入学式のときは、すみ■さんだけ、きれいにみえた、美人にみえた。ニヒルな美しさ。 マサ■さんや、マスミさんが、きれいにみえだしたの、いくらかたってから。 (まず、マスミさん、次に、マサ■さんだっけ?) 」  入学式ということは、二年半ぐらい前の回想。  当項に登場の面々はみな1年F組の同級。  1Fには、会長さんや高■氏もいた。  以前にも書いたが、会長さんは、 1Fの一学期のクラス会長だったのでみなにそう呼ばれ(二学期以降もそう呼ばれ)あだ名になってしまった。 (そして卒業まで。少なくともいつまでもwaka君がそう呼ぶので消えなかった)  すみ■さんのあだ名がニヒルだというが、こちらはまもなくはかなくなったと思う。 面とむかって本人をそう呼べる男子などいなかったので(笑)
: 「今日、一日、短編にできるかもね。」  それぐらい、いろいろあったような?  この心記に(小説の材料となるもの)いろいろ書きとめられたような、の意もあるか。  当時のwaka君は、形ばかりとはいえ文学クラブの会長で、 文章も文芸も、小説が一番。 小説の佳品に結実できれば、すべてよし、文句なし、というアタマだったと思う。  ひとそれぞれだから、いいとは思うんだが、今の私はもうだいぶちがう。 この心記の屑籠(くずかご)ぶり、もっといえば青い語の煮物かというメモ群も、 それをネタにこうして半世紀後つっこみまくってる注記群も、 きれいでさっぱりした小説ほどお上品じゃないけれど、捨てがたい。 この一日を短編小説にできないこともないだろうけど、 waka君はできなかったし、今の自分はむしろしたくない。 今こうしているこの姿のほうが、ふさわしい、似あっていると思う。 断然、といってしまっていいほどかもしれない。 なにより、書いててたのしい。
: 「しかし、下■も、小説かいてるのかな、とても興味もってるみたい。 よく、ぼくに、かいてる、とかきく。  今日の下■の問、正確に思いだしてみると、  「■■君、長編書いてる? まだ 短編 だけ かあ。  「なんだっけね」「なのだったっけね?」 )→ どっちかというと前者?  だったかな? 下■、●
マル 君のこと、「ガン」とか「ガンくん」という。  }―→ これも6ページ前でかこうと思って忘れてた?」  前項から「短編」つながりで。  6ページ前、ここでは「1974/07/03 本だなのすみのすみに A」になるが、 下■が、ぼくと●君に話して、ぼくに長へんかけてる? ときき、などという記述がある。 ここの●君には、ガンというルビがふられている。  (いちおう注記しておくけど、六頁前で下■が長へんかけてる? ときき、 本項のいう今日、再び下■が、■■君、長編書いてる? と問うた、わけではない。  二つは同じ。六頁前も当頁も同じ七月三日で、下■の質問は一回だけ。 それをwaka君が再び記しているだけ。  この日はとにかく、異様なぐらい長々と書きつづけている)
: 「かくよ ひくよ )なんだ? 左の、かくよ|ひくよ、をかいてのち、かいたかんじ。」  当頁右辺のエンピツ書きメモ。  ふつう仮メモが先にあってこれを元に本文をかくが、本文のあとにこのメモをかいた感じ、という意だろう。 (もう自分でもどちらだったかわからないよう)  かくよ、ひくよ、は本文を書いてみたら別の味がして(対句っぽい)、 本文のあとにこのメモを書いた、または(実はこのメモはふつうに先に書いていたのだが)あとに書いたような気がしてきた。 どちらかか。
: 「■■ミネ(+)(米)をステ」 「しかる ハーモニカ」  同じく、当頁右辺のエンピツ書きメモ。  次頁の本文から、「■■ミネ(*)をスター」が正しいようだが、ここでは、ステにしかみえない。  「しかる ハーモニカ」も次頁にあり。
: 「 ← 2枚かさなってるとはしらなんだ。  じゃまだから、きろうと思ったが、きると、二つにわかれちゃいそう。 1974.6.30」  当頁左辺にあるメモの横書き部分。日時つき。  当頁本文は7/3だから、数日前になる。 まだこの辺りが白紙状態のとき、おそらく四分割のエンピツ線をひいてるときに、 綴じ目に露出している厚紙がじゃまなので切りとろうとしたか。  ここがちょうどこのノートの中央にあたるらしく、 紙束二冊がここで結合されているのだと思う。  矢印の先の厚紙は、この画像では三枚か四枚ぐらいあるように見えるが、 途中までの破れ目(切ろうとした切れ目?)があるためで、実際は二枚。 (または一枚を折り重ねたもの)
: 「 ← (*){ これかいたとき、よもや、たてがきになるとはしらなかった?  これかいてのち、たてがきにきづいた? それとも、もう、わかってた?」  上のメモが横書きでかかれているのはそういうことか、と。  縦書きとなったのは、6/30ごろから。微妙だ。
: 「 → エンピツによるセンヒキしてしまってあるあとたてがき考えたので、 そのとき、ここきったのだから気づいてなかった?  → エンピツでセンひいたのは、ここまででなくて、もっと前の方で、 ここらまで(前ページ)センひいたのはたてがきに気づくごく前後? (すこし前かすこし後?) (みたい感じ)」  とても些細なことを気にしているし、当時でも解明できないようす。 半世紀後の解明はやめておきます。  本文に戻って、
: 「――――――――→  ここの線、右6つ、左7つで、あわや、ひきそうになったが、 いびつな四角なの、きづいてやめる。」  現状、この二段目は、右6目盛、左6目盛で、合ってる。  つまり、この頁についてはあらかじめエンピツ線がひかれていたのではなく、本文書こうと思ったらまだひかれていないので、この時点でひいているもよう。  左辺メモにも、ここらまで(前ページ)センひいたのは、という記述あるので、厚紙露出のところまではあらかじめひいてあったようだ。
: 「四角を口角」  現場は直前。  ○角にもみえる。  四の早書きは、一筆で囲い、中身を入れる、なんだろうけど、中身を入れ忘れたよ、と。  → 「4角」にみるのはさすがに苦しいか(符合を感じるけど)。本項のは4にみえないこともないけど、現場は無理なので。
: 「 《 ノートにおいた線引きの図 》  むしろ、せんひきの上側で線かくよ|ひくよ。」  むしろ、が何に対して言っているのか謎。  強引に推測すれば、 引きやすいし癖だしで、せんひきの下側で線をひいているが、 むしろ、上側で引いたほうがいいのではないかしら。 そうすれば、線を引いて確定する段の幅が見渡せるので、 今回のようにいびつな線を引きそうになることはないのでは。 ということかも。
: 「線ひき、ぼくの 30 cm のやつ 透明でいろんなめもりついてる。 ずっと前、お母さんとオカリナ(?)の同窓会にいったとき、くれたの。  よこからみると、《 線引き断面図 A〜B 》となってて、いつも ←――― ここで (こっち側で線ひく。) 《 線引き断面 B 》こっち側になってるとき、 うらがえせば《 線引き断面 A 》になると思っていつも、うらがえし、《 線引き断面 B 》。これ。  で、このごろは《 線引き断面 B 》のとき、まずせんひきみて、なっとくしてから、 この長いのをぐるっとまわす。(たてにうらがえしてもいいけどさ。)」  線ひきの端の形状を線を引きやすいように直したくて、 そのまま裏返すと、端の形状はまったく同じで意味なし。 誤認識というのか誤感覚というのか。 (断面が菱形ではなく台形なら、ばっちりだったんだけど。 わかっていても、今でも、やってしまいそう)  → オカリナ(?)の同窓会というのはもう不明に近いが、 母親の同窓会につきあわされたことは一度だけあった。中学生の時。 たぶんあれだろうが、会の名前がオカリナかそれに近い語感だったのかも。 それとも会のどこかで誰かがオカリナを吹いたんだろうか。 母親は女子高生の時、山岳部員だった。なので、その同窓会も山行き。 山登りまでいかない、高原ハイキング程度だったけども。 おばさんおじさん十人近く(ほとんどおばさん。女子高なので)、老いた恩師(男性)が一人か二人、同窓生の子供も何人か(waka君もその一人)。  土曜午後中学がひけてから、母親とおちあって中央本線。みなで山小屋に泊まって翌日曜が本番。  ・・話せばもっと長くなるんだが、横道なのでこのぐらいで・・  これとその線引きのつながりは記憶のどこを探してもないんだが、 ここに書いてあるからそうなんだろうな。
: 「 ( )を、( 」というようにかき、下が、 」 かっこ じみてるので 」 に )と、 かきかさねる。」  これ、ちょくちょくやらかしてる気がするけど、 とりあえず、ここで言ってる現場は、直前項のラストだろうか。
: 「 「 」をしちゃう  「 」かっこ しゃう  } 」  「 」をしちゃう、の短縮形が、「 」しゃう ?  おそらくだが、単に、「 」しちゃう、の脱字。 (本項の仮メモが前頁右辺にあるあれだと思うので。あちらはちゃんと 「 」しちゃう、になってる)  → 前頁にある(のりみつに、「 」をしちゃった。)も現場だろうけど (だから、前頁右辺にその仮メモがある)、 直近は、同じく前々項のラスト行か。 「  」をしちゃってから、重ね書きで(  )に直している。 (「たてにうらがえしてもいいけどさ。」)  →→ 同じ前々項のラスト行のことを、前項でも本項でも述べているとしたら、若干謎ではあるが。  ズレがある。 素直に見れば、「  」を(  )に重ね書きで直しているだけだが、 (  」と書いてしまった時点があったんだろうか、というようなズレ。  (  」と書いてしまい、 失敗に気づいて手が直したが、短絡で逆に「  」に直してしまった(頭を重ね書きした)。 目がその直しの失敗を認めて今度は(  )にした(尻を重ね書きした)。 結果、最終形となって、このとおりになった。  などという経緯があったんだろうか・・


└― ちょうどここまでかいたとき、 (この項は、上の項かいてのち、即下かいたのでない。 ズッとかいてて、これについてかこうと思う時になったら、 ちょうど下になり、ちょうどよくなったのだ。 【この項、のことかこうと思ったとき即、下にかこう、(つまりここに)と思ったけど、 いろいろと書くこと忘れそうだし、その忘れそうなことかくと、 どこまでのびるやもしれぬ (これはこの項をとばせばいいのだから、理由にならぬ。こうは思わなかった?) と思ってかかず。】)


 直上の、これも6ページ前でかこうと思って忘れてた? の直後辺りに矢印。 内容の指摘ではなく、直上を書いていた時を指している。述べているとおり。  (・・理由にならぬ。・・)という否定気味の括弧書きをはさんで、その理由を肯定している。 というユニークな文。  まあ、直上の時点ではそれを理由にそうしないと早合点したけど、 今になって、とばせばいいだけという簡単な解決がみえたってこと、かもしれない。  直上の時点でそうしなかった別の理由があるとしたら、 いろいろなのが早く書いてくれとせめぎあっているので、 長めでめんどうそうな(一番新しい)本項を書くより先に、 (すでにあった)短めのいろいろをまず片づけてしまおう、後まわしにするときっと忘れる、かもしれない。  まあ、どっちでもいいか(笑)
 ここまでが前おき。


 くりかえすが、
ちょうど、あそこまでかいたとき、■■リが、 おにいちゃん、おじいさんが、よんでるよ、といいにいて、 うん、うんというも動かない僕に何度もくりかえす。 (してみると、あの項かきおわってたわけでない? それとも、よばれたとき、左のはじの(*)印のとこかいてた? 【(*)より下は今かいた。つまり、三つ前の文かいてのちかいた。 (はじめは二つ前とかいたが【 】の最初の文も含まれることに気づき、三つとする) (「かいた」とかくと、 。では?をすぐつけたくなる。)  (*)は、(*)より下の二十行ばかし、かいてのちしるしつける。 (*)つけようと思って、左みたが、かきのこしたことに気づく。】)


 本題が始まらない(じらしているつもりはないんだろうけど)。  三つ前の項、ではなく、三つ前の文。 (してみると、あの項かきおわってたわけでない? を指すと思う。  → つまり、本項で場所を示したくなって分かりやすくと思い(*)印をつけた。 (*)をつけようと左辺を見たら、書き残しに気づいたので、二十行ばかし書き足した。 書き足した後で、(*)をつけて、はれて、本項で(*)印を使った。  ということだと思う。


 ぼく、それからおじいさんとこにいき、フロに火つけてくれ、というので、 「うん」といい、無意識にカオをそむける。(冷たいよう。) 食卓(机)上のテカテカ油にひかるトウモロコシうまそうだった。 あんまさん もういなかった。
 火つけにいって、かがんでもとせんひねり、そのまま(のしせいで)、 ガス出るとこのまん中をいっぱいにひねり、火つけて、まち棒ふきけし、 (それとも点火したとき消えたのだっけ。) それを、ガス器(?)の上においたとき、(あと何本かも
 《 ガス釜絵図  マッチ棒三本 ← ここ。》
おいてある。これの内\中 うち ? には、ぼくの(おいたの)もあれば、みっちゃんのもあろう。 【おばあさんのもある? しかし、おばあさんは、私はできないから、わかちゃんおねがい、 とかよくいうから、よもやちがうだろ。 あったとしたら、おばあさんおっくだから ぼくのいるときは「できない」というのだろうが、ちょっと気にさわる。】)


 そこに置いてあるマッチ棒の中におばあさんが使用後のがあったとしたら、 おばあさんが自分でやってるということで、いつもぼくに「できない」というのは、 おっくうがっていう嘘になり、ちょっと気にさわる。という意。  ないはずをあったらと仮定、たらればで不快を感じている。おばか、損してるだけ。  (仮にそうだとしても、そのぐらいの嘘、笑顔で許容しよう。大人になるんなら)


「いくらか前までは、いつも台所までもえさしもってって、そこのチャワン (ぼくが小学校のとき、つくりやいた【やいてもらった】もとねんどのチャワンを、 お母さんがマッチ入れにして、きたなくしたの。彩色土器) に入れていたのに、これはかかなくては。」と思う。 「このごろは、みっちゃんも、(おばあさんも)ここにおいてるし、 おくのあたりまえと思ってるし、ぼくも、めんどうなことせずともいいと思い、 また、別に危険ではないだろうと思って、ここにおくようになってしまった。 ガスに火のついているときは、マッチに火がのこっていてもどうということないし、 ガスがでてなきゃこわくなくて、でてるのに火がついてないなら、 むしろ、火がついた方がいいし、すぐそばだから充満してつくこともない」などと思う。


 いったい何が書きたいのかと思う。  書いている本人が、目的をまだ見失っていないことを願いたくなる。  彩色土器、ここを読むまでまったく忘れていた。 茶碗というよりも、湯飲み茶碗。円筒形で両手でもつ程度の大きさ、底には高台もある。 表面はぐにゃぐにゃゆがんでいるが、焼成してあるから固い。 色は、三原色がでたらめにまじりあったふう。  風呂を沸かすガス釜は台所の流しの右隣から土間(たたき)に降りたすぐに設置されている。 床にあがって流しの左の彩色土器に入れていたマッチ棒の燃えさしを、 今はわざわざあがらずに(おっくうがって)絵図にあるとおり、 ガス釜の上のスペースににおいて(並べて)いるよ。  これを本項は述べたい?


 いままでは、その前、もえさしはあぶないから、と一回か二回をのぞいて、 皆、台所までもっていき、チャワンに入れるか、 くず入れのフクロ(しめってる)に入れるかしてたために、 もっていくの習慣になり、習慣をくずすのはいけない、男らしくない、 と台所にもっていってた。(? 文、変かい? )
( ↑ 「一回か二回をのぞいて・・・・ 入れるかしてた」までは、 習慣となってのちにもあてはまる。というか、習慣となってのちもあわせて、一回か二回。 【 But、習慣にいつなったかなどわからぬ?】)
 で、それかこうと思うとき、いくらかでも便所に近づいたためか、 とんと忘れてた尿意がやってくる。 そういえば、学校からかえって、ノートかいてるときあたり、 いきたいな、と思ったな、と思いだす。
 で、トイレさいく。


 おお、終わった。  次の山が始まってしまうのかと思ったけど、軽みのあるよいラストだった。  内容の少なさに比べてこの文章量、複雑さ、あきれてしまう。 だからこそ掲載できて、本望か。  誰の本望かというと、waka君、今の私、はちょっとちがう。 あるとしたらでかまわないので、心記の魂(たましい)でいいか。
★ この日のこのあたりはもう、脳細胞のざるの編み目があまりに密になってしまって、 細かすぎることまで流れ落ちずに残り、書かざるをえなくなっている、かのよう。
: 「■■ミネ先生、(*)を、スターという。(よむ? よませる?)」  数学教師。本文の*は、このデジタル文字(アステリスク)を横倒しにした(90度回転した)姿。  〔 アステリスク 《名》 (英 asterisk) 注記、参照、省略などの指示に用いる「*」印。星印。アステリ。 〕 精選版日本国語大辞典 (C) SHOGAKUKAN Inc.2006  ということだから、スターと呼ぶのは、先生個人の趣味ってわけでもないようだ。
: 「 ← 具体的にさして、よませたことはない? 一回ある?  (つまり、スターとよめ、といったりしたのでなく、 発表させるうちに、いう方がこういうべきかな、と、スターとよんだりしたこと。)  ← これも、よませる、だろう、積極的でなくとも。  ← この文も、かっこ( )の中に入れるべき。」  学んで習う、ではなく、真似て倣う、か。  主軸ではない周囲の、一般的ではない個人の、こういうことのほうが、 薫陶を受けるのニュアンスに近そう。  (ここ、恩師と慕う生徒がいるとかいないとかをいいたいわけではないのだ。 でも、スターと呼ぶ口癖がうつってしまったのは何人かいたかもしれない)  (現にwaka君は(*)印をつかっているしな)
: 「さっき、( )についていったとき、ちょっと小さく( )を、( )にかくと、 こ(Ko)のようによめてしまう、と思う。(「のようによめてしまいそうだった」か?)」  本文の縦書きにおいては。ひらがなの こ に見えたりする、似ている。なるほど。  → さっきっていつだろう。 前頁や前々頁に( )についていったそれらしき所はあるけど、離れすぎていないか。 ではやはり、直前、二行前「かっこ( )の中に入れるべき」か。こちらはでも近すぎる。  ふーむ。 直前項といっても、項と項の間に時間的空白がないわけではない、はず。 日付は境目にマメにだいぶ正確に入れているようだけど、 各項の記載時刻はほぼ全く付していない。 ここは前項をさっきと呼ぶぐらいの(心の)時間経過があったとみるべきか。
: 「おじいさん、みっちゃんをよくしかる。さっきも 「ふろやんなくていい。私がぜんぶやるから、さわらなくていい。」 」  とろいんだ、みっちゃん。お手伝いさんのみっちゃん。 とくに、おじいさんから見ると、まだるっこしくて、見当はずれで。  おじいさんは布団に寝てテレビと同じぐらい風呂好き。それだけに。
: 「となりの旅館に子供とまって、(もちろん親もいよう)ハーモニカやってた、さっき。」  おじいさんの叱り声も、ハーモニカも、離れた所から聞こえてきている。  自分の四畳半にいる。ただし、聞こえてすぐではなく、さっき。 「しかる ハーモニカ」の仮メモは前頁右辺にある。  → おおざっぱだが、道路で囲われたこの区画の、東南がwaka家(社宅)。 西南が旅館。西から北側にかけて、民家が何軒も。  waka君の四畳半はwaka家の西北隅だから、この区画の中心部に近いともいえる。 まわりの物音、人声など、よく聞こえるほうなのだ。猫の気配、虫の音なども。
: 「き。 を、 ■」  き+句点なのだが、■は、句点がきの中央に融合してしまったような姿。  現場は直前。二度、書き直してる。 
: 「さっき、昼のことかいて、弁当たべのこしたことかいたとき、 「はっ」と思いくわなきゃ、と思ってたがかくうちわすれ、 ついに、ゴハンですよ、とよばれ、このときになってやっとまた思いだす。 (さっきのこと。やっとかけた。)」  さっきがいっぱいでてくるのう。  本項後ろにでてくる「さっきのこと。」とはなにか?  ご飯に呼ばれたことをいうか(呼ばれでから本項までにすでに時間経過があって)。  冒頭のさっきとほぼ同時で、「はっ」と思いくわなきゃ、と思ったことだろうか。  書こうと思いつづけていたのがやっと、だから 収まりがすっきりなのは後者?
: 「サラにさじのあたる音することより、今日カレーか?」  匂いでなく音から。ということは、カレーではないかも。  後述に「腹いっぱい」はあっても、カレーという明記はないようだ。 カレーではないという明記もないか。
: 「やっとメシ。(よばれてから、5分くらい、これに決着つけようとしてた。)」  まだ食前? 席を離れる直前に本項?
: 「 ←―――― この字 養などとかいて、かけなかったが、ついにかく。   乱れ。  ハラ、ワリとスキ スキ。」  空腹だよ、と。  まだ離席直前のようだ。
: 「弁当とりだすため、カバンのちゃっくあける。 このチャックは、よし■さんのさわったチャックと思う。」  鞄の中の弁当をクンクンする犬ころ襲来のとき、右隣の吉■嬢が助けてくれたのは、 見直したら、前日 7/2 と思われる。 (6時間目の可能性が高い。2日午後ならば食べおわった弁当箱だろうに。なお、関連記事があるのは当「display」には未掲載の領域)  そのチャックにかかる吉■嬢の白い指を幻視している。
: 「重みのある弁当。  (弁当くい\たべかけのね。 おわってのち、きてこれかく。次は、本格的な夕飯くいにく。/いく。)」  このノートのある自室でなく、別所、つまり皆のいる台所のテーブルで弁当の残りを平らげたってことか。 食べ残したことも隠していないようだ、適当な言い訳をして。
: 「弁当くうときはただ赤いぬりばしつかい、ふつうのめしくうとき、 (ふつうにいつものちゃわんと、おわんにおみおつけで、おかずとりとりくうの) ぼくのいつも家でつかう、すこしこったぬりばしつかう。(先なんかはげてるけどね。)」  朝もっていくときは、新聞紙に斜めに弁当をおいて折りたたんだ最初に、そのただ赤い塗り箸を添え、 その後、新聞紙のたたみ残しである尻尾をくるくる巻いていくという手順だったはず。  本項の時はもう自宅なので、かならずしもそのただ赤い塗り箸をつかう必要はないんだけれど。  本項、食べ残しを平らげたこのときは律儀に弁当用の箸を使ったよ、という報告とも読めるし、 このときの実際がどちらであるかよりも、 いつもの箸の使いわけを書き残したくなっただけ、とも読める。  → 家でのふだん使いである、そしてwaka君専用である、少し凝った塗り箸。 これは使い続けた。 後年家をでて東京に引越したときもいっしょだった。 そのまま気にとめることもなく、生涯、使い続けることになりそうだったんだが、 つい数年前、片方の前部が折れてしまった。  (折れてしまったけど、まだ捨てずに置いてある・・ それにしても、丈夫だった)
: 「すをす  :3「さん」か、Eの逆か、Z(Z)みたい。」  現場は、五行前の「おかず」か。  三行前にも「すこし」があるが、これはしっかり「す」になってる。 Zの筆記体のようになったのを重ね書きで強引に直したあとかも。
: 「くって、のんで、あついあつい。  牛乳のんでのち、まだ、牛乳すこしへばりついてのこってるのにコーヒ の粉入れ■■リがわれるからやめなというのもきかず、つめたいびんにお湯いれてコーヒーつくり、 びんではあつかったので、くいおわってあいてるちゃわんに入れてのむ。」  からだが火照るほど食らう。元気だ。若い。  茶碗といってるから、カレーじゃなかったか。皿ものですらなかったのかも。  昼弁当の残り、本格的な夕飯、次項も食ってる。
: 「トウモロコシ、近くでみると何かきたならしいよう。 でもくってみると、あまくて、ひどくおいしい。 あんな(ここに、かこうと、思ったときは、「こんな」)おいしいトウモロコシは、このごろたべてない。 (生まれてから? しかし、このごろ、どうしてこうおいしくないのか、 と失望してたこと思いだせるので、ずっと前、とてもおいしいものとして、 (トウ)モロコシ、をクウタンヤロ。)」  当たり外れがある、ということだろうけど。  農家の親戚がいるので、そこからの到来だったりすると、当たりのほうなのかもしれない。
: 「しかし、―――――――→ ここのでっぱり、じゃまだね。」  前頁の綴じ目に露出してる厚紙が、この頁でも紙を通して張りだしている(膨らんでいる)。  書きづらそう、と。
: 「腹いっぱいくうと、ほんとに平和な感じがするなあ。  (でも、体にわるい?  どうして! 平和なのに、どうして身体 からだ にわるいの?   そういうものも、世の中にはある?)  ← 欲望がみたされた、というかんじなのじゃない、 平和だ、という感じなのだ。」  幸福だけど、悪いところもある。  不幸だけど、良いところもある。  人にとって、どちらが好ましいのか。  断然、幸福だけど、のほうだと思うんだが。  もともとの自然の中では、野生動物は、不幸だけど、のほうという気がする。  文明化によって、人は、幸福だけど、のひとときを得たのだと思う。
:   「性欲も、後侮がのこるようなみたしかたでなく、 平和だなあ、と思えるようなみたし方しましょう。(はじめ、したい、とかく。)」  食欲が満たされ、つぎは性欲。いたって健康。
: 「後悔を後  ←――― ふつうにおもいつくのは「ブ」といってまちがいなのだ、 と思ってたから、ふつうに思いついた、悔をぶと思い、そうでない一方、 つまり、「侮 これ」だろ、と思う。」  立心偏と人偏、くいるとあなどる、意味としても読みとしても、取り違えが直感的にはわからない。  素直に感じれば。  皆さんはどう区別してるんだろう。  → 手元漢和辞典によれば、ざっくりで、  ○ 悔 : あやまち(毎)をしる(心)。  ○ 侮 : ひと(人)を無(毎)視する。  という組み合わせらしい。 よろしくないもの(毎)をしるのが悔。 人をよろしくない扱い(毎)にするのが侮。  まだすっきり区別できないのう。  立心偏は内省。人偏は外向。ということ?
: 「 ←―― このように、ふりがなするの、ぼくがはじめて?」  妻に、あれ、とふりがなするの、見たことがある気がするが、状況が違うか。  前項のは、文字の意でなく、文字自体を指したいための、これ、なのだ。  「ぼくがはじめて」は違うだろうが。「ぼくのはじめて」ではあるかも。
: 「星はどうして、タイワンキャンプ(? 紅白戦?)で、怪勝したのだ?」  いきなり、「巨人の星」へのつっこみ。  再放送ならふつうは夕方五時ごろだから、二三時間後にふと思い出したのか?  快勝の誤字とは思うが、はっきりしない。
: 「紅白 赤白」 「戦 せん を線 せん」  赤白や線のほうを書きそうになったんだ。  怪勝は気にならなかったんだ。
: 「アマチマリぐらいじゅくしてる(としま)ならいいけど、 高校3年ぐらいだと、おかすのかわいそうなかんじ。  なんか、おないどしぐらいのクラスの女の子たち、 高校3年 or, 18才17才、という感じせず、ただただかわいらしい。というかんじ。」  天地真理は当時のトップアイドル。  なまなましくなってきた。(平和だなあ、と思えるほうか?)  そして、ただただかわいらしい、かどうか、女子たちを思いうかべていく。

 かわいらしさうすいのは、マサ■さんとスミ■さんぐらい。
 ■■サキさんは、あるいみでかわいらしいし、 白■さんも、よくはしらないので、お高いようにもおもうが、かわいらしいようだし、 イ■さんも、表面的にかわいいのみならず、内面でも、ちょびちょびかわいいとこあるよう。 (い■さんは、よく注意してると、むしろ、冷たくさびしい人と思える。)
 タツオは、かわいいといってたけど、 僕には、スミ■さん、みごとに冷たいベールで姿をおおってるようにみえる。
 マサ■さんは、おたかくとまっててだめ。 やさしいように、かわいいようにみえるのは、たまで、みえても外面のみ?  あの人、高■氏を、女性にしてすこし女らしさつけたような人?  つまり、なんというのか、勉強にとらわれすぎ?  まじめにすぎてる?  ゆえに、かわいらしさない。 少なくも、自分が勉強できるのをはじるようなようすありゃいいのに。 少なくも、自分の勉強を、わらうことで、かくし同時に忘れようとするようなかわいらしさが、 あってもいいいのに。
 だから、マサ■さんと高■氏ついたの/くっついたの だろうが、あれは1年のとき。 今はどうなんだろ。みかけないなあ。二人でいるの。


 少々ちがうか。  waka君の癖だと思うんだが(好物はのこしておいて、ほかを食べてしまう)、 よくわからなかったり例外的なほうをざっと押さえてから楽しく本命女子たちを述べるつもりだったのに、 ざっとがざっとでなくなった、それてしまった。  (女子ひとりひとりを吟味すればだれであれ一筋縄でいかないかも、 ただただかわいらしいはまぼろしかも、 などとおもえてきて楽しくならなそうで続ける意欲失せたような)
: 「あしたこそ政経 それとも用心のため、2つ\日本史と政経 もってく?」  当頁右辺のエンピツ書きメモ。  授業交換を忘れて、この日、日本史の教科書なしのまま、授業を受けた。  あした両方もっていけば間違いはないだろうけど、もう少し、信じようぜ。
: 「紙ぶくろ、うごかしてあったのは、リスをさがしたり、おったりするためだったか、 とさっき、お母さんきて、リスそこらにいるんじゃない、とかいったとき、気づく。  紙ぶくろ(紙のてさげ)、木ばこ(ビール箱のなれのはて)のわきのくらいとこおいてある。 (今も、おきなおしてある。) そこで、リスなんかものかげにかくれりゃ、どかしてさがそう/すだろう。  おばあさんや、みっちゃんが。」  なぜか紙袋が動いているのに気づいたのが「1974/07/03 本だなのすみのすみに D」の三段目。  なるほど。謎が一つ解けた。 (まるで伏線回収だけど、もっと早い段階で思い至ってもよかったかも)  → 文中のビール箱のなれのはての木ばこ、 というのは現在も東京の台所で棚がわりにしている。二箱ある。ほぼ間違いなく同じもの。 (立方体六面の底が全面厚板。側面四面には空きがあり持ちやすい。上面は全面開放でビール瓶を出し入れしたはず。 棚になると横倒しして、手前横からものを出し入れ。側面だった底にはガラス板を敷いている。 なごりで、側面だった板には極太ゴシックでキリンビールとある)
: 「かわいい かわいらしい }この差は?」  対象との間に何もないのが、かわいい。  かわいらしい、は間に一枚あるような。
: 「さっき、今日のプロ野球といって、巨人と広島ニュースでてたから、 今日はもうない、と思ってたら、テレビで馬■長しまが、どうとか。夜もやってる?」  「長しまを、馬■」 「 → 長嶋?」  ■は、山+島になってる。  1974年は、現役最後の年。  児童の頃からこの頃までは、巨人のファンだったかなあ。
: 「お母さん、リスにげてくようにと、あみ戸、(下の戸)あけてく。  蚊がはいってきて、たまらんのに。」  waka君の四畳半、西側には床の高さの窓がある。ほぼにじり口のような。  母親が、箒で掃き出しやすいようにこうした、といっていた。
: 「巨人は 巨 臣? 人気あるから、ダブルヘッダーはしない?」  しないことはないはず。  後述のように、昼も夜も試合があるように思えて、本項と思う。
: 「今、下の戸あいたとこからみえたとけど、となりの家にけいこうとうついてた。意外。  となりの家、何か、きたなく、せつびととのってないように思ってたので、 けいこうとうとは意外。  しかし、ずっと前、やはり意外にも、女性の声と姿あったことある。  ← カゲ、とかこうと思う。」  うーん。  夜、電気がついてるだけなのに、ずいぶんな言い方だわな。 廃屋になりかけという認識だったか。  既述の通り、waka君の自室はこの区画の中心辺りにある。 家々は区画を囲う道路側に玄関があるので、waka君の部屋からうかがえるのは、 各家の裏側、奥向きということになる。  本文でいう、となりの家、蛍光灯がついていたり、女性の気配があったりしたのは、 下の戸の先にあるとなりだから、西側にある家。 四畳半の北の窓の外、北側にある別の家は、その家の裏手ではあるが、 南を向いているため、二階に物干しとかがあったと記憶している。
: 「そっらった。」  そっらった。そうらった。  そうだった、のナマリぐらいと思うけど。
: 「そう ら>● った。とかくとき、  ら>● : ●+ \ / + ら  と前までしてたが、このごろは、  ら>● : ●+ > + ら  としてる。」  これは挿入記号の書き方の差異、だろう。(横書き、デジタル文字にはちゃんと書きうつせてないが)  そうらった、は例なので、あまり意味はないのかも。
: 「ノリちゃん、この前話してたけど、 すぐプールのそばのミー(ミズ■■君と)といっしょに6時から8時までよく、 市営プールへいったとさ。すいてて、あったかだと。」  夕方から夜か。  七月上旬だから、もうプールの季節。  高校にはプールはなかったはず。または改修中だった。(昔プールだったらしい窪地、荒れ果てた空地があったような記憶はある)  市営プールは椿森公園の中にあった。歩くと三十分以上かかるが、ノリミツは自転車だろう。
: 「今、右項、かいてるとき、のみみたいのが、パッパッと二つの ノート上の点につづいてみえきえる。みまわしてもきえてる。  とまったときだけみえ、その間、みえない。  のみにしては大きかった?  のみだが、陰 かげ ででかくみえた?  足があるのを(いつもはみえぬ足をふくめて)? 上からみたのででかくみえた?  ( ← ノミなら)  それとも羽虫か何か?」  目の錯覚ってことも十分ある。疲れ目とかで。 (まあ、年寄の感覚か。青年の場合、意外なほどしっかり精確に、知覚してるか)
: 「もう虫の声、うるさいほど。       夜。    ぼくが、ずっと前かってた(1年か2年ほど)すずむしのにげたのもいる?」  母親に下の網戸を開放されて、そのまま?
: 「ルーキーとは?」  おそらく野球関係。
: 「SALT、とは?」  塩は唐突か。  ソルト【SALT】なら、1969年に開始されたアメリカ・ソ連間の戦略兵器制限交渉をいうようだ。  こちらかな。部屋からでて、TVをかいま見てるようなので。
: 「ナイター? とおじいさんにきいたら、  「そうだろ。」  と、わりと、断定するようにいう。ぼくもそのつもりでみてたが、 そのうち、白い字/図 で点数板でてけいかを話し、表1回とんだので、ビデオ、とわかる。  ひどくあかるかったので、ビデオじゃないか、と思ったが、 ナイターとおじいさんにいわれその気になったら、 ナイターってひどくあかるいんだな、と思った。」  そもそも、TVをつけっぱなしにしているだけで、おじいさんの関心は浅かったようだ。 (布団で半睡だったのかも)
: 「巨人、5月攻勢、6月攻勢7月攻勢、とみんないわれてるみたい。どれほんと?」  うそとかほんとではなく、かけ声的なものでしょう。
: 「防ぎょ率、高いのと、低いのと、どっちがいいの?」  投手の一試合分の平均自責点。ということだから、低いほどよし。
: 「ジェーン・エア、とは?」  1847年刊、英国の長編小説。シャーロット=ブロンテ作。  だが、waka君は小説のタイトルとすらわかっていないかも。  野球の記事の直後で、でどころは不明。 SALT並の、よくわからない単語(人名?)として書き留めたんだろうか。
: 「すぐむくからいけないのか、いつになっても、左足うらのみずむし、皮がむける。  水虫なおったがむけるだけ? むけるのも、いたずらにむいていたからのみ?」  ほんとの水虫なのかどうか。別の疾患のような。今から見るとあやしい。  皮むきは癖になりやすいわな。
: 「むけ、を むケ」  前項に三箇所はある。
: 「お母さんのへやにちりがみとりにいって、戸しまってるのひきあけたら、 お父さんとお母さんいて、お母さんふとんにねてて、お父さん、身をおこした所。  チリガミ3つはいってる、ウタマロ3、というのそのままもらってくる。  ■■リもいたから、まさか、ご両親、ろこつなことやってたわけで、ないでしょうし、 いろいろ話してた。(生き方のことか、くすりか、体のことか。) でも、ぼくがみると、かんぐられるようなことしてたのかも。 たとえば、ここが、つぼだとか、ちゃうとか、いたいとか。    かもね。」  「 ←― かくのめんどうだったけど、かかねば、と思い、かく。」  書かねば、というほどのことはなかったと思うよ。  でも通常以外のことはできるだけ書き残そう、 心が抵抗するような避けるようなことでも面倒がらない、 という方針らしいので。
★ かかねばが膨大となって、waka君のこの方針はいずれ維持できなくなると思うが・・  または、かく量や心の負荷をこれ以上増やさないために、かかねばでも無関心無感動となるよう、 見てみないふりをするよう、自分を誘導することになったりして?  それを、勝ちよりは負け、善よりは悪、とみなしたいのはわかる。  でも、心身の健康のためには、 人並みの穏やかな毎日のためには、 少なくも細かいことは、フルイの目から落としてしまう、 そういう癖をつけるのが、賢明だろう。 (編み目が密になっていくのをどこかで反転させて)
: 「 「ワカ■■レイゾウコのつめたい水のんだ?」父  「ん、今日はまだのまないよ。」ぼく、  「■■りレイゾウコのつめたい水のんだ?」  のんだ、とこたえたよう。  「のんだんなら、水いれとかなきゃいけないよ。 なんもはいってないのいれといても、しょうがないから。」  父、とか、いう。」  あたりまえのことをわかりやすく。優しく。  父はこういう諭し方ができる。
: 「もう、きのうか、おとといのことかと思ってたが、今日のことで、 ■■ノ先生に、机、カイダンの下にもっていってくれ、といわれたが、あれは、 ■■の先生が、礼をしていっちゃうぼくを意外に思い声をかけたが、 いざかけてみると、何いったらいいいか、てきと(う)なことばなく、 やむえず、かんけいないことたのんだ? などとも、あのとき、考えた。」  既述は「1974/07/03 本だなのすみのすみに A」にある。  → ■■ノ先生とwaka君の間には、なにかあるんだ。さらっとしてないなにか。  一年時から英語を習ってきた先生で、この三年時にはクラス担任にもなっている。  三年間習ったのに、教えたのに、 この先生はこの生徒を極端なぐらい英語の不得手な奴にしてしまった(笑)  英語テストの点がどんけつの下辺。厳格にルールを適用したら落第?  優等生よりも気になる存在だった、という可能性はあると思う。 あまりに相性の悪い先生として(たくさん教えてくれたのに全然上達できなくて申し訳なくて) ふつうに目が見られなかった、そんなふうでもあったかなあ・・  → いやいや。今振り返っても、この先生のせいでだめになったのではないよ。 罪は英語のほうにある。英語とwaka君の相性が悪すぎたのだ。  (清新で色気があって世話好きでもある女先生に教えてもらっていた 目をかけてもらっていたとしても、 せいぜい、テストの点が5点ぐらいアップするのがやっとだった、たぶん)
: 「今日は、レポート用紙に日本史かいて、このノートにはさんでもってきた。 本来なら、これ日本史にうつすべき。(でも、やりそもない。)  化学のレポート、マス■君と●君が、みない、ともってきたから、それもうつさねば。 (こっちは何がなんでも、うつさねばならず、 ぼくは松■君のうつしたときのように全文まるうつしするつもり。)」  ふと気がつくと、夜もふけてきたのに、やるべき事をやってなかった、と。 (何頁も何時間もこんな文章で埋め尽くしていながら、 やるべき事もちゃんとこなしていたらそっちのほうがびっくりだ)  化学のレポートは班のレポート、その担当(当番)なので、なにがなんでも。  みない、は、みない? で、 「参考にするかい、見てもいいよ、といわれてありがたく借りてきたから」ということか。 「ぼくはみない、復習に使ったりしないよ、と答えてくれたから借りてきた」もあるけれど。
: 「かして : かして : きて、 とよめる。」  現場は一段目の「リスなんかものかげにかくれりゃ、どかして」でほぼ間違いない。
: 「から : から : わら : わら  わら、とよめる」  現場がわからない。  上段にある「すぐむくから」が見えないこともないか。
: 「巨人の星1巻 buy!」  当頁右辺のエンピツ書きメモ。  本文では19巻を言っている。 waka君はマンガ単行本は最初から最新刊まで順序よく買い、読むやつなんだが、 「巨人の星」は新しい巻のほうのみ手元にあるわけか。で、頭から揃えたくなった?  または始まりだけは押さえておきたくなった。
: 「こぶとん(小ぶとん)とかこうとして 子ぶとん.」  小犬と子犬、もあるから、許されそうなユレかも。
: 「声かぎり、を、声ざかり、とよむ。」  深夜の疲れ目か。  もう日付が変わる。
: 「実質5日間、を5人でできると思ったら、ねちゃったので、 4日間を4人でやることになった。  ← ぼくが4人で、  ぼくが一日一人ずつ、4人で。  ← へーん。おきたとき考えたからね。」  半睡思考?  5日で5人なら、25人分の仕事。4日間になったら6人でギリギリできるかどうか。 という計算はちがうんだろうな、そちらでは。  ねちゃったので1日はお店自体がお休みになった、 開店は4日間だけで、ぼくが一日一人でまわすとして、計4人分。 ということなら、つじつまがあう。へーん(変)でもない。  → やるべき事をやらないまま眠ってしまって、みた夢がこれなんだ。 夢のほうでは、やるべき事は見通しが立った、うまくやれてめでたしだった。 それなのに、目ざめた現実ではその理屈が通らないようで「へーん」か。
: 「おやゆびとひとさしゆびの間ではかれるだけ、を  ひとさしゆびではかれるだけ。」  この言いまわし、西洋由来のにおいがする。
: 「一日にすすむ適当量はおやゆびと一さし指ではかれるだけ。それだけすすむ。」  絵本にでてくる、一行のよう。  waka君にしてはメルヘンチックなので、夢できこえたフレーズか。 それを書き留めようとしてるか。
: 「敵意 適意」  敵意があるなら、適意があってもいい。  ないのはなぜ、までは考えてないようだ。
: 「ヤル」  朝の射精。
: 「この前、はなしてたけど、ノリちゃん、企業にはいかないんだって。 金にならないこと、数学や物理やっていきたいのだって。 それを両親にはなしたら、やしなってやる、だって。 かしやなどもあるから、それをもつだけでもくらしていけるのだって。  ← ノリちゃんは、一種の貴族階級か?」  話のとおりなら、親子共々、甘々だ。  ノリミツの家は(千葉の)銀座通り近くで商売をしてるけど、ビル持ちだけど、それでも。  なにか酒の席で、身内の気安さ、冗談のいっかんで、そんなやりとりもでたぐらいではないの。  本気の本音だったら、いわゆる、終わりの始まりのフラグだろう。  (こちらに貧乏人根性がしみついているのでそうとしか感じられないだけなんだろうか。 世の中の半分の人たちには、こちらの心配症のほうが理解できなかったりして)
: 「あながち」  古い言葉らしい。源氏物語で多用、とか。  検索すると、あなが自己、がちは勝ちで、元々は、自分勝手、強引、の意だったよう。  現代では「あながち〜ではない」と打ち消しの言葉をともなって、 かならずしも〜ではない、いちがいには〜といえない、などとなるようだ。  (穴がち、あながあきがち、あなうがち、等々も浮かんだり沈んだりしている、とか。 それは今か。笑)
: 「びょういん びよういん」  前後がなくて、遠くから聞こえたとき、判別しづらいわな。  (まぎらわしい二つ。このエサに必ずといっていいほど食いつく、釣りあげられる、waka君)
: 「化学のレポート、増■君のをさきにうつして、 順序(実験の、つまりは、出席番号の)からいけば、●君のを先にうつすべきだったのに、 と思ったが、気づいてみれば、まだうつしてさえいない。  あれは夢だったか」  夢の中で作業しちゃった。徒労(^^;  → クラス名簿を確認した。出席番号はあいうえお順。 増■君がさき、●君があと、が正しい。 いずれにしろ、実験順または出席番号順と二人のレポートを書きうつす順番に前後できない関係があるというのもあやしい。
: 「巨人の星は、まれにみる傑作か?」  ここはマンガのほうを読んでのようだ。  ふだんTVアニメの再放送もみているわけだから、 相乗効果もあるんだろう、だいぶ高まっている。  (それにマンガの後半のほう、絵がどんどん精細になり、 主人公たちの内面深くまでもぐれた、そんなところまでいけた記憶がうっすら残っている。 あくまで、当時は、だけど)
: 「ただうつすんだから、ぼくのハヤガキをもってすれば7ページなど。」  まだ余裕はあるんだろうが、すでに朝は朝のようだ。  鞭を入れている。
: 「もってきたのは、うちわ用下じきだった。  ぼくのほんとの50円のやつ、(■■コよりもらったの)学校の机に入れてきた。 うちわ用(80円、物理でひろったの)と思って。  50円80円は、しろく、50、80とかいてあるのでわかる。  かわんないんだけどね、したじきはともにしろく。  ただ、うちわ用には、のりのいたずらがきあるのみ。  《 うちわ用下じきの落書き 》 > これはぼくかく。」  この顔絵、ノリミツ作で、両頬の◎だけwaka君がいれた、と。(それをここに模写した、と)  妹■■コからもらった下じきは「1974/06/24 ホースぶっきれてついてるので G」にでてくる。  物理でひろった80円の下じきのことは「1974/06/26 わりと、ひざつきたてる。 M」にある。
: 「このごろ、川崎のぼる、あまり書いてない?」  巨人の星の作者(作画)。  これは、マンガのほうはすでに完結した、という書きぶり。  Wikipedia 〔 『巨人の星』(通称「左腕編」)は『週刊少年マガジン』にて1966年19号から1971年3号まで連載され[1]、『週刊少年マガジン』連載直後にKC(講談社コミックス)全19巻で刊行された。KCスペシャル版と1995年の文庫版では全11集である。その続編『新巨人の星』は1976年から1979年まで『週刊読売』に連載された。 〕  waka君が中学生の頃には連載終了してる。  後ででてくる19巻は最終巻だ。
: 「あの印刷工(二人のけいかん殺し、二人の女の人質つれてったの)かわいそうに死刑だね。」  これはリアルな事件のことか? 二人も警官殺害するなんてありえる!?  ドラマなどの中のこととしても、巨人の星ではなかろう、さすがに。  あの、といってる辺り、劇中の出来事のにおいするんだが、これだけではなんとも決めかねる・・  深夜というより、早朝だと思うので、ニュースにしろドラマにしろ、寝る前に見たそれを思いだしてかいているとは思うんだが。  → 本当にあったようだ。 https://aurora-design.sakura.ne.jp/archives/papers/keisatu_hakusho/1974.html 〔 7月3日 聞込みに訪れた警察官2人を散弾銃で射殺。主婦2人を人質にして付近の山中に逃げ込んだ事犯が発生。犯人は警察の包囲網の中で自殺。人質は無事救出(山口) 〕  早朝の最新報告に接して、か。この時点ではまだ包囲中、ということか。
: 「点数板  盤  }??」  前頁の三段目に、点数板のほうがある。
: 「もう、30分ドラマではあっけな? 人のでるドラマ。」  実写ドラマで30分は物足りない、と。  → TVアニメはたいてい30分。話運びが実写よりきびきびしているのかも。 実写はつい撮りすぎたり、生ものゆえのタメが生まれたりする、とか?  → 研究すると、いろいろ出てきそう。  実写は、映像とセリフが一体で、撮ってしまうともう融通がききづらい。 アニメは、尺どおりのセリフが先にあって、絵はそれに合わせればいい。  なんてのがすぐ浮かぶけど。  → それぞれの実作者、クリエイターに取材したくなる。 そこまでしなくても、教えてくれるところがどこかにありそうなんだが、とりあえず見当がつかないわ。
: 「ペン字検てい、とかあるが、あれは実用的な字について?  それとも、芸術的な字について?」  検定だし。実用方面でしょう。
: 「ついて   おいて : 右で、これつかったら?」  前項で、おいて、に置き替えるのは、異和感ありだ。  「○○について」対象を指す、というかんじ。  「○○において」条件や背景を述べているふう。

  あいうえ|
 おかきくけ|
      |
   という段落おち(あげ)  
    でなく、

 あいうえ |
 おかきくけ|
      |
   というように、半分   
  だけさげ(あげ)る段   
  落のつけかた
       方


 もありだろう、と。  ありだろうけど、面倒だわな。いろいろ。   当時なら組版の人が、今でも編集の人から、それ、こだわるわけですか、などと。 なんの利があるのか、一字下げで何も困らないのでは、と。 少なくとも内心で文句いわれそう。  waka君もなんの気もなしにだろうから、小さな抵抗ですぐ折れると思う。  (本項、思いついて書きはしたが、それっきりだし)  → でも同じような文句を、一番最初に一字下げの段落おちを指図した人は言われたのかもなあ。 その辺りの事情はまったく詳しくないけれど。
: 「鉛 鉛 }(しら)」  鉛の右上は、八なのか人なのか? (右払いが上か左払いが上か?)  ネット上の画像は、八(右払いが上)が、大優勢。
: 「いつか、心記のもとを、最初をはっきりきめよう。」  起源、第一巻、始まりの書、を定めよう、と。  つまり、現在この「display」でやってる、手帳、ノート、 心記(ノート版とルーズリーフ版)の精査のようなものが、 そういうことも含めているってことになるか。  当時考えていたのは、第一巻を決めたら、 順序よく、できれば形式もそろえて、調えていくみたいなことだろうけど、 今は、あるがまま、乱れたり、前後したり、スタイルふぞろいでも気にしなくなってる。  お行儀よく整列していない、それ自体が、それなわけだから。
: 「のさかあきゆきの放送。  まだ、●君のもうつしおわらず。   どうする。」  野坂昭如の放送を視聴したいけど、 やらねばならないレポートの書き写し二つのうち、●君のすら終わっていない。 どうする!?  waka君は、作家野坂昭如(のさかあきゆき)の小説をほぼ何も読んでいないと思う。 でも当時の一種の有名人、お騒がせの人で、耳目を集めていたと思う。 野坂氏、1974年7月、第10回参院選に東京地方区から無所属で立候補している。 おそらく、本項でいっているのはその、政見放送のこと。  どうしても見たい!
: 「めがねかけ めしくいつつきく」  台所で朝食しつつ、隣のおじいさんの部屋のTV画面を解像度高く視聴するためのメガネ。
: 「浮動票 不動票」  これはまあ、家族が、彼(野坂昭如)は「浮動票」だのみだろう、 などとしゃべっているのを聞いて、書いてる。「不動票」にも聞こえたぞ、と。  ( → 選挙結果、このときは、野坂氏、落選)
: 「6時におきたのに、7時頃まで巨人の星の19などみちゃった。」  そりゃ、転記終わらないわ。  やらねばならない事なんだから、登校直前ではなく、前日の下校直後、 まだ明るいうちぐらいに終わらせておいてくれよ。  (優先順位がおかしい。  やる事を書き出して、それに番号をふることぐらい、waka君なら五分でできると思うんだが。 そういう段取をつけなくても、毎日なんとかなってしまうので、高をくくっているんだろうか。  心の中で大波にゆれているのは、心記にかかねばならない数限りない事案で、 それをなんとか並べたようにしておいて近いのから相手にしていくだけで手一杯なんだろうか)  とにかく、忙しそうだ。  この心記ノートに何も書かなくていいとしたら、仮定したら、 一転、時間はありあまるほどある、ヒマすぎるぐらい、とも思えるけど。
: 「ぼく、二つもレポートもってきたのに一つしかうつせず。 もう一つを、松■君かだれかにかしていればむだはなかったのに。  時もせまってるのにさ。」  八時過ぎには家を出なければ。その前に着がえねば。 それでも、バタバタしながらも、最中にこのノートを書く。  時もせまってるのにさ。は、提出期限のことだろう。(表面的、理屈上は)  通常の、班として一本提出するレポートではなく、 各人が提出する課題ということになるのか、今回はもしかしたら。
: 「化学のレポート、せんせいがなおしてくれることわかってきたので いいかげんなこたえやわからない、とかいたりしだす。」  妥協しだしたような?  化学のレポートは、授業のまとめ、復習的な報告、かと思っていが、 この項からいくと、問題に答えるようなところもあったようだ。  授業のまとめ的なものなら、二つも要らないはずだし。 レポートそれぞれが別の範囲の問題に答えているのかも。
: 「マス■君のうつせなんだが、ツミ■に自習ないの聞いて(ぼくすれすれにきたので放送キケズ) 、●君とマス■君に返す。 ―→ 即でもない。ちょっとためらう。  しかし、まだぼくもってるとめいわくかける、or、どじ(もしくは、ずるい、)といわれる。  → マス■君の計算問題の答えやってある? これは重要かも。  わりとかんたんにうつせそうではあった。  ← でも、べつに一つぐらいとあきらめ。  べーつに。(でも、2つまでうつした、なら、形きめるためもひとつやりたかったね。)」  瞬間移動したかのよう。すでに高校の教室。四日の始業後か。  自習(先生休み)があればまだ作業時間はあったが、残念。  時間切れで書き写せなかった所を惜しがってる。  まあ、借りた物はちゃんと返したらしいから、それはすっきりだ。
: 「セイケ(ン) ← イ  (1)  (2)  (3)   (4)  (5)  (6)  (7)  (8) 」  政経の授業ノートにある仮メモをここに清書、ということらしく、八項目分の空白。  セイケンと誤記している。朝視聴した政見放送、または誰かが口にした「政権」などににつられたか。  (授業交換で、この日は日本史の代わりに政経。教科書、ノート、忘れなかったようだ)
: 「はいきょ」  当頁右辺のエンピツ書きメモ。  薄くてかなりの難読。別字の可能性高い。
: 「こくはつ こくはく }漢! ――→ (    」  告発、告白?
: 「オカボと、イ■■ちゃん、席同じことあったよなあ。(中学のとき)  ――→ となり同志 → 席2つで1単位」  waka君と彼らは中学の同級生。オカボは別の高校。  中学では、二席を一単位として整列させるという配置だった。 (すべて一人用の机だが、二席を接してくっつける。 当初は男女一組だった気がする。学級会で自分たちで決めて、性別無視でクジで決めるように直したと思う。 それでも、なぜか、二席一単位はそのまま。皆、それがあたりまえのような頭だったからかも。  → 高校では単独で整列だった。これが不自然でない配置と思う、今は)  (そうか。全席単独よりも、二席一単位のほうが、通路の面積が節約できるんだ。 それなりに利点があるので、不自然ともいいきれないか)
: 「先生に、つうしんぼだすべし。(先生、この前、だせといってた。) → 忘るな」  これは高校(waka君の現在)のこと。  いわゆる通信簿。  現存する。高校では通知表、中学校と小学校では通知票が正式名称。  高校では、全学年分を記載するようになっている。 なので、学期末ごとに先生から生徒に渡され、その後生徒から先生に戻される。同じ厚紙を三年間。 という運用だったようだ。  すでに七月だから、回収がおそいような気もする。
: 「 ―――→ 基礎英語か何かの小テストのでるとこ、あてたので、おかぼが、 「何かの理由でしってんだろ。」という。そうではないが□□またあたったらおもしろいので、 次の日もオカボとイ■■ちゃんに予告した。けどこんどははずれ。」  中学の頃の追想に戻って。  基礎英語、というのは、NHKのラジオ番組のことだったか。 NHKのテキストを買って毎回聴くようにいわれた。 本項にあるので、これの小テストがちょくちょくあったようだ。
: 「 ←――― Reader中にかいたの。これも。(Readerの先生■■ノ先生で担任よ)」  「■■ノ ■■の」  Readerの授業中、先生の顔みていて(つうしんぼだすべしを)思いだした、 ということを言いたいだけかな。  これも、とあるので、この前後のエンピツ書きはReaderの授業中か。  一時間目が政経、二時間目がReader?
: 「右ひざまげると、ひざの内がわずぼんの布つまって(しわになりつまって)かたくいたし。 今日の話。ひっぱってつまったのをなおしたりする。  ズボンがやすものなの?」  さらさらしてない、ということか。  汗かきだろうか。
: 「いつもは、はさんであるせんひきない。うちのひきだしに入れたまま?」  頁を四分割するエンピツ線を引くための線引きが、このノートにはさんであるのが定型。 (同様チビタエンピツもはさんである。どちらも) あたりまえすぎで意識しないが、気がつくとないことがしばしばある。 鞄の中で下におちたり、家でつかって戻し忘れたり。  (当然、本文用の青ボールペンもはさんである。こちらは常時使うので、なければ焦る。だからすぐわかるけど)
: 「ノリ公、来てない。」  登校してない。(めずらしいことでもない)
: 「なぜ、こう毎日、あくせくして、ばくぜんとした不安にかられてるんかしら。  小学生や中学生の頃、夏休みが近づくと、何かすごく明るいものが、やってくる気持ちがし、 胸がいっぱいになるほど、たのしい気分がつまったようになったのに。  このころは、希望もないのか、虚無的になったのか、 そんなふうにひどく夢を感じさせるものなんかないみたい。(を感じられない。)」  もやもやした不安におおわれたような気分。  もう一年しないで卒業であり、どうにかなるしかないんだが、 どうなるか自分でもわかっていない。 大学に行ってまた何年も勉強する暮らしはいやなんだけど、ならばお前は社会に出て働けるのか。 受けいれてくれる働き口はあるのか。お前になにができるのか。  親は家業を継げというに決まっていて、主体性を失えば、いいようにされるだけだろう。 それでいいのか。いいわけないだろう。  そういう見とおしもさることながら、 とりあえず、眼前には、英語の落第のかかった期末テストが待っている。 その後の夏休みもおそらく文芸誌製作の責任者として作業を進めねばらならず、 ただ遊びほうけることはできない。  ああやだやだ、めんどうばかりだ。  というふうな程度の心の現状把握さえも、まだままならないのかもしれない。
: 「ノリ公、今、くる。2時間目の次。」  Readerのあとか。  大幅な遅刻だが、本人はなんとも思っていない。  ノリミツは頭のできがよすぎて、受験に通るのは当然なので、 どこの大学にしようかぐらいだろう、決めてないのは。
: 「このごろ、クラスの女子、マンガの単行本なんか、休み時間によんでる。 (少女マンガ)サクラ■君もよんでる。 今、宮■さん、りぼんかなんか、よんでる。  なにも、学校でねえ。  やっぱ、欲求不満、うえてんのかしら?」  しばし流行っているのかもしれない。  女子たちも男子たちも、クラスの皆は、受験生であることは同じ。 (就職することになるのは学年で数人)  漠然とした不安の下に皆もいる。
: 「 ―――――→ 日々のささやかなたのしみみたいものはわりとあるんだが。  しょうぎや巨人の星のテレビ、パパとよばないで、心記、本、etc etc 」  三項前から矢印で。  「パパとよばないで」もTV番組。  Wikipedia 〔 『パパと呼ばないで』(パパとよばないで)は、1972年10月4日から1973年9月19日まで、日本テレビ系列で放送された全40話のホームドラマである。 〕  すでに1974年なので、再放送ということだろう。
: 「石灰石  上からよんでも石灰石  下からよんでも石灰石」  当時のCMで「上からよんでも山本山。下からよんでも山本山」というのがあった。 その真似だけど。  ともに漢字としての回文。音としてはちがうことにふつう気づかないかも。  → 試しに、Copilotに、同様の漢字回文を探してと頼んだところ、 (固有名詞や造語ではない)一般語として辞書に載る漢字回文は〔 石灰石がほぼ唯一の確定例と言っていいレベルです。 〕 とのこと。真似だけど、いいところを突いていた(発見級だった)のかも!
: 「絶つ.を、絶つ.」  二字目は、絶の偏が月。  現場は近場には(少なくともこのノートの近場には)なさそう。
: 「少なくて、を、少くて  浜■先生の板書」  化学の若い先生。姉きの知り合い。  三時間目か?  (朝追いまくられていたレポートの提出はできた? まだ期限ではない?)  すこしとすくないをまぎれなく書き分けられるように、少しと少ないが今の正表記になった(誰かがそう決めた)のではなかろうか。  明治とか江戸時代は「少し(すくなし)」もふつうに書かれていた気がする(裏をとったわけではないが)。
: 「セイケイ:を、セイケン」  現場は前頁四段目。
: 「板書 盤書」 「板と盤」  前頁三段目でも気にしていた。点数板、盤。
: 「おし■君、物理で何回も磁石あつかってたら、時計完全に狂ったって。  ぼくの、だいじょうぶ、くっつけたりもしたし、ふつうに、気にしてなかったけど。」  腕時計。長針、短針、機械式の。  当時、まわりの男子ほぼ全員が左手首にまいていたはず。 (女子もそうだったと思うが確かめたわけではない) (男子は左手首の表側に文字盤がくるように、女子は裏側に文字盤がくるようにするのがカタチだったかな。 男子は手首を見下ろす。女子は手首をあげて横から覗くようにする、その仕草が女らしいということで)  ついでに言えば、都会の勤め人たちも必須だったはず。
: 「水星銀行 → 水銀」  ○銀という略称と、水銀の類似から。  もし水銀が略称なら正式名称はと想像したのでしょう。  (よって発想順の矢印はたぶん逆)
: 「となりに3人あつまる。 べんとう.  《 さろん?7/30 → 席配置図   らムしお ―― ←   ぼく 》 」  これは謎。  昼やすみになって、弁当を食べている「ぼく」の右方面に「3にんあつまる」。  右前、右、二つ右の三席に座ってやはり「べんとう」を食べながらなにか談笑している。  二つ右の奴はその後ろの席から移動している。  このあたりを月末7/30日頃見直したとき見かけて「さろん?」のようだったと追想。  ・・ということだとは思うんだが、唯一記された「らムしお」が誰なのかわからない。  「7/30」も9/30に見えなくもない。  → 日付はまあいいよ。どちらでも。  かな四文字なら「らムしお」が一番近い。漢字まじりなら「弘は。」とか。 人名だと思うんだが、しかし誰だかまったく見当がつかない。 クラス名簿をじっくり眺めても、それらしき発音、漢字、他の字、誤記まで想像しても。  もちろん昼休みなので、各人が本来の席についているとは限らない。 「らムしお」の席も、 「1974/06/26 わりと、ひざつきたてる。 P」にある図によれば本来は、 アオ■■嬢の席ではないかと思うが字面でも音でもつながりなさそうだ。  → 7/30に「さろん?」と追記したときは、読み取れていた、不審に思わなかったんだと思う。  → 「3C12」はどうか? こじつけのような気もするけど。  waka君のクラス3年C組の、出席番号12番は、オカ■君。  ふうむ・・ なぜ直接名前を書かない、という疑問は生じるなあ。 (恋敵と意識した時期もあり含むところがあるのか・・)  → 仮にオカ■君(モテ男)だとしたら、あとの二人は仲良しの女子か。 それとも下段に出てくる、コン■■君らか。
: 「物 (1)   」  物理の授業ノートにある仮メモをここに清書、ということらしく、一項目分の空白。  物ではなく、柏のようにもよめるが、柏では意味不明なので。
: 「てんじゅこくしゅうちょう」  これも謎。  天寿国酋長、としても意味不明だし。狂った?  → まさかだが、Wikipediaに載ってた!  〔 天寿国繍帳(てんじゅこくしゅうちょう)は、奈良県斑鳩町の中宮寺が所蔵する、飛鳥時代(7世紀)の染織工芸品。天寿国曼荼羅繍帳(てんじゅこくまんだらしゅうちょう)とも呼ばれる。 〕*繍はWikipedia原文では旧字(第3水準)。  → となると、これは日本史関係。 しかし、この日は政経になって、日本史はなくなったのでは?  前々頁右辺にあるとおり、念のため両方持ってきていて、たまたま日本史の教科書を開いたりしたのかなあ。  → 漢字ではなく読みがなを転記したのは、それも強めの字体なのは、振られていただろうルビを目にして、一瞬で、くるものがあった、ためか。
: 「前の下じきは手紙等をはさむためのものになったよ。  ・手紙  ・数学プリント  ・授業料のふくろ  ・つうしんぼ  ・ノート忘れたときのうしつ。」  ラスト、ノート忘れたときのうつし、ならわかる。  手紙は、保護者への連絡プリントなどをいうか。  通信簿、すでにはさんであるなら、なくさないうちに先生に提出しようよ(笑)  下じきはたぶん、硬いものに、透明シートが重なっているタイプだろう。
: 「このごろ、タ■■さんとすれちがうとき、あっちが、一人のこと多い?」  さびしそうに見えると気になる。 でも、そっけない、あるいは、見てみないふり、とかしてるのかな、まだ。  クラスが異なり、疎遠になったとしても、手をあげてちょっと挨拶するとか、せめて目礼するとかぐらいの、関係性を維持できていればねえ、こころ平らかだろうに。 そういうふうにできるのが大人ってことか。
: 「勝負師が同情されるようになったら、おしまい。」  将棋関連?  放課後を通り越してすでに帰宅しているなら、巨人の星へのつっこみとかもあるか。
: 「左足のうらの皮むいては、たべる。」  笑。 きたないのでは。水虫っていってなかったっけ?  → 傍線と ? もあるが、よくわからない。 読み返したとき「らの皮」の辺りが意味不明で、解決後「<の」と挿入したとか。
: 「なんで文化祭なんか、やるのかね.一度ウェイトレスがやりたいのかね。 ウェイターが。(■■ノ先生)」  クラスで秋の文化祭の話し合いをしていて、 立ちあっている担任の■■ノ先生が、冷や水を浴びせるような発言。 ということ?  本音かもしれないが、生徒たちの前でそれはちょっとひどいんじゃない。  だから、ホームルームとかではなく、誰かとの軽めの雑談で、かも。
: 「 ―→ ■■ノ先生、男子生徒をほぼ相手にしてるつもりだっただろうから、 いうなら、ウェイターだった。まず。英語の先生だもんね。」  うーむ。waka君の関心は、冷たい発言のほうよりも、言いまちがいのほうだったか。 冷たいところがあるのは長いつきあいでもうわかっているので、 なぜウェイトレスが先に出たのかのほうを勘ぐっているわけか。  (まけずおとらず、ひねくれてる)
: 「コン■■君の勉強   テストの前日までに、次の日のテスト2科目のうち一科目だけはかならず、 おわらしておき、他の一科目は一夜付け。漬け」  「付け、が何け のようにみえる」  「 ← オカ■君にこう話して、「ついにぼくの秘密をあかしてしまったあ。」  物理教室はいるとこで。小耳に入れる。 はさむ。」  コン■■君は、かなり成績上位だったはず。 見た目は、輝いているふうではないので、意外なのだが。  つまり、秀才コン■■君の(秘密の)勉強法(というより対テスト作戦)は、 直接聞いたわけでなく、両人の会話をそばで耳に入れて。
: 「濁 濁」  2字目は太く黒々と。  ここには文字しかかいてないが、書道の授業で一字書きのパネル作品をつくることになり、 字はなんでも自由だったので、waka君は「濁」を選んだ。(いい趣味してる ^^)  本項は、そのための、試し書きに近いかもしれない。 (パネル製作を実際にしたのはこの辺りのどこかの時期だったと思う。 しかし、日付まではよくわからない。なので、実は本項の前、すでに終わっていたのかもしれない)  → この一字パネル(縦横が40〜50センチぐらいはあった)、 完成後、長らく自宅自室にかざってあったはずだが、十年ぐらいしてか、東京に引越す頃か、 かさばるからと、壊して廃棄してしまったはず。 もったいないような、致し方ないような。今なら、画像だけでも残すところなんだが・・
: 「つき出し →(?)」  疑問、なじみがない、ということは、相撲の決まり手ではなく、料理屋のお通しのことかな。
: 「ワサビ カラシ )?」  耳で聞いただけではどっちかわからない、迷う、とか。
: 「めざまし、なぜか、なおしても、なおしても、1時間かそのぐらいおくれてるなあ。」  そういうのを、壊れたっていうんじゃないの。  ゼンマイ仕掛けだったか。電池ではなく。
: 「テストの前日、校問をでたところで、  「■■■さん。」  とよびとめられる。Oさんだった。(A5■■を想定して!)  Oさん、私といっしょに逃げて、と、言う。   ← おもろう。」  そうかあ?  なにか、ゆるい(土台のしっかりしていない)妄想だなあ・・  ヒロインお■嬢に懇願されて(テストからの)逃避行。  校問はもちろん校門が正しい。テストだけに?
: 「■■リ 三角定規」 「■■コ コンパス」  当頁右辺のエンピツ書きメモ(横書き)。  本文にあり。
: 「コウキュウ、とは?   「コウキュウもらってきたんですって。」父が、おじいさんに。」  硬球ではないな。高給か公休か。  甲級という業界用語? (甲級、乙級などあるのかどうか、実家のだれかに取材すれば、はっきりはするかもだけど、 あえてするのは恥ずかしい。いつか法事の酒席などのときに、〜級などが聞こえたらこれさいわいつっこんでみたい気はするけど・・)
: 「■■リはぼくのでかい三角定規3つ、■■コはコンパス。  みんなお兄ちゃんのもってく。」  小学校の算数で使うんでしょう。  たまに授業で使うだけ、ふだん使いはしないし、 硬い文具を愛でたりしない妹たちは借りれば済むという頭。
: 「3時におきるつもりがおきられなかった、とこの前いったら、ノリ、  「やっぱり、ちゃんとした生活しなきゃ勉強もできないよ。」  ノリは、ちゃんとした生活してるのだ。 いつも、11時にねる。7時におきる。8時間。」  なに大人みたいこと言ってんだか、とwaka君は半ばバカにして聞いて書いてると思う。 しかし、ノリミツが正しかった、ということは、後年(何十年もしてから?)納得できた。 ちゃんとした生活とその心身への反映、日々の裏付けがあったんだと思う。 (高校生なのに。運動選手でもないのに)  (学校を遅刻したりさぼったりは平気でするのに)  (世の中をバカにしているようなこともしばしば口にするのに)  (女子にモテるのに。まあこれは関係ないか)
: 「7/4」  これは、7/5が正しい。 7/4は、前々頁一段目にすでにある。  1974/07/05は、金曜日。時期的におそらく、期末テスト間近。  それが済めば、夏休み。
: 「12時24分におきる」  深夜起床。  ちゃんとしてない生活、実践中。


 夢。おそろしい坂を、ぼくなりにあみだしたのぼり方でのぼる。
 が、ノリミツはくっついてるギアで楽楽のぼってくる。 そして、いくらかのぼるとターンして急降下。
 これスリル。
 そのうち、事故おこし、自転車あとからおくられたため体だけ帰る。
 家ではめろんとみかんのあいのこを、姉きがあけると きいろいたまごが、上にいっぱいはいってる。羽虫のたまご。 一つおちてか、小さなドラムかんの上で一つ卵からでて、羽根をひろげようとするが、 今まで、ドラムかんで何かもやしてた。ともすると火がボオーとでるのでぼく、 臭ふいて火けして、羽虫が、羽根のばしきるまでまったり火がでるとかばったりする。 何かの器具でかばると頭ぺっちゃんこになったが、それでもふくらもうとし、 羽根のばそうとしたとき、また火ふきでて、ボボッとその羽虫、もやしちゃう。
 《 とうめいな膜の中にトウモロコシのツブみたい卵。
                |
  ツブ一個       本 体 絵 図  
                |
              メロンとミカンのあいのこ。 》
 レンズはさぐるのマヌケオトコが、じゅんくんのできる超能力をやるよ。 というと、じゅんくん、えっ、という。
 マヌケオトコ、こういうひ

 《 丸と線の絵図  ← コンナカンジ 》

 どくおおきいのもってきて、ここに2本つけたして、小さな子ぐま歴と、 おおぐま座つくる、という。
 このでかいのをそのざしきのへやいっぱいにして何人かでもって、男、その中で、 いっしょうけんめいひっつけようとしている。 ぼく、もう、どこにつけたらいいかわかってる。ばからし。


 臭ふいて、は、息ふいて、の誤記。  何かの器具でかばうと、か。  子ぐま座、でしょう。  〔 『レンズはさぐる』は、NHK総合テレビジョンで1972年4月6日から1978年3月17日まで放送されていたこども向け科学番組である。全238回。 〕Wikipedia。  じゅんくんは、いっとき世間の話題をさらった超能力少年。waka君より五才下か。  「レンズはさぐる」にそのじゅんくんが、実際に出演したことはないと思う。 際物をきらうNHKだし。  マヌケオトコは、このままの名称かどうかはわからないけど、 現実の番組の狂言まわし的な登場人物だったという線はありそう。  → 〔  ・・・ ところが1974年5月7日、東京芝のスタジオで『週刊朝日』取材班の撮影を受けた時、 マルチストロボ使用の分解写真によりトリックを暴かれるに至る。 同年5月24日号の『週刊朝日』に掲載された「科学的テストで遂にボロが出た! "超能力ブーム"に終止符」 によると、 ・・・ これ以後、日本の超能力ブームは急速に衰退した[5]。 〕Wikipedia。  本文は、同年7/5だから、衰退が加速し始めた頃合い、NHKに出演できる状況は万一にもないだろう。  → 「NHK アーカイブス」で「レンズはさぐる」各回のタイトルも確認した。 星座、または熊、というのは当時までのところ、見当たらなかった。
 夜中に目ざめて夢の記載が済んだ後に、なぜか、女子たちの品定めが始まる。


 ■■ソウさんは、きれいだけどちょこまかしたかんじの動作。
 このごろ、左手か右手にほうたいまいてる。

 宮■さんは、ガンキョウな筋肉質(故に胸も大きいのか)で、 わりとイモネエちゃんの名ににあわず美しいが、でも、もしも、 ぼくと、マラソンや、短距離やったら、ぼくが、負ける、というの気にくわぬ。
 宮■さんは、■■サキさんについで運働のできる女御。

 吉■さんはきれいなのにプラスして、姿勢がひどくよい。 ねこぜみたいのばかりみている人の目には、うしろにそってるようにもみえるほど。 (姿勢がよいためか、これまた胸大きくみえる → しかし、おれって、中年男じみてるなあ。)


 ○ ■■ソウ嬢。この姓がいいな、女性的で。  ○ 女子をガンキョウな筋肉質と形容するのは、ひどくない?  運動。運働は書き癖。  女御の用法、まちがってる感じはある。(おなごとよんでる?)  ○ 次は右隣にすわってる吉■嬢。  中年男じみてるなあ、ではあるけれど、姿勢のいい若い女子の胸のかたちはいいものだ。 すごくいい。問えば、全年齢の男子が挙手する(はず)。


 オ■さんは、きれいなのだから、最もかわいらしく、また、清純にみえるよう、 髪をうしろでまとめればいいのに、このごろ、 だらっとたらしたりへんなかっこにすること多くなった。
 へんなかっこにすると、清純というより、情婦じみてる。もしくは男の淫乱さのよう。

 つや
     }この二つの語の間にあるのは、「なまめかし」?
 色気

 色気を、色手

 アワ\オ■■さんは、弱々しい美しさ。水のようなやさしさ。あまりめだたないけど、 もしかしたら、クラスの中で一番高尚 コウショウ かも。

 ■■ジョウさんは、ときどき、や、かわいいなあ、と思うことあるが、 他は、そんなには感じてない。もしくは、かわいいものだと、思ってるため、 そう思ってるだけで、その時の顔みて思ってるわけでない。声は、ちょっと色気なく、 あまり女は感じさせない人。
 でも、スポーツよくでき、人気もあるよう。 (髪はみじかい、というか、うすいというか。)

 色気を、色手

 カ■■さんは、知的かつ、美人で、 あれでもうすこし大きく、もうすこし油がついてりゃいいんだけど、 いかんせん、やせすぎである。
 もうすこし、肉を感じさせる人になりんさい。

 かわいい、を、かわいい
        わわいい
        かわいい
        かかいい
           とよめるぐらいにかいた。

 ■■■■さんはやさしくて、ほがらかではじらいもあり、かわいい声をしている。 ところがいかんせん、もうすこし、美しい顔をしていればよかったのに。 (女らしい顔をしていればは酷?)


 ○ 男の淫乱さ、というのが、いまいちピンとこないが、 言葉どおりなら、女の淫乱さ(情婦じみてるようす)とはもうべつものらしい。 女性的色気が行き過ぎてしまい、忌避すべき域になったもの、もののけ、などだろうか。  ○ 最初の、色気を、色手。 音でまちがえるなら、色毛のはず。しかし直前の色気はたしかに、色手と誤記しているように(ぼやんとだが)みえる。  ○ 右前の席のアオ■■嬢。評価が一段高い。 (というか、よむだけで、抱いてみたくなっちゃうじゃないか)  ○ (髪はみじかい、というか、うすいというか。) 笑。なんか、心苦しく評しているようなラストが良い(^^;  ○ 二度めの、色気を色手。 直前(五行前)の色気は、色毛と誤記しているようにみえるが?  ○ 「もうすこし、肉を感じさせる人になりんさい。」 傲慢だよ。誰も彼も自分の理想に近づけようとするのは。 願いかなってみんながみんな同じ美女になったらうれしいか?  いろとりどりがいいと思うぞ。  ○ 「かわいい、を、・・・ とよめるぐらいにかいた。」 現場は、■■ジョウ嬢の所の、二つ目のかわいい、か。  ○ (女らしい顔をしていればは酷?) 一言多い、脱線、では、おそらく許されない。  素直でやさしい女の子なので、私が許せない。


「山本君は、あの人、ひどくばかで色きちがいなんだって。」
     ┌┘
     ↓
 こういうの入れる日本語もあるっしょ。

 山本君は=あの人は
        同格

 い■さんは、あの人、いつもろうかなんか歩くとき、男子に注目されてると思ってるので、 何かはじらってるように、弱々しいような顔をして、(困っているような顔をして)歩くのか?
 それとも、そこらじゅうにかって、つきあった男子がいて、 あるはふられ、あるはふった人たちで、とにかく、 まともに顔みられないよな人たちばかりなので、 困ったようなはじらったような顔して歩いてくのか。
 笑顔みたことほとんどない。ずっと前(3年のときだが) 自転車にカバンつけてたらい■さんでてきて、 ぼくがちょっとそっちむいたら、よこをむいてた顔と目があい、そのとき、 何かほほえんだようなのみたきり。
 (1年の頃は、よく、ほほえんでるの、みたが。)

 いかんせん、は、福■が、よく用いたことば。(用いる?)


 ○ waka君のクラス3Cに山本はおらず。これまでも登場していないよう。 学年に山本は一人いるが、本文はおそらく例文で、架空の人物。  ○ い■嬢への評言の前半は、ほぼwaka君の妄想。 い■嬢とまともに話したことは皆無に近く、噂もまれに耳にはいるぐらい。 本文のように登下校時や廊下で、しばしば目にしてしまう姿から「夢」を見ているのみであろう。  ○ いかんせんは、本頁ですでに二度使っている。 福■君の口癖がうつってしまったか、と。
: 「コーヒーは興奪剤なのだから、つまり消化活動にはマイナス。」  興奮剤。  まゆつば?  Copilotは、 〔 結論:カフェインは「多くの研究で“食欲を抑制する”方向に働く」が、条件によっては“増進する”結果もあり、個人差が大きい成分です。 〕 と言ってる。
: 「カラーテレビ、最初はめあたらしくみえたなあ。」  白黒テレビの経験長くあった。小学校中頃まで。 「ウルトラQ」とか「ウルトラマン」も白黒だったはず。
: 「フロにはいり、ノートなどかいて、2時になる。」  「夜中におきたときは、このノート、枕もとでなく机の上におきつづけておこう、 ちょっとやすもうとふとんにねころんだときも。  さもないと、ねながらかいたりできるためおきる必要なく、ねちゃう。  机の上おいといて、もってこないことを、心がけとけば、 何かかきたくなったら、机にまでおきてこなくてはならない。」  心記書きたさを入眠しないための仕掛けにしたらいい、と。  このとおりすれば、効果ありそう。たしょうは。

※ 『1974/07/06 一滴だとは思うが、』
: 「を、 を  を. とかき、 点がないようにみえた。  「を」 「を.」 」  読点なのか、ペン先が一瞬とまったり伸びたりしただけなのか、まぎらわしいのはよくある。  ここに転記する際も、あるがままを心がけてはいるけど、 曖昧な場合は、今の(つまり後付けの) ここに読点があるべきかどうかの判断が加味されることもある。  (その辺りは、本文画像があるので許して、というかんじです)
: 「お母さんはキザッぽいのやハイカラなのきらいだから(ぼくもえいきょううけてそう) 弁当なんかはでにせず、みじめになるほど、まずしいようなのつくる?  ぼくのかっこも、シャツも(ランニングでない)そぼくにしようとし、 中学のときはてぬぐいまでバンドにさげさせようとし なによりも髪みじかくしとこうとする。お母さん、ぼくをつくろうとしてるの?  ぼくが他の女の子にすかれるのをしっとしてふせごうとしている? (ナンテネ)」  作ろうとしている、されている、と感じるのは、さすがにうっとうしいわな。高校三年生男子には。  それはそれとして。  ズボンのバンドにてぬぐいを提げるような風体を学生生徒がしていたのは、 おそらく、母親が学生生徒だった二三十年は昔、太平洋戦争の後ぐらいの話。 私が中学生の頃はもちろん、誰もそんな格好はしておらず、私もすぐやめたはず。  髪を短く、というのは、今なら、清潔にとか見た目よくとかの理由だろうが、 当時は、男子の長髪は、不良というより、歌うたいやヒッピーや、学生運動家(スポーツをする学生のことではなく、左翼系学生、思想派閥(セクト)のいずれかに属する活動家たち)の典型的な髪型だった。 若者たちが、あるいは、無気力に踊ったり放浪したり性に乱れたり、あるいは、角棒を振り回したり火炎瓶を投げたりしていたから、 万一にでもそういうほうに流れないようにという心配がさせたんだと思う。
: 「2次 を 2欠 とかく。」  2と 冫(にすい)の書き方がほぼ同じで、指がくり返さずとばしちゃった、ってところか。
: 「業積を行積」  これは両方あるはず。  と思ったら、(禾遍は)両方誤字か!?  「業績」のみ、辞書に載ってた。
: 「我々の原野 げんや がなくなる。  原点(よくいみわからぬが、もと、という意味)をいうなら、原野の方がいい。  このまま、発展させたら、原野がなくなる。」  原点は、学生運動家などがよく使った語彙だったか。  数学用語が元なのかな。  原野は、waka君の代替案で、世間一般で使われてた記憶ほぼない。
: 《 N: N N N N≒W 》  Nの書き順の検討。  三種ならべて、そのうちの一種は「W」に近似か、といいたそう。  (今、試しに NHK と手書きしてみたら、本文一種目の書き方だった。二画の)
: 「ONOW : MONO のさかさ  → 「N」はさかさからみてもN.」  確かにそうなんだけど、MONOが意味ありそうなのに、ONOWが意味なさそうで。 なんか、片手おち、惜しい。
: 「乗を、乗   セイケイの ■■イ先生」  2字目の乗は、独特の略体? waka君がその板書を模写。  行書体のデジタル文字が近い。だから、先生個人の書き癖というわけでもないかも。
: 「基礎を 基磁 のように書く。」  ごちゃっとしたところ、わかってたつもりでそうでもない。あるある。  中国古代王朝「楚」を覚えてしまえば、いける。
: 「ぼく、高校でて、就職して、ウジウジと生きていくのでは?  ―――→ 今も、そうだ、といういみではかならずしもない。」  勢いがあるときはそんなことはなかった。(だれしもそうでしょ)
: 「高校でて就職 > この二つの語だけでも、つまり  高校、就職  だけでも独特なふんいきかもしだす。」  waka君の高校では。  学年で360人ぐらいいたのでは。受験せずに就職したのは3人ぐらい。  受験して浪人してその後ついに合格しなくて大学生に成れなかった者もいたかもしれないが、 詳しくはわからない。
: 「今日またまちがえて体育館にいっちゃった。 入口のとこでひとりまってたので、ぼく、あいてませんか、ときき、(カサさしてた、ぼく。) うらからはいってあけてやる。男の生徒、どうもすいません、という。 しばらくまってると、男の生徒の仲間2人ほどきて、まだ、会長さんこず。 また、おそいなあ、と思ってたら あ、今日は金曜と思いだし、即、うらよりでて、体育館へ。 もう、50分ぐらい。会長さん、米長のせめはすごい、といい、ぼく 中原がかわいそうだった (よみうりなのですでによんでた)という。」  入口のとこでひとりまってたのは、男の生徒。とすれば状況はスッキリ。  表が閉まっていても昼休み卓球の常連なので裏口ルートは熟知。  体育館のうらよりでて、また体育館へ、はおかしい。図書館へ、だろう。  当時の最上級棋士、米長対中原の対局。読売主催なら十段戦か。  → 調べたら、1974年の十段戦七番勝負は大山康晴十段×中原誠名人(勝)。 米長×中原は挑戦者を決めるリーグ戦での対局と思われる。
: 「今日もまちがえちゃったといったら、■■さんがわるいんだよ、といい、ぼくもうんという。 (金ようは、めしもってテレビのとこいくのだ。)  テレビのとこ、キ■■\タイメイ君もいたし、●君もきた。」  図書館のテレビ室の面々。  ここに名の上がっているのは三年生だけ。 他の学年の生徒も、先生もいたと思うし、テレビがあり、新聞も常備、室内はわりと広かったのかな。
: 「会長さんが、キフ、みせてだって。 ナカハラ、よねながの。」  棋譜。  waka君が家で読売新聞のを切り抜いて保存しているやつ。
: 「ぼく、カバンと手さげ(ふとってて机の中にはいらぬとき)机の右側におく。 理由ないが、そうなった。  右側とは、よし■さん側。」  ふむふむ。  様子が見えるけど、なぜこれを書き残したかった。 それも理由はないの?  こうしてビジュアルを半世紀後に伝えたかったってことはないと思うんだけど(笑)  → ううむ。 これは、机の脇におくことよりも、左ではなく右におくことをいいたかったのかも。 なぜかな、不思議だ、と。  (それなら、無意識に利き手で扱いやすいように、など理由は想像できる)
: 「単 → 間にしそう」  間単は、かんたんて物足りない、おかしいと気づく。  → なぜ竹冠かと手元漢和辞典をみたら、 間はばらばらに通じて、元はばらばらになった竹片の意。 昔は竹片に字を書いていたので、ばらばらになったそれから選びとる、の意が生じて、 ばらばらから選抜する、簡略にする、へとつながったようだ。
: 「参院選を 山陰線ときく。  「今、サンインセンには公害なんてぜんぜんでてこないからね」のり」  おもしろい。どちらでも意味が成りたつ。  翌々日 7/7 の日曜日が、第10回参議院議員通常選挙の投票日。  waka君らは未成年で投票権はまだないが。
: 「産選 →議(院) →病(院) >―→ 同じであったか。  ちゃうと思った。病院の院が、(「院」ではない)ちがう字と思った。」  参院選。まるで現代の変換ミスのような誤記。
: 「 「ただいまあ」ぼく  戸を動かす音たてて、おばあさん  「おかえんなさい。」  あいさつはすんだ、と思い、おばあさんのへやのそばでない方から (近い方はごたごたしてる。くつなども。)あがろうとしたら、  「おかえんなさい。」  とおばあさん。さっきのおかえんなさいに返事のなかったためか言う。ぼく、即、  「あ、はいはい、ただいま。」 」  少々ずれがあるよう。  孫と祖母の時間感覚というか、反射に?  わざわざ書き残したのだから、はっきりしないけどなにか違和感だったんだろう。

 今日、ノリと●君より先に書庫そうじいき、二人こないので一人でおわらす。 (カギかえしにいくとき、気づいたが、テストの問題つくってたみたい先生一人。
   |カ| □□□
   |ギ| □□□
      ↑
     ここのセンセ、
    問題集かなんか
   から、原紙にうつ
   してってる。
            )
 

 当時はガリバン印刷なので、先生、ガリバン用原紙に、鉄筆で書いてるんでしょう。


 で、教室帰れば、二人とも帰ったあと。一人で帰るが、(ほんとに望む所) ゲタバコの所で、まず、クラスの何人かの男子とわらって何か話しながら(これは意外) くつだしたりはいたりしてるマサ■さんにあい、彼女さきでてく。 ぼくくつはこうとしたら、向こう側にイ■さん。 ぼく、さっ、と自分のカサとる。■田さんもきたのでクツ、はきかけのままでて、 レインシューズなのでグニャグニャしてうまくいかないが、 とんとんけっていれようとしながらでてく。
 いくらか前にマサ■さん、すこし手前にイ■さん。二つの赤いかさ。
 よし、じっくりかんさつしよう、イ■さんのあのあしだ、あのほっそりした。 マサ■さんのあの赤い足だ。


 独り、フェティシズム的観察に執心する。 くだらないことでも友らとだべりながら下校したほうがよっぽど健全(笑)  傘の下の下半身を後ろからみられているわけだけど、 女子は勘が鋭いから、三割位は気取られてるんじゃないの。おお、恥ずかし。  マサ■さんの脚は、見えるのはふくらはぎの辺りだが、たしかにすこし赤かった。 ナマアシだと思うが。


 イ■さんのみてたら、イ■さん、学校の図書館にはいる。 くそ、それはないよ、と思うがマサ■さんののみみていく。 (中年男みたくていやらしいな、)とひとりごと。
 まさ■さんは中央図書館にはいっちゃう。ぼく一人たんたんと歩く。 大和橋のとこで前あるく赤いカサ。 さっき、ツボ■さんが、■メさんらしきうしろ姿とならんであるくのみたので、 ツボ■さんかと思うがちがう。ツボ■さん、上白かったが、この人、黒いせいふく。 同じ道いくので(西側の歩道)ずっとついていく。 新しくできたビルの下の十字路のとこの、ビルのかげにかくれたので、信号みれば赤、 ここでおいついちゃおもしろくないと歩をゆるめたら青、で、みうしなっちゃいけいといそぐ。 新しいビルの、中のまだ何もないとこのガラスにぼくの横からみた全身、 黒いズボン、白いワイシャツ、メガネの目と口、黒いカサ。 中がくらいので、ぼんやりみえるのみ、 ために、はっきりみえないゆえにか、ちょっとかっこよくみえた。
 横断歩道わたるあたりから、前、あるく人が、なんか、左どなりの人、 (サイ■■さん? いや、■フタさんか。)に思えてきて、これはいけない、と思う。 (これが、美人のクラスメートでも、いけない、と思う。 だって、そんなとこちかづいてあいさつするはめにでもなってごらん。 あいさつしたくないから、しないと、同じクラスメートなのに、しらけすぎだし、 あいさつすると、妙に偽善ぽくてまた、変にゴカイされるか、 あいさつするのをこのように気にしたりするのみすかされて「かわいい」などといわれたり、 みすかされるか。とにかく やだ。) で、なるべくおいつかぬようにしよう、と思ってると、ゆうびん局の十字路。 あの人の通ったあと、赤に即かわれば、と思ってると、 ふと、その人、わたった所、ゆうびん局の所できえる。 や、中にはいったか、それでは、信号でまたされてると、 ぼくがわたったのと、郵便局からでてくるの同じになるやもしれぬ、 と、同じ青信号をはやばや、わたり歩いてく。
 その人、郵便局の所あたり歩いてるはずなのに、 ずっと前までみえなくなったから道まがったか、ゆうびん局の中はいったかは確か。 (ヒロコウジまでいけるはずなし。あれだけの時間で。 つまり、ぼくが、他のことに気とられたちょっとの間で)
 バスにとびのったのかも。


 学校の図書館は校門の手前。  中央図書館は近場にある県立図書館で、もうすでに校外。  ツボ■、■メ両嬢は、中学のクラスメート。同じ高校に進んだが、疎遠になった感じ?  というかまあ、中坊の頃をよく知っているのでお互いなんだか苦手みたいな。  サイ■■嬢は、いつまでも名前に?のつく左隣の席の女子。■フタ嬢も近辺か。  広小路は、郵便局の北のほうにある大きな十字路。  → プチストーカー? 一種の尾行遊び、だな。下校時の暇つぶし的な?  対象喪失したので、上で切り上げたってところでしょう。  かき消えてしまったような幕切れ、詩情はある。
: 「この心記を、わずかにはやめに書いていられる所。時。   それとも、   この心記を、心ゆくまで、ゆっくり、ゆったりと、書いていられる所、時。   それが、幸福な所と時。」  「幸」  わずかにはやめに書いていられる所。時。  次にある、ゆっくり、ゆったり、は理想に近いけれど、 現実をふまえれば、ゆるみなく、といって焦ってもいない、過不足ない速さであればいい。 そういう捉え方だろうか。
: 「小字作品  :   古典、をかいていては、現代人には、心を発散できぬから、こういうわかりよいものをかく。  ← という理由なら、むずかしい語や、旧字をかくのはよくない。  → でーも、象書の考え方なら、どんなのでもいいじゃん。  ―――→ ぼく、濁の、旧字か何かかきたい。」  書道授業の、一字書きパネルのことをいってると思う。  小字作品、というより、少字作品のほうが意味はあってると思うのだが?  ざっと検索すると、書道では小字、小字作品という用語はあるけれど、これは和歌のちらしがきみたい物をさすようで、一字書きパネルのような大型文字のことではやはりなさそう。  → 小字作品で正しい、ということもありえる。  高校の書道の授業では、一字書きパネルもつくったが、 ちらしがき作品も卒業近い最終盤に書いている。 一字書きパネルと同じく題材は自由。  各自がそれぞれの作品を(同じ授業の)受講者全員分の枚数、半紙に書く。 これを集めて、作品集にして各自に配り直し、三年間の授業の記念品としたはず。 (そしてこの作品集、まだどこかに保存してあるかもしれない)  この項が、そっちのほうのことをいっているとしたら、 本文の文脈からいくと、その小字作品の中にも(一字パネルにも書いた)濁の文字を入れたがっている、ということになるか。  → なお、waka君はその卒業間近の小字作品、小考で(だったと思う)、かりがねの歌にした。  「霜まよふ空にしをれし雁がねの帰るつばさに春雨ぞ降る」(藤原定家)  これのかな書き。変体仮名を含む、ちらしがきで。  大好きな歌なので。  濁の文字はないようだが。  → 象書というのも、ネット検索すると、ある語らしい。 しょうしょ、と読み、一字書きパネルのような少字作品もあるようだが、 どこまで一般的なジャンルなのか、もう長らく書道と縁のない今の私には計りかねる。
: 「一日は : いちにちは ← こっちによんじゃう  ついたちは   ← もっとよみ方ある?」  いちんち。  いちじつ、ひとひ、もないことはないが、まずない。
: 「手帳子、とは?」  読売朝刊一面に「編集手帳」というコラムがある。 昔から代々引き継いでかなりの年数続いていると思うけど、 この書き手が「手帳子」と自称したのをよんだことがある、気がする。
: 「ほふられる」  屠られる。  → とさつ > 屠殺 を、ATOKが変換してくれない。  規制がかかっている? まさか・・
: 「アーサー、C、クラーク」  有名なSF作家。「幼年期の終り」など。  waka君は中学生のとき何作かよんでいるので、知らないってことはないと思う。  (久しぶりに目にして、作家名を忘れかけていると気づいて、書いておいた。・・あたりかな)
: 「 「反体制運動も、その市民権が認められるような、 本当の平和共存の日の早いことを心から願っている。」  : なんやこれ。」  なんだろう?  路上でビラ配りのようなことがなされていて、その一枚をもらったりしたとか。  反体制運動も、ピンからキリまでありそうだから、 この断簡だけではなんともかんとも・・  → 市民権が認められてない、非合法扱いされている現状を、 皮肉たっぷりに嘆いている、煽っている、という線なんだろうけどなあ。
: 「秋田 − 小京都?」  これは一転、観光パンフレットのようなものが浮かぶ。
: 「今日のパパとよばないでは前にみたようなかんじなので、やめようねえ。  しかし、でも、なんで、パパとよばないで、という題なの?」  謎と言えば謎。ときほぐしてみる。  → waka君がみているTV番組「パパと呼ばないで」は、既述の通り再放送。 本放送の時に見た回だったので、ということなら、おかしいことはない、簡単。  そうではなくて、今日のは内容が類型的すぎて、どこかでみたどこにでもあるようなつまらなさ、ということかもしれない。 (ある種の面白さなら、二度も三度もみてよいだろうけど、 泣かせるような話の回だと、恥ずかしくて再びはみたくなくなったりする、そういう感じ?) (暇つぶしにみている、習慣化してしまってみているだけなので、 先が読めてしまったら興ざめでしかない、終わりまでつきあってそれを確かめるなんて。こういう感じ?)  → ああ、やっぱり。お決まりだった。これを許せるようになると、熟年? 心に余裕があるのか、優しくなるのか。  意外なことって意外とないよね(笑)  → Wikipediaの「あらすじ」には、 〔 独身男の安武右京は亡くなった姉の娘、橋本千春を引き取り、中央区佃の米屋・井上精米店の2階に下宿を始める。子供の扱いがわからず、とまどう右京だったが、次第に情が通い、千春はかけがえのない存在になっていく。 〕 とある。題名の由来はこんなところにあるようだ。


当頁 2026/02/02(月) 〜